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「白パンと独裁者」

No.1380

東京に来ています。一連の業界行事が終わった8月19日の夜、ドイツ映画「白パンと独裁者」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。ドイツで興行収入800万ドルの大ヒットを記録した作品ですが、非常に感動しました。ナチスを描いた映画は多いですが、これは名作です!

ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「監督、脚本家としても活動する『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』などの俳優ハーク・ボームの自伝的小説を実写化し、第78回カンヌ国際映画祭で上映されたドラマ。第2次世界大戦末期のドイツ・アムルム島を舞台に、そこへ疎開してきた少年が心身を壊してしまった母の願いをかなえようと奔走する。監督を務めるのは『女は二度決断する』などのファティ・アキン。ジャスパー・ビラーベック、『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』などのローラ・トンケのほか、ダイアン・クルーガーらが出演する」

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「第2次世界大戦末期のドイツ北部・アムルム島。島に疎開してきた12歳の少年ナニングは、戦地から帰ってこない父に代わり、農作業を手伝いながら妊娠中の母ヒレら家族を支えていた。戦争とは無縁の静寂を保つアムルム島で淡々とした日々を過ごしていたナニングだったが、アドルフ・ヒトラーに心酔するヒレが彼の死を知って心身を壊す。生気を失ったヒレが欲した、バターとはちみつが塗られた白パンを手に入れようと、ナニングは家を飛び出す」

本作は、冒頭からアムルム島の風景が美しいです。海、干潮時に現れる干潟、海岸、砂浜、草原、畑・・・・・・すべてが絵画のように美しい。それらを広角レンズで撮影した引きの画の中に人物が小さく映っています。時は第二次世界大戦末期。ドイツ北部のアムルム島に疎開してきた12歳の少年ナニングはヒトラーユーゲントに所属しています。父親は親衛隊の将校、母親は熱心なヒトラー信奉者です。しかし、ナニング自身はヒトラーやナチスに何の思い入れもありません。両親や周囲と同じようにしているだけです。

だから、ヒトラーの死を境にそれまでの世界が崩れ始めても、彼はびくともしません。でも、大好きな母親は総統の死を知って泣き叫び、大きなグリーフを抱えてしまいます。食事も喉を通らなくなってしまいました。でも、母は「バターと蜂蜜つきの白パン」なら食べたいと言います。ナニングは母のためにそれを手に入れようと、島を奔走します。しかし、必要な小麦粉、卵、パンに塗るバターと蜂蜜はなかなか手に入りません。彼は自転車で走り、干潟を渡り、時には危険な目にも遭うのでした。

わたしは一条真也の映画館「大統領のケーキ」で紹介したイラク映画を連想しました。ヒトラーの死を境に、それまで当たり前だった世界が崩れ始める。母親が欲しがった「白パン」を求め、島を奔走する少年の小さな冒険。ハサン・ハーディ監督が自身の体験を基に、1990年代の独裁政権下のイラクを舞台に少女の奮闘を描くヒューマンドラマです。フセイン大統領の誕生日を祝うケーキ係に選出されたある少女がクラスメートの協力を得て、ケーキの材料を集めるために町を飛び回る物語です。彼女は小麦粉、砂糖、卵を調達する必要があったのですが、国際社会から経済制裁を受けているイラクでは小麦粉や砂糖が貴重品となっているのでした。それにしても、同じような内容の映画が同時期に日本公開されているのは偶然なのでしょうか?

「白パンと独裁者」も「大統領のケーキ」もそうですが、戦争や貧困や不条理な社会をそのまま正面から描くのではなく、子どもの目を通して描いています。これは古くは「自転車泥棒」(1948年)をはじめ、「禁じられた遊び」(1952年)、「ミツバチのささやき」(1973年)、「パンズ・ラビリンス」(2006年)・・・・・・子どもの目を通して世界の歪みを描いた一連の作品群があります。本作の主人公ナニングはアムルムの生まれではありません。疎開してきた、いわばよそ者なのですが、島で暮らし、さまざまな経験をしました。彼にはヘルマンという島生まれの親友がいましたが、島を出ていくとき、ヘルマンはナニングに向かって「お前は、もうここの住民だったよ」「じいちゃんが『本物の島民は島を出ていく』と言ってた」と伝えます。これは真の友の言葉であり、胸が熱くなりました。

ナニングとヘルマンの感動的な別れのシーンを観て、わたしは1990年の日本映画「少年時代」のラストシーンを連想しました。柏原兵三の小説『長い道』と藤子不二雄Ⓐの同名漫画を原作に、同じく疎開体験を持つ山田太一が脚色した作品です。時代背景は「白パンと独裁者」と同時期で、戦争が激化する昭和19年の秋。東京から小学5年生の少年が富山県の田舎に縁故疎開してきました。戦時中の都会と地元の少年同士の友情と確執を通して、戦争の体験と昭和とは何だったのかを問いかける感動の名作です。敗戦を迎え、主人公が東京に戻るラストシーンに井上陽水の主題歌が被さります。これはもう、観客の誰もが泣かずにはおれません。

アムルム島の美しい風景の中を12歳の少年が走り回り、スクリーンに映る彼を観客が遠くから見つめている。映画が描いているのは1人の少年の物語であり、歴史の壮大なドラマでもあります。わたしは、無数のヒズ・ストーリー(個人の物語)がヒストリー(歴史)を作ると考えています。1人の人間の小さな人生や歩みも、かけがえのない「物語」であり、そうした無数の個人の営みや記憶の蓄積が、大きな「歴史」を形作っているというのが、わが死生観や歴史観のベースになっています。

本作「白パンと独裁者」のラストで、アムルム島を去っていくナニングの元に1人の少女が駆け寄ります。彼女は自分がしていた首飾りをナニングに手渡すのですが、このシーンに猛烈に感動しました。「この世は捨てたもんじゃない」と思いました。歴史を作るのは、ヒズ・ストーリー(彼の物語)だけでなく、ハー・ストーリー(彼女の物語)もあることを思い知りました。最後に、海辺に立つ老人が映し出されますが、彼は原作者のハーク・ボームです。彼の弟子が本作のメガホンを取った女性監督のファティ・アキンです。老いた師に代わって、弟子がメガホンを取る。ここにも素晴らしいヒズ・ストーリーとハー・ストーリーが物語が重なりました。

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