東京に来ています。10月14日、一条真也の映画館「バイオハザード」で紹介したアメリカ映画をTOHOシネマズ日比谷で観た後、日本映画「あなたの息子ひき出します!」をシネスイッチ銀座で観ました。ポスター画像から「ひきこもり」をテーマにしたヒューマン・コメディを予想していましたが、完全に裏切られました。これほどシリアスでヘビーな映画もなかなかありません。いろんな意味で衝撃を受けました。
ヤフーの「解説」には、「ひきこもりを題材に描くヒューマンドラマ。ひきこもり状態にある人々を支援する活動に携わってきた女性が、ある男性を支援することになる。監督などを手掛けるのは『法廷遊戯』などの深川栄洋。『光復』などの宮澤美保、お笑いタレントの平野ノラのほか、のせりん、吉行和子、生瀬勝久、かとうかず子、江口のりこ、柄本明、天海祐希らが出演している」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「幼い息子と温泉街で二人暮らしをする小林典子は、さまざまな理由からひきこもり生活を送る人々の支援活動を続けていた。苦悩する人々に真摯に寄り添う彼女のところには、ほかに頼る先のない人たちから多くの相談が寄せられる。そんな中、典子は20年以上ひきこもりを続ける三浦雅彦という男性の支援を任される」
本作の冒頭では、売春婦に頼み込んで引きこもりの息子の性処理をさせる老人が登場します。この時点で、「ヒューマン・コメディ」という当初の予想は外れました。また、日本における「ひきこもり」は、15歳〜64歳の生産年齢人口の約50人に1人(推計約146万人)に達しており、滋賀県の人口と同じと知って驚きました。特に、無収入である50代の子どもの生活を、80代の高齢の親が年金などで支える「8050問題」が深刻化しています。
本作は出資者が撮影直前で身を引いたため、監督の借金やクラウドファンディングをされて作り上げられました。いわゆる自主映画(独立映画)ということです。深川監督の妻で映画制作のパートナーでもある女優の宮澤美保が主人公・典子を演じ、典子の仕事のパートナーをお笑いタレントの平野ノラが演じています。宮澤美保という人は初めて知ったのですが、演技が軽すぎず、重すぎず、とても自然体で役になりきっていました。彼女が演じた典子は、どんな相手にでも心を開き、寄り添っていこうとする聖女のような存在でした。「もしかして知的障がいがあるのかな?」と思わせるシーンも多々ありましたが、わたしは世界の映画史上に燦然と輝く名作のヒロインを連想しました。
その映画とは、1954年のイタリア映画「道」です。映画ファンなら知らない者はいないフェデリコ・フェリーニ監督の名作ですが、その主人公はジェルソミーナという女性で、フェリーニ監督の妻であるジュリエッタ・マシーナが演じました。貧しい母親が、ジェルソミーナをわずかな金で大道芸人ザンパノの助手として売り渡すところから物語が始まります。粗暴で無神経なザンパノに酷い扱いを受けながらも、彼女は彼に寄り添い続けます。ある出来事が原因で、ジェルソミーナは精神を病んでしまいます。最後には彼女を持て余したザンパノによって雪の中に置き去りにされ、そのまま亡くなります。ってしまいます。数年後、ザンパノはその過ちに気づき、孤独の中でむせび泣くという切ない結末を迎えるのでした。
都会から離れた平穏な街で幼い息子と暮らすシングルマザーの典子は、社会から孤立した「ひきこもり」の人々を支援する活動を行っています。そんな典子をサポートするのが、平野ノラ演じる橋本由梨です。平野ノラは映画初出演だそうですが、なかなか新しい仕事に馴染めない姿、典子を心配して泣きながら説得する姿・・・・・・どれも、すごく良かったです。本職がお笑いタレントである彼女は、大きな肩パッドの入った赤いボディコンスーツにソバージュヘア、太い眉のバブルメイクで昭和のバブル時代を再現した「バブリーネタ」で大ブレイクしました。「しもしも〜?」「おったまげ〜!」といった懐かしのバブル語を使ったフレーズが広く知られていますが、本作を観て彼女のイメージが良い意味で変わりました。
平野ノラと同じく映画初出演が、のせりん。前科のある青年・矢崎修吾を演じました。のせりんの本名および旧芸名は能勢倫。2020年、高校2年生の時にファッションモデルとして活動を開始し、ブランドやCM出演など多数のメディアやSNSに登場。2021年、高校3年生の時に、インスタグラムを通して表参道の美容師に声を掛けられ、ファッション雑誌「MEN’S NON-NO」の企画が切っ掛けで芸能界入り。2022年、恋愛リアリティ番組のオオカミくんには騙されない シーズン12「オオカミちゃんとオオカミくんには騙されない」にレギュラー出演。2023年、「ケーキの切れない非行少年たち」で、テレビドラマに初出演し、俳優デビュー。同年、「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」で、連続ドラマに初出演しています。なかなか芝居もうまく、これからが楽しみな逸材ですね。
典子は「ひきこもり」の支援する活動以外にも、他に行き場のない人々や相談に真摯に向き合い続けました。地道な働きかけで彼らの心を開いていく典子でしたが、ある日出会った雅彦(大森南朋)という男性には「決して引き出したくない過去」がありました。本作のテーマは最初の「ひきこもり」から途中で「幼児性愛」に変わるのですが、わたしは本当に驚きました。そこからはラストまで一気に物語が流れていきます。幼児性愛者は人口の5%おり、つまり日本には500万人もいると知って、さらに驚きました。福岡県の人口と同じです。さらには、1人の性加害者は生涯で平均380人の被害者を生むという事実を知って仰天しました。
性被害に遭う典子の幼い息子を演じた小野光南翔はオーディションで見いだされた子役ですが、末恐ろしいほどの最高の演技を見せてくれました。本作には、深川監督を慕うベテラン俳優勢も集結しており、吉行和子、生瀬勝久、かとうかず子、江口のりこ、柄本明、天海祐希、西岡德馬といった名優たちが脇を固めています。特に、本作が生前最後の作品となった吉行和子の笑顔、誠実な弁護士役の西岡德馬が見せた熱演が強く印象に残りました。それにしても、とても自主映画とは思えない豪華キャストですが、みんな深川監督夫妻の本作にかける想い、そして本作の深いテーマに共鳴したのでしょう。「映画人の絆って凄いな!」と心から思います。
本作は「ひきこもり」「売春」「知的障がい」「幼児性愛」など、さまざまな深刻な問題が絡み合いながら、弱い人々が支え合い、助け合って生きていく「共生社会」を垣間見ることができます。そこでハッピーエンドかと思いきや、最後にとんでもない「どんでん返し」が待っていました。その前にも観客を驚かせる「どんでん返し」がすでに用意されており、要するに「どんでん返しの連続」で終わるのでした。最後にある登場人物が口にする不穏な言葉で物語を終えるのは製作側の「悪意」のように思う人もいるかもしれませんが、わたしは映画人としての「矜持」あるいは「覚悟」だと思いました。「綺麗事の映画を作るつもりはない。そんなに社会は甘くない。それでも、少しでも社会を良くする映画を作りたい」という矜持であり、覚悟です。それにしても凄い映画でした。この映画、今月25日で閉館するシネスイッチ銀座で鑑賞する最後の映画になると思いますが、最後にこんな凄い映画が観れて幸せでした。71年間、東京のど真ん中の銀座のど真ん中で世界中の名作映画を上映し続けてくれた同館に心から「ありがとうございました」と言いたいです。

今月25日で閉館するシネスイッチ銀座