No.1286
「儀式に関する映画を片っ端から観てやろう!」と思い立って、一条真也の映画館「ザ・リチュアル いけにえの儀式」で紹介した2017年のイギリス映画に続いて、2020年のアメリカ映画「古の儀式」(原題「The Old Way」)を観ましたが、これまたフォーク・ホラーでした。
両作品とも、ネットでの評価はかなり低いです。それでも不気味な森を舞台にした「ザ・リチュアル いけにえの儀式」は面白かったですが、「古の儀式」は密室劇ということもあり、面白さを感じませんでした。本作の監督と脚本はクリストファー・アレンダー。脚本はマルコス・ガブリエル。出演はブリジット・カリ・カナレス、アンドレア・コルテス、フリア・ベラ、サル・ロペス、AJ・ボーウェンなど。
「Cinemandrake」の「あらすじ」には、「部族の風習について取材すべく、生まれ故郷であるメキシコのベラクルスを久しぶりに訪れた記者。そこで彼女に悪魔が取りついていると信じる地元住民に捕らわれてしまう。監禁状態となり、自由を封じられた記者は抗議の声をあげるが、部族の者たちは聞く耳を持たない。どういう意味があるのかもわからない呪文を唱え、儀式の準備に取り掛かり始める。危機感を抱いた記者はなんとか脱出しようと試みるが・・・・・・」と書かれています。
この映画、いきなり主人公である女性記者が縛り上げられて監禁されているシーンから始まります。禁断の洞窟を訪れた彼女には悪魔が憑いているとされ、悪魔祓いの老婆(メイクがインパクト大!)から壮絶な儀式を施されるのでした。そのやり方は「エクソシスト」(1973年)のようなカトリック・スタイルとはまた違ったメキシコの宗教色が色濃く出ており、興味深かったです。ただ、最初から最後まで密室で悪魔祓いばかりしているので、ちょっと飽きてしまいました。もう少し物語に展開を見せてほしかったですね。
ただ、悪魔祓いを受ける女性記者が幼少期に母親を同じ悪魔祓いの儀式で亡くしてしまうというグリーフを抱えていることは注目に値します。本作には、エクソシストである老婆の「悲しみに栄養を与えるのは、実がなる前にやめなさい。悪魔はその実が好物なのだから」というセリフが登場します。わたしは、かねてより、エクソシズムとグリーフケアの本質には密接な関係があると提唱しています。エクソシズムが「魔」を除去することが目的なら、グリーフケアは「悲」を除去するという目的を持っています。
わたしは日本におけるカトリック総本山である上智大学のグリーフケア研究所の客員教授就任時に、エクソシズムとグリーフケアの共通点に気づきました。悪魔祓いが憑依された魂や狂気からの解放を目的とするように、グリーフケアもまた、大切な人との死別などによる深い悲しみや喪失感(魂の傷)を癒し、再び生きる力を取り戻します。さらには、悪魔祓いも疫病退散(宗教的な儀礼)も、人間を超越した力によって災厄を祓い、人々の心に平安を取り戻すための儀式として、グリーフケアの根幹をなす「祈り」に通じます。
さて、「エクソシスト」で悪魔祓いされる悪は「バズズ」でした。古代メソポタミア神話の悪霊の王です。本作「古の儀式」の悪魔は「ポストリ」と呼ばれていました。一般に「ヨナルデパズトー」と呼ばれている存在で、メキシコに伝承される神または悪魔とされるものです。アステカの伝説中に登場する本来の名称は「ヨワルテポストリ」であり、ナワトル語で「夜の金属」を意味します。16世紀のベルナルディーノ・デ・サアグンによって編纂された『フィレンツェ絵文書』に記載されており、テスカトリポカが人間を驚かすための変身のひとつで、遠くの山の上で誰かが木を切っているような音がし、それを聞いた人は悪い事の起きる予兆として大いに恐れるといいます。
モンタギュー・サマーズは1928年の吸血鬼に関する研究書『The Vampire:His Kith and Kin』の中で、ヨワルテポストリがテスカトリポカの変装のひとつであり、静かな時に遠くの神殿から斧のような音が聞こえ、興味を持った人が近づくと頭のないテスカトリポカに捕まえられ、その胸にあいた扉の向こうに閉じ込められるとしています。日本での「ヨナルデパズトーリ」という名称は、サマーズの綴りの読み誤りに由来すると考えられます。その容姿ですが、伝承では黒い怪鳥の姿であったり、蛇であったりと一定ではありません。妖怪研究家・水木しげるのイラストや各種作品では、カエルを直立させ蓑状の体毛を生やした様な体つきに、目が異様に大きく裂けた口に所々抜けの有る歯がある、不気味な妖精風の姿で登場します。


