盆休みの最終日の夜、2017年のアメリカ映画「イット・カムズ・アット・ナイト」をU-NEXTで観ました。ネットでの評価は非常に低い作品ですが、それなりに楽しめました。ただし、後味の悪さは他に類を見ないかもしれません。
ヤフーの「解説」には、「得体の知れない何かにおびえる2組の家族を描く心理スリラー。『ラビング 愛という名前のふたり』などのジョエル・エドガートンが主演と製作総指揮を務め、トレイ・エドワード・シュルツ監督がメガホンを取った。共演には『スウィート・ヘル』などのクリストファー・アボット、『グローリー/明日への行進』などのカーメン・イジョゴをはじめ、ケルヴィン・ハリソン・Jr、ライリー・キーオらが名を連ねる」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「森の中の一軒家に住むポール一家のもとに、ウィルと名乗る男とその家族が、正体不明の“それ”から逃げようと助けを求めてくる。ポールは、“それ”が侵入しないように『夜は入口の赤いドアを常に施錠する』というルールに従うことを条件に、彼らを受け入れた。ところがある日の夜、赤いドアが開いていたことがわかる」
本作の存在をわたしは知りませんでした。鑑賞直前に読んだ『ホラー映画 超近現代史』ヒロシニコフ著(DU BOOKS)で知りました。同書の9章「アートハウス・ホラー」にはテン年代における最大のトピックとしてアートハウス・ホラーの台頭が指摘されており、「その代表格となったのは独立系映画スタジオA24の放った作品群だ。ニューイングランドにおける魔女伝説をロバート・エガース監督入魂の映像で端正につづった恐怖譚『ウィッチ』(15)。家に侵入してくる姿なき『何か』の恐怖に翻弄される『イット・カムズ・アット・ナイト』(17)。邪教によって家族が崩壊してゆくアリ・アスター監督作品『へレディタリー 継承』(18)。白夜の祝祭がおぞましき惨劇に姿を変える『ミッドサマー』(19)」と書かれていたのです。
同書には、「これらの映画はこぞって批評家から高い評価を受け、人間的心理を深く掘り下げ観客の恐怖を与える手法、社会批評的なメタファー、シネマティックな映像美をもって従前のホラー映画とは異なる『エレベイテッド(高度な・進化した・高尚な)・ホラー』と称された」とも書かれています。この一文を読んで、わたしの胸は高鳴りました。今を時めく女優であるアニャ・テイラー=ジョイの衝撃のデビュー作「ウィッチ」も、一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」や「ミッドサマー」で紹介したアリ・アスター監督の二大名作ホラーも、わたしの大のお気に入りです。イット・カムズ・アット・ナイト」がそれらの名作と一緒に並べられている事実に、「早く観なければ!」と思った次第です。
そんなハイテンションで観た本作ですが、冒頭から感染症に冒された老人が殺処分されるという暗いシーンが登場。感染症に侵された世界という設定ですが、本作が公開されたのは2017年。新型コロナ感染症の最初の患者が中国の武漢で原因不明の肺炎を発症したのは2019年12月1日とされています。その後、同様の患者が武漢で増え続け、12月31日には世界保健機関(WHO)に正式に報告されました。つまり、本作はコロナ禍の2年以上前にパンデミックの恐怖を描いていたわけで、その先見性は評価できますね。
「イット・カムズ・アット・ナイト」という題名は「それは夜にやってくる」という意味ですが、結局「それ」がなんなのかはわかりませんでした。感染症のメタファーだとしたら安易すぎます。予告編では、何かのモンスターが家にやってくるような展開を想像してしまいますが、そうではありませんでした。17歳の思春期少年の見る「悪夢」に過ぎないというのは、あんまりです。もっとも、水を求めて家に侵入者がやってきたり、感染症に冒された愛犬が家に戻ってきたり、いつも夜に不安を呼び起こす出来事が起こります。主人公一家はそのたびに凍りつく思いをするのですが、それらの「不安」や「恐怖」こそが「それ」なのでしょうか?
本作は2組の家族が疑心暗鬼になって、互いを敵視する物語となっています。それぞれの家族は善良な人々なのでしょうが、相手を疑ったときから「自分の家族を守る」ことが最優先になってしまいます。そこには「コンパッション」ではなく、「ヘイト」しか存在しませんでした。主人公のポール一家は父親のポールが白人で、母親と息子は黒人です。この家族は「アメリカ」のメタファーなのではないかと推測したレビュアーがいましたが、わたしもそう思います。アメリカは銃社会で、壁を作ったり頻繁に戦争をしたりします。つまりは本作の父親のように「守る」ことに対する意識の強いお国柄であり、劇中に登場する扉は「国境」を象徴しているのでしょう。「不安」や「不穏」の表現は秀逸で、他のA24の名作ホラーを彷彿とさせるものがありました。