No.1288
「儀式に関する映画を片っ端から観てやろう!」と思い立って、そのものズバリ、「儀式」という映画をアマゾン・プライムで観ました。1971年の日本映画で、大島渚監督の作品です。17日の朝の天道塾で映画と儀式やグリーフケアについて語ることもあり鑑賞した次第です。
本作は、ATG(日本アート・シアター・ギルド)創立10周年を記念して大島渚の創造社と提携して製作されました。敗戦によっても揺らぐことのなかった家長制度に縛られて生きていくことを強いられた、戦後世代の若者たちの悲劇を描いた物語です。個人が家に組み込まれ支配されるさまを、冠婚葬祭の儀式になぞらえて描き出します。混迷と動乱に満ちた昭和の時代と日本人の心情を探りながら、大島渚監督が戦後25年を総括する意味を込めました。すでに海外では評価の高かった大島監督の、国内での評価を不動にした作品で、第45回キネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれました。
銀座シネパトス「小山明子 映画祭」には、映画「儀式」のストーリーが以下のように紹介されています。 「『テルミチシス』という奇妙な電報を受取った桜田満洲男(河原崎健三)は輝道(中村敦夫)のかつての恋人律子(賀来敦子)と共に打電地の南の島へと旅立っていった。その道行で、満洲男は過去桜田家で行なわれた数々の冠婚葬祭の儀式と、その時にだけ会うことのできる親戚の人々の事を想い起こしながら、この電報の意味を考え続けた。昭和22年、母親のキク(高山真樹)と共に命からがら引き揚げて九州の桜田家にたどり着いた日は、満洲男の父韓一郎の一周忌の日だった。その法事の席には、内務官僚であったために追放中の祖父の一臣(佐藤慶)を始め、一族の者が集まった。これから母と二人で生き抜こうと決心した満洲男であったが、祖父の命令で桜田家の跡継として、この複雑な血縁関係のなかに引き込まれていく。5年後に満州男の母が死亡。その通夜の晩、滴洲男は叔母の節子(小山明子)から父の遺書を手渡されたことによって、父と節子が愛し合っていたこと、そして、その愛が祖父によって引き裂かれ、節子は祖父の政治的野望の犠牲になったことを知った。その夜、満洲男は自分の憧れの的であった節子が、輝道の愛撫を受けているのを見てしまうのだった」
満州から引き揚げてきた満州男
母の葬儀で泣き崩れる満州男
本作を観て、まず強い印象を受けたのは、グリーフに満ちた満州男の半生です。彼は母と一緒に満州から引き揚げてきましたが、先に帰国していた父親は自殺していました。満州男にはソ連軍から逃げる途中、彼の弟である赤ん坊が足手まといになるため、母親に協力して土の中に埋めた過去がありました。その後遺症からか、満州男は時々地面に耳をつけ、土に埋めた赤ん坊の泣き声を聴こうとするのですが、あまりにも悲惨な話です。このエピソード1つからも、満州からの引き揚げがいかに地獄であったかが想像できます。映画では、満州男の母の葬儀の場面がありますが、高校野球の花形投手として甲子園から葬儀会場に直行した彼は、「もう野球なんかやらない」と母の霊前で誓うのでした。
花嫁に逃げられた結婚披露宴
1人でケーキに入刀する新郎の満州男
次に心に残ったのが、結婚式当日に満州男が花嫁に逃げられたエピソードです。逃げた花嫁とは、従妹の律子でした。政財界の大物が出席する中、新郎の満州男だけで披露宴を行うのですが、なんと花嫁を透明人間のようにその場にいるものとして進行するのです。花嫁のお色直しでは、付添い人がその場にいない新婦を、あたかもいるように手を引きます。また、ウェディングケーキの入刀時には新婦が隣にいるように新郎の満州男が1人で行うのです。その異様さはただ事ではありません。大島渚が冠婚葬祭に好意的な感情を持っていないことは一目瞭然ですが、透明花嫁を結婚披露宴に登場させるのはあまりにも悪意に満ちています。こんな馬鹿げた披露宴、現在はもちろん当時でさえ存在しませんでした。
初夜と通夜のカオス!
棺の中で交わろうとする新郎新婦
しかしながら、「家」という制度が「個人」を押し潰すという本作のテーマとしては、1人結婚式のシーンはよく描けていたとも言えます。花嫁に逃げられて大恥をかかされたあげく、間抜けな一人芝居まで演じさせられた満州男は精神がおかしくなってしまいます。自身の結婚式当日に交通事故で死亡した従弟の忠の通夜の晩、満州男が枕相手に架空の初夜の儀式を行おうとすることで、彼の狂気は一気に爆発します。なんと棺から遺体を取り出して、自分が棺の中に入るのです。彼の目には逃げた花嫁である律子の幻が見えており、棺の中で彼女と交わろうとするのでした。あまりにもナンセンスで馬鹿馬鹿しい展開ですが、完全な喜劇となる一歩手前でギリギリの地点で踏みとどまり、家に押し潰された個人の悲劇を描いています。
一臣(佐藤慶)としづ(音羽信子)
桜田家の当主である一臣は元内務官僚であり、地方の豪閥でもあります。彼は絶大な権力を行使して一族を支配しています。悪の権化のような一臣を、佐藤慶が圧倒的な存在感で演じています。その妻しづも夫にお似合いの意地悪婆さんで、他人の不幸が嬉しくてたまらないような歪んだ性格の持ち主です。心が壊れてしまった満州男の哀れな姿を見て、「初夜と通夜が一緒だなんて傑作だわ!」と大笑いする始末です。この老婆を演じているのが音羽信子なのですが、 一条真也の映画館「裸の島」で紹介した新藤兼人監督の名作のヒロインであったことを思うと、なんとも複雑な気分になります。1960年に公開された「裸の島」ほど葬儀の重要性を描いた映画はなく、拙著『葬式は必要!』(双葉新書)や『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)の最後で紹介したくらいです。「裸の島」では音羽信子の夫を殿山泰司が演じていましたが、彼も「儀式」に桜田家の長老の役で出演しています。
共産主義者同士の祝言
さらに「儀式」で印象的なシーンを挙げるなら、小松方正が演じた共産主義者の桜田勇がやはり共産主義者の女性と祝言を挙げたシーンです。唯物論者にふさわしくないような盛大な祝言ですが、そこで新郎新婦をはじめ、参列者が1人づつ歌を披露するのです。彼らが口ずさむ歌は、軍歌あり、反戦歌あり、民謡ありで支離滅裂ですが、カラオケが登場する以前の日本の結婚披露宴で参列者が歌うという文化が存在したことが興味深かったです。というのも、ブログ「MS責任者会議」で紹介した講話でも話したのですが、最近は少なくなりましたが、結婚式で歌いもの(日本の伝統的な声楽のなかで地歌・長唄・端唄など)や民謡・郷土歌などの伝統的な歌謡が行われることがあります。他方、葬儀においても神葬祭での誄歌・追慕歌や仏式葬儀での御詠歌など、冠婚葬祭は現代の歌謡曲でない古典的な「歌」に触れる場です。
そして、歌だけでなく、「冠婚葬祭は日本文化の集大成」です。茶道・華道・香道といえば日本文化を代表する「三大芸道」ですが、仏式葬儀の中には、お茶・お花・お香もすべて含まれています。その他、冠婚葬祭には「食」の文化、「装」の文化、「書」の文化、さらには「歌」の文化などが詰まっています。それら以外にも冠婚葬祭とそれを構成する要素は日本に存在する多くの文化と密接に関連しています。こうした現状はまさに「文化の集大成」であり、冠婚葬祭の存在なくして日本の伝統文化はもちろん、近代になって生まれたものも含めた諸文化を論じることが困難であるとすらいえます。こうした事実から、冠婚葬祭が持つ文化の集大成としての意義は極めて大きいといえるでしょう。
大島渚がいくら冠婚葬祭を醜悪に描いた映画を作ろうとも「民禮」としての冠婚葬祭は日本人の心に根を張っているのです。柳宗悦が提唱した「民藝」は民衆的工芸という意味ですが、わたしが提唱する「民禮」は民衆的儀礼という意味です。宮中儀礼などの「有職故実」とは一線を画す、一般庶民の生活に根ざした儀礼を指します 。具体的には、冠婚葬祭や年中行事など、日々の暮らしの中で受け継がれてきた「礼」の実践が含まれます 。本当の意味で日本文化を継承し、守っているのは民衆ではないでしょうか。民藝が民衆的工芸なら、民禮は民衆的儀礼です。一般的な日本人が節分で豆まきをしたり、雛人形を飾る。初宮参りや七五三をしたり、葬儀や法事をする。これこそが、日本文化を守っていることであり、「礼」を実践することだと思います。そう、日々の生活の中に「礼」は息づいているのです。
『儀式論』(弘文堂)
映画「儀式」は、冠婚葬祭を通じて「家族」というものを見つめています。そもそも「家族」とは何でしょうか。拙著『儀式論』(弘文堂)の「家族と儀式」の章で紹介しましたが、宗教学者の柳川啓一は、家族とは宗教集団であると言いました。厳密にいえば「家族」というよりも「家」が宗教集団であると言っています。「家」は「祖先」を祭る集団です。しかし、単に生きている家族が死者を祀るという意味ではありません。「家」は世代を超えた存在であるから、生者と「祖先」すなわち死者をふくめた共同体です。死者と生者は「祖先」の恩とこれに報いる生者の供養という宗教行為によって、相互依存の関係にある。宗教行為としての供養がなければ、死者はあの世で迷ってしまうからである。その意味で、「家」はそれ自体が宗教集団となるというのです。「家」とは生者と死者による共同体だと言えるでしょう。
日本映画で「儀式」を描き続けた人物がいます。小津安二郎です。黒澤明と並んで「日本映画最大の巨匠」であった彼の作品には、必ずと言ってよいほど結婚式か葬儀のシーンが出てきます。小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されているが、彼はおそらく、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であることを知っていたのでしょう。小津映画最高の名作とされるのは、「東京物語」(1953年)です。東山千栄子が演じた老母の葬儀が終わり、遺族は料亭で会食をします。杉村春子扮する長女の志げは、「ねえ、京子、お母さんの夏帯あったわね。あれ、あたし形見に欲しいの」と言い出す。その志げも、長男の幸一も、三男の敬三(大阪志郎)も、次々に帰っていく。実家に集まった人たちが、一人減り、また一人減っていく。
「東京物語」について、映画監督の篠田正浩は「何かが無くなっていく映画」と述べたというが、まさに、去っていく者、残されていく者が残酷にも区分けされていくのです。そして最後まで老父(笠智衆)の側にいたのは、戦死した二男の嫁である紀子(原節子)だけでした。老父は、血を分けた子どもたちよりも親切な紀子に感謝の言葉を述べ、亡き妻の形見である女物の懐中時計を贈ります。この場面について、映画評論家の西村雄一郎は著書『殉愛 原節子と小津安二郎』で「父が懐中時計を渡した意味は、そこに"時間の永遠性"を表現しているのだ。たとえ持ち主が変わっても、人が滅して転じても、時間だけは常に絶え間なく流れていく。今という時間は、過ぎていく時間の最後の瞬間であり、次に来る時間の最初の時間だ」と述べています。わたしは、「儀式とは、時間の永遠性に関わるもの」であると考えます。
「東京物語」から18年後、「裸の島」から11年後に公開された「儀式」は冠婚葬祭をこれ以上なく否定的に描いています。その背景には、大島渚政治的な主張が強く流れています。儀式のシーンを用いながら、大島は伝統、権威、ナショナリズム、そして世代を超えたトラウマを冷徹なまでに精密に批判しているのです。しかし、儀式は冠婚葬祭だけではありません。1990年10月、大島渚は妻で「儀式」にも出演した女優の小山明子と結婚30周年記念パーティーを東京プリンスホテルで盛大に開きました。そこで作家の野坂昭如が壇上で大島を殴るという大騒動が発生したのです。
野坂は祝辞を頼まれていましたが、待ち時間が長く、ウイスキーを飲みすぎて酩酊状態でした。一方の大島は、野坂が帰ってしまったと勘違いし、順番を飛ばして進行してしまいます。怒った野坂が登壇し祝辞を終えた直後、大島の左あごに右フックをヒットさせました。対する大島も負けじと、手にしていたマイクで野坂の頭部を2発殴り返す乱闘に発展。セレモニーは完全に破壊されました。その後、大島と野坂はお互いに手紙や謝罪文を送り合って和解したそうですが、この騒動について「儀式を笑う者は、儀式に泣く」と思えてならないのはわたしだけではありますまい。


