No.1283


 東京に来ています。6月10日、一条真也の映画館「アン・リー/はじまりの物語」で紹介したイギリス・アメリカ映画をTOHOシネマズシャンテで観た後、シネスイッチ銀座でフランス・ベルギー合作映画「アダムの原罪」を観ました。東京では世界各国の映画を鑑賞できるのが嬉しいですね。内容は、息が詰まるような濃厚な人間ドラマでした。傑作です!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「第78回カンヌ国際映画祭で上映された、医療や福祉の現場が抱えている問題をテーマにしたドラマ。骨折で入院した男児と育児放棄を疑われて彼と引き離された母親を救おうとする看護師が、ある行動に出る。監督は『Playground/校庭』などのローラ・ワンデル。『そして彼女たちは』などのジャン=ピエール・ダルデンヌ監督、リュック・ダルデンヌ監督が製作を務める。『ジュリアン』などのレア・ドリュッケール、『ミッキー17』などのアナマリア・ヴァルトロメイらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「ある病院の小児科センターに左腕を骨折した4歳のアダムが入院し、栄養失調にあることが判明する。移民の母親レベッカ(アナマリア・ヴァルトロメイ)が、アダムの育児を放棄していると判断した裁判所は、彼女とアダムの面会制限を執行。レベッカと同じシングルマザーで看護師長のルシー(レア・ドリュッケール)は、息子と会えず、親権も失いかねないレベッカに同情し、彼女を救おうとする。だが彼女はレベッカの軽はずみな言動や司法制度などに振り回されていく」となっています。
 
 本作の日本語版タイトルは、本作の邦題は、キリスト教における「原罪」の観念を踏まえつつ、「子どもに本当に罪はあるのか」「誰が罪を負うべきなのか」を観客に問いかけています。原題は「L'Intérêt d'Adam(アダムのために/アダムの利益)」なのですが、邦題はより強く倫理的・宗教的イメージを喚起する方向に振った解釈的タイトルとなっています。つまり、原題は「この子のために何が最善か」という視点を示していますが、邦題は「罪・責任・救済」という宗教的ニュアンスを強調しています。表面的には「虐待か否か」が争点ですが、そこには母親の貧困・孤立、病院や司法制度の硬直性、現場スタッフの限界などの問題が多角的に描かれています。
 
 本作に登場する公立病院の過酷な現場を見て、わたしは一条真也の映画館「ナースコール」で紹介したスイス・ドイツ合作映画を思い出しました。人手不足かつ満床の病院を舞台に、ある看護師が次々と起きる問題に対処します。州立病院で働くベテラン看護師のフロリア(レオニー・ベネシュ)は、遅番シフトに出る。ただでさえ人手不足であるにも関わらず、同僚は病欠し、ベッドは1つも空いていない状態。さらには看護学生の教育にもあたらなければならず、フロリアは大きな疲労を感じます。不安や孤独を抱える患者たちに誠実に接する中、次々と思いも寄らぬ問題が発生しますが、プロ意識の高いフロリアはそれらに対処しようとするのでした。
 
「ナースコール」も観ていて辛かったですが、本作「アダムの原罪」も同じでした。上映時間は79分と短いのですが、ずっと息を止めて鑑賞していたので、途中で呼吸が苦しくなったほどです。ローラ・ワンデル監督はインタビューで、子どもと母親、医療者、制度の間で「誰も完全には正しくない」状況を描きたかったと語っています。これは、誰もが「正しさ」を信じて行動しているのに、結果として子どもが傷つくという「構造的な罪」の問題を取り上げていると思われます。シングルマザーのレベッカの軽率な言動や判断の危うさ彼女の元夫の無力さにはイライラしますが、それらのすべてを受け止めるルシーの「ケア」の力は偉大であり、深く感動しました。