8月26日、互助会保証株式会社の意見交換会が終わった後、オランダ・フランス・ベルギー合作のドキュメンタリー映画「叛逆のサウンドトラック」をシネスイッチ銀座のレイトショーで観ました。ネットで信じられないほど高評価の作品ですが、貴重な現代史の記録でした。見応えあり!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「1960年にベルギー領だったコンゴの独立直後から始まったコンゴ動乱をテーマに描くドキュメンタリー。音楽と政治、冷戦とアフリカ独立などの歴史を政治家や外交官ら4人の視点で映し出す。監督などを務めるのは『シャドー・ディール 武器ビジネスの闇』などのヨハン・グリモンプレ。アビー・リンカーン、マックス・ローチ、ルイ・アームストロング、ジョン・コルトレーンらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「1961年2月、独立したばかりのコンゴの首相パトリス・ルムンバ殺害に抗議するため、歌手のアビー・リンカーンとドラマーのマックス・ローチらが国連安全保障理事会に乱入。不意打ちを食らった警備員たちを抗議者たちが攻撃する姿を外交官たちはぼうぜんと見つめていた」
この映画を観て、アメリカがジャズ外交などというものを過去に行っていたことを初めて知りました。ジャズ外交は、冷戦期にアメリカ政府が文化外交の一環としてジャズメンを世界中に派遣した政策のことです。ソ連のプロパガンダに対抗し、アメリカの自由や民主主義の魅力を世界に伝えることが目的でした。1950年代から1970年代にかけて、国務省が「ジャズ・アンバサダーズ(ジャズ使節団)」を組織しました。ルイ・アームストロング、ディジー・ガレスピー、デューク・エリントンなどの巨匠たちが参加。ジャズ外交は、人種や国境を越えて人々の心を結びつけ、自由の象徴として歓迎されました。当時アメリカ国内で人種差別を受けていた黒人音楽家が「自由の使者」として利用された複雑な歴史背景もありました。
本作には、先に挙げたジャズメン以外にも、エラ・フィッツジェラルド、セロニアス・モンク、ジョン・コルトレーン、アート・ブレイキーなど、ジャズの歴史に燦然と輝く人々が登場。ジャズ界の人々だけでなく、アイゼンハワー、フルシチョフ、カストロ、ナセル、ネール、毛沢東、そしてマルコムXといった現代史の重要人物たちが次々に登場します。わたしはソ連という国が大嫌いでしたが、フルシチョフの国連での核兵器廃絶演説および植民地解放演説は説得力満点で聴き入ってしまいました。さらにはウォルト・ディズニーの貴重映像まで登場して、まさに20世紀の人間曼荼羅!
本作では、「コンゴ独立」をめぐる激動の歴史が紹介されます。コンゴ独立は、1960年の「アフリカの年」に、現在の「コンゴ民主共和国(旧ベルギー)」と「コンゴ共和国(旧フランス)」の2つの国家がそれぞれ独立を達成した歴史を指します。一般的に世界史やニュースで大きく取り上げられる「コンゴ独立」とその後の混乱(コンゴ動乱)は、主に旧ベルギー領の「コンゴ民主共和国」の出来事です。 コンゴ民主共和国(旧ベルギー領)の独立現在のコンゴ民主共和国は、かつてベルギーの過酷な植民地支配(コンゴ自由国時代を含む)を受けていました。1960年6月30日にベルギーから独立し、独立運動を率いたパトリス・ルムンバが初代首相に就任しました。独立直後、豊かな鉱物資源を持つ南部カタンガ州がベルギーの支援を受けて分離独立を宣言し、国内は激しい内戦(コンゴ動乱)に突入しました。
ルムンバが暗殺された後のコンゴは、1965年のクーデターで実権を握ったモブツ将軍により、国名が一時「ザイール共和国」に変更されましたが、1997年に政権が崩壊し現在の国名に戻りました。 コンゴ共和国(旧フランス領)の独立隣接する現在のコンゴ共和国は、フランスの植民地(フランス領赤道アフリカの一部)でした。1960年8月15日にフランスから完全独立を果たしました。独立後の歩み:独立後はコンゴ共和国として歩み始め、一時期(1968年〜1991年)はアフリカ初の社会主義国家(コンゴ人民共和国)となった歴史を持ちます。本作を観て、コンゴ独立がそのまま成功していれば、「アフリカ合衆国」が誕生する可能性があったことを知りました。それにしても、この映画を観なければコンゴの歴史はもちろんジャズ外交のことも知らないままでした。映画鑑賞は、最もコスパの良い知識を得る方法であり、教養への道であると痛感します。