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「開戦前夜」

No.1366

8月は先の大戦を回想する月ですが、1日の夜、日本映画「開戦前夜」をユナイテッドシネマなかま16で観ました。小さいシアターでしたが、ほぼ満席。ある意味でホラーより怖い内容でしたが、非常に示唆に富んでいました。鑑賞しながら、主人公たちが巨大なグリーフを予感する様子を見て、「予悲」という言葉が心に浮かびました。

ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「日米開戦のシミュレーションを任された『総力戦研究所』にフォーカスした猪瀬直樹のノンフィクション『昭和16年夏の敗戦』を原案にしたドラマ。アメリカを相手に開戦した場合の戦況を検証した研究所の面々が、必敗という結論にたどり着く。監督は『人はなぜラブレターを書くのか』などの石井裕也。『本心』などの池松壮亮、『愛にイナズマ』などの仲野太賀、『町田くんの世界』などの岩田剛典のほか、江口洋介、佐藤浩市らが出演する」

ヤフーの「あらすじ」は、「1941年、宇治田洋一(池松壮亮)をはじめとする官僚や軍、民間から厳選されたメンバーによる内閣総理大臣・東条英機の直轄機関『総力戦研究所』が結成され、ある任務が言い渡される。それはメンバーで模擬内閣を組織し、日本とアメリカの開戦の行く末を報告するというものだった。宇治田が模擬内閣で内閣総理大臣の役割を担い、国家機密の情報などを駆使しながら徹底的に議論した結果、日本の必敗という結論に至る」です。

本作の原案書は猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)ですが、アマゾンには「「日米開戦前夜、四年後の敗戦は正確に予言されていた! 平均年齢33歳、『総力戦研究所』の若きエリート集団が出した結論は『日本必敗』。それでもなお開戦へと突き進んだのはなぜか。客観的な分析を無視し、無謀な戦争へと突入したプロセスを克明に描き、日本的組織の構造的欠陥を衝く」「〈巻末対談〉石破 茂×猪瀬直樹」と書かれています。

総力戦研究所は、太平洋戦争開戦前の1940年(昭和15年)に設立された、内閣総理大臣直轄の国家シンクタンク兼教育機関です。軍人だけでなく、官僚や民間企業から選ばれた30代の若手エリートたちが集まり、日米戦争を想定した模擬内閣によるシミュレーション(机上演習)を行って「日本必敗」の結論を出したことで知られています。『昭和16年夏の敗戦』で広くその名が知られるようになった後は、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」に登場。戦後80年を記念して、2025年8月16・17日にNHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」が放送され、史実をドラマとドキュメンタリーで描きました。同作のドラマパートを元にした映画が本作「開戦前夜」です。

総力戦研究所は、1940年9月30日公布の勅令第648号「総力戦研究所官制」に基づき、近衛文麿首相の直属機関として誕生しました。設立目的は、武力だけでなく、経済、外交、国民思想など国家の全力を挙げて戦う「総力戦」を科学的に研究・教育することです。各省庁の若手官僚、陸海軍の将校、民間企業(日本製鐵・日本郵船・同盟通信社など)の精鋭、計35名が第1期生(研究生)として選抜されました(平均年齢33歳)。1941年(昭和16年)7月〜8月、真珠湾攻撃の数ヶ月前に、研究生たちが「模擬内閣」を結成し、日米開戦を想定した大規模なシミュレーション(机上演習)を行いました。研究生たちはそれぞれ「首相」「外相」「蔵相」などの大臣役に分かれ、リアルなデータを持ち寄って日米開戦の予測演習を行いました。

各界から集められた超エリートたちによる連日の議論は熾烈を極めましたが、シミュレーションでは、出身官庁から経済や貿易、資源などのデータを極秘情報も含めて取り寄せて精査。結論は、「日本敗戦」でした。終戦時に陸軍少佐だった森松俊夫の著書『総力戦研究所』には、「海軍大臣(模擬内閣で海相役を務めた志村正海軍少佐)は、対米長期消耗戦は、国力上、日本必敗と論じ、他の閣僚もこれに同調した」と書かれています。猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』でも、模擬内閣の出した結論を「奇襲作戦を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、しかし、物量において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。だから日米開戦はなんとしても避けなければならない」と紹介しています。

日米開戦直前の1941年8月末、模擬内閣の討議の結果が首相官邸で報告されましたが、当時の東條英機陸相(開戦時の首相)は模擬内閣メンバーの報告を熱心に聴きつつも、「これはあくまで演習と研究であって、実際の作戦とは全く異なる」とこれを黙殺しました。日本は40年9月に日独伊三国同盟を結んでおり、もはや後戻りできなかったのです。しかし、その後、昭和天皇に開戦の意思がないことを知り、東條は急遽アメリカとの和平の道を探りましたが、もう世論は完全に開戦に傾いており、間に合いませんでした。総力戦研究所は、敗戦が色濃くなってきた45年3月、立ち上げから4年半の活動に終止符を打ち、廃止されました。本作を観ながら、研究所メンバーの強い責任感とは反対に当時の近衛首相をはじめとした日本のリーダーたちの責任感の欠如とのギャップにフラストレーションを感じました。会社を含め、何らかの組織や集団に属している方々にぜひ観てほしい映画です。

総力戦研究所の精鋭たちが導き出した結論は、日本は奇襲(緒戦)に成功しても、物資不足とアメリカの圧倒的な生産力により長期戦に耐えられない。また、最終的にソ連が参戦し、日本は敗北するというものでした。このあまりにも当たり前で正確な「日本必敗」の報告書は、「あくまで机上の空論」として国家の意思決定に活かされることはありませんでした。かえすがえすも残念なことでした。池松壮亮演じる金融マン・宇治田洋一は模擬内閣で総理大臣を務めましたが、彼が苦渋の表情で「このままでは日本は確実に負ける。多くの日本人が死に、遺族は呑み込めないような苦しみを吞み込まなくてはならなくなる」と語った場面が印象的でした。彼は巨大なグリーフを予感していたのです。自分だけでなく日本に生きるすべての人々に起きるであろう喪失と悲嘆の予感は、終末期医療や看取りにおける「予期悲嘆」に似てはいますが、もっと強烈な感情です。本当はその喪失や悲嘆を防ぐことができるのに、それができない絶望が加わるからです。

本作「開戦前夜」はNHKスペシャルの番組がもとになっているわけですが、NHKといえば、かつて司馬遼太郎が先の戦争について語った番組を放送したことがあります。わたしは番組は観ていませんが、それを書き起こした『「昭和」という国家』(NHK出版)を読みました。22歳で敗戦をむかえた司馬遼太郎があの戦争を「馬鹿な戦争」「なんとくだらない戦争」と一喝し、なぜそうなってしまったのか要因を考察していく内容でした。その中で、「昭和」という国家は、明治の成功体験である日露戦争の幻影を引きずったまま、泥沼の太平洋戦争へと突入して破滅を招いたという指摘が印象的でした。「開戦前夜」の中で、「日本必敗」の報告を聴いた後、東條英機が激高して「数字だけではわからん! 大事なのは精神力だ! 日露戦争では、国力で圧倒的に優位なロシアに勝ったではないか!」と言い放つのですが、この言葉に当時の日本の妄想がすべて集約されていました。

後期の総力戦研究所では、メンバーが「日本必敗」と口にすると次第に戦地の最前線に送られるといった空気が生まれましたが、最初に彼らに「自由闊達な意見」を求めていたにもかかわらず、これは不条理そのものでした。権力にとって不都合な真実を科学的に予測しながらも、当時の「空気」によって黙殺された歴史は、組織論や意思決定の教訓として今なお高く評価されています。統帥権の問題がありましたが、本当は昭和天皇の真意を重んじるべきであったと思います。東條は「天皇陛下をお守りする」と強く思っていた忠臣でしたが、結果的に彼の判断ミスが天皇および日本国民を深く傷つけたのです。本作で東條英機を演じたのが佐藤浩市であることに、わたしは最後の最後で気づきました。特殊メイクもあって、途中まったく気づかなかったのですが、彼は東條英機に完全に成り切っていました。さすがは佐藤浩市。その役者魂を見直しました。

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