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「ヌーヴェルヴァーグ」

No.1358

一条真也です。
ゲリラ豪雨も降る酷暑の東京に来ています。フランス映画「ヌーヴェルヴァーグ」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。ずっと観たかった作品で、やっと観れました。率直な感想は「うーん」です。映画館には70代以上とおぼしき高齢者も多かったですが、「勝手にしやがれ」をリアルタイムで観た人には思入れが深かったでしょうね。

 

ヤフーの「解説」には、「1950年代後半のフランスで起きた新世代の監督たちによる映画運動・ヌーヴェルヴァーグの代表的作品『勝手にしやがれ』誕生の舞台裏に迫る青春ドラマ。1959年、フランスの映画批評誌カイエ・デュ・シネマで執筆していた28歳のジャン=リュック・ゴダールが初めて監督を手掛け、仲間たちと共に映画製作にチャレンジする。メガホンを取るのは『ブルームーン』などのリチャード・リンクレイター。ギヨーム・マルベック、『ボイスメールで恋をして』などのゾーイ・ドゥイッチのほか、オーブリー・デュランらがキャストに名を連ねる」とあります。

 

ヤフーの「あらすじ」は、「1959年、フランソワ・トリュフォー監督の長編デビュー作『大人は判ってくれない』が、第12回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。当時カイエ・デュ・シネマで執筆していたジャン=リュック・ゴダール(ギヨーム・マルベック)は、ジャン=ポール・ベルモンド(オーブリー・デュラン)とアメリカ人俳優ジーン・セバーグ(ゾーイ・ドゥイッチ)主演の初長編作品『勝手にしやがれ』の撮影を開始する。しかしゲリラ撮影やアドリブを好むゴダールの手法は周りを困惑させる」です。

最近、日本大学芸術学部映画学科教授の古賀太氏の著書である『ヌーヴェル・ヴァーグ 世界の映画を変えた革命』(朝日新書)を読んだのですが、非常に興味深かったです。ヌーヴェル・ヴァーグ(N・V=新しい波)は、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらを中心に1950年代末のフランスで生起した映画の革新運動だが、それにとどまらず、日本も含めた「世界同時多発現象」として、新しい映画表現や製作スタイルを生み出しました。本書は、国境や時代を超えたN・Vの広がりとその担い手について解説しています。映画の創始者であるリュミエール兄弟から現代の映画作家に至るまで、「N・Vの精神」に満ちた作り手たちによる約800本の作品を紹介しています。

 

本作「ヌーヴェルヴァーグ」は古賀太氏の著書のようにN・Vの誕生と歴史を振り返るドキュメンタリー映画かと思っていたのですが、そうではありませんでした。ジャン=リュック・ゴダールが1960年に発表したフランス映画「勝手にしやがれ」のメイキング・ドラマのような内容となっています。ゴダールの最高傑作とされる「勝手にしやがれ」は、当時の従来の映画製作の常識を覆す、数々の画期的な手法が取り入れられました。たとえば、時間の経過や論理的な繋がりをあえて無視し、ショットの一部をぶつ切りにして繋ぎ合わせる編集技法である「ジャンプカット」。スタジオの中にセットを組むのではなく、手持ちカメラを用いてパリの街頭でゲリラ的な撮影を敢行。さらには、決められた脚本ではなく、撮影現場での即興演出や、ウィットに富んだリアルな日常会話がベースとなっています。

 

「勝手にしやがれ」の物語は、マルセイユで自動車を盗んだ常習犯の青年ミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)は、パリへ向かう途中で追ってきた警官を射殺してしまいます。お尋ね者となった彼はパリへと逃げ込み、かつて南仏で出会いベッドを共にしたアメリカ人留学生のパトリシア(ジーン・セバーグ)のもとを訪れます。新聞社の記者を目指すパトリシアを誘い、ミシェルは共にイタリアへ逃げようと画策します。パトリシアは彼の自分勝手な行動に振り回されながらも惹かれていきますが、次第に警察の捜査網はミシェルへと狭まっていくのでした。

 

本作の冒頭には、ゴダールと並んでNVの騎手」と呼ばれたフランソワ・トリュフォーの「大人は判ってくれない」も紹介されます。少しだけ撮影シーンも登場します。トリュフォーの長編第1作で「勝手にしやがれ」の前年に公開された作品です。アントワーヌ・ドワネル(ジャン=ピエール・レオ)はパリの下町に住む13歳の少年。学校ではいつもいたずらばかりして先生に目をつけられています。共稼ぎの両親は、夫婦仲が余りよくなく何かと口論ばかりしていました。そんなある日、遊ぶ金に困った彼は父の会社のタイプライターを盗んで質に入れようとしましたが、すぐにバレてしまい、両親は彼を少年鑑別所に入れてしいます。

 

「勝手にしやがれ」に話を戻すと、ハンフリー・ボガートに憧れ、気だるくタバコをくわえるジャン=ポール・ベルモンドの格好良さや、ベリーショートの髪型(ピクシー・カット)でニューヨーク・タイムズを配るジーン・セバーグのキュートなスタイルは、ファッション界にも大きな影響を与えました。ただ、ゴダールの仕事ぶりには疑問も感じました。映画には契約というものがあり、そこには撮影の期間や費用、さらには内容なども含まれます。異端児を気取るゴダールはそれらを一切無視して現場をバックれ、スマートボールで遊んでいるのですから、怒り狂うプロデユーサーの気持ちがよくわかりました。

 

いま改めて観ると、登場人物たちがやたらにタバコばかり吸っているのが気になります。本作「ヌーヴェルヴァーグ」でも、主人公のゴダールの喫煙シーンがないぐらい吸いまくっていました。撮影中、ベルモンドもずっとタバコを咥えており、他のスタッフも同様でした。「こいつら全員、肺がんにならなかったのかな?」と思ったのは、わたしだけではありますまい。最後に、本作はシネフィルの人々には受けが良かったかもしれませんが、正直言って、わたしは退屈な映画だと思ってしまいました。あいすみません。

 

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2026年月日  一条真也

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