東京に来ています。10月13日、冠婚葬祭文化振興財団のグリーフケア委員会の会議が終わった後、日本映画「遥かな町へ」をシネスイッチ銀座で観ました。ずっと結末が知りたかった物語ですが、そのオチには違和感を抱きましたね。
映画.comの「解説」には、こう書かれています。
「『孤独のグルメ』の作画などで知られる漫画家・谷口ジローが1998年に発表し、2010年にルクセンブルク・フランス・ドイツの合作で映画化された名作漫画『遥かな町へ』を日本で新たに実写映画化。人生の折り返し地点を迎えた中年男性が中学時代にタイムスリップし、友人や初恋の人との再会、家族との時間を通して、自らの人生の選択を見つめなおす姿を描く」「大谷亮平が博史役で主演を務め、1963年に生きる14歳の博史を及川桃利、博史の初恋相手・長瀬智子を磯谷萌々子、博史の両親を滝藤賢一と戸田菜穂がそれぞれ演じた。「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」「たたら侍」など地域に根ざした物語を描いてきた錦織良成が監督・脚本を担い、現在も昭和30年代の町並みが残る倉吉市でロケを敢行した」
映画.comの「あらすじ」は、「建築デザイナーとして働く48歳の中原博史は、仕事の出張帰りに故郷・鳥取の倉吉を訪れる。母の墓参りを済ませた帰り道、彼はなぜか1963年の町に迷い込んでしまう。そこには若き日の母や、妹、祖母、そして後に失踪する父の姿があった。意識は48歳のまま14歳の自分の身体に戻った博史は、思春期の少年として、再び家族と向き合うことになる」となっています。
原作漫画である谷口ジローの『遥かな町へ』のアマゾン内容紹介には、「48歳の会社員・中原博史は、出張帰りに立ち寄った郷里・倉吉の町で突然のめまいに襲われ、目を覚ますと、14歳の時にタイムスリップしてしまった。そして、その年に家族を捨てて失踪した若き日の父と再会。48歳の心を持った“少年”は、父の失踪を止めることができるのか・・・!? 14歳の自分に戻って、再び人生をやり直せるなら・・・世界中の読者の心を魅了した、父と子の物語が最新のデジタル・スキャニング技術と最高品質の印刷技法で鮮やかによみがえる」と書かれています。
『遥かな町へ』は、2009年に舞台化、2010年にルクセンブルク・フランス・ドイツの合作として映画化されました。タイトルは“A Distant Neighborhood”です。舞台を日本からフランスに移し、少年の時間旅行として過去の家族や初恋、故郷への思いを繊細に描きます。中年のフランス人男性が、ある出来事をきっかけに少年時代へ戻ります。大人の記憶を持つまま過去を生き直す中で、家族や友人、初恋の相手との時間に向き合っていきます。
原作者の谷口ジローは、『犬を飼う』(1992年)を描き終えたことで、自身の体験や家族の話を創作に活かすという自信を得ていました。それが『父の暦』(1994年)や『遥かな町へ』の発表に繋がったとされています。この物語はあの時こうしておけば違った人生を歩んでいたのではないかというものであり、今をしっかり生きてゆかなければならないという深意が込められていると語っています。フランスをはじめ欧州で翻訳されるにあたって、谷口ジローには「蒸発」という事象を欧州の読者に理解してもらえるか懸念があったそうですが、フレデリック・ボワレの入念な脚色によって、同書は欧州に於いて成功するに至りました。
原作本はビックコミックススペシャルの単行本で上下巻に分かれています。じつは、わたしは上巻だけしか読んでいません。本当は上巻を読み終えてすぐに下巻が読みたかったのですが、刊行時期がずれたため未読のままになっていました。ですので、「主人公・博史の父はなぜいなくなったのか?」「博史は父の蒸発を止めることができたのか?」ということがずっと気になっていました。本作を鑑賞したことでようやく長年の疑問は解けましたが、正直「そんな理由で家族を捨てられるものかな?」と思いましたね。
博史の母は再婚していました。最初の夫は外地で戦死し、その遺骨を届けてくれた戦友が第二の夫となったのです。つまり、博史の父です。父は「ずっと流されて自分の人生を生きなかった。中年になって、自分の人生を生きたくなった」などと言うのですが、わたしは「そんな理由で家族を捨てられるものかな?」と思いました。しかし、あの戦争で人生を狂わされた人は多く、中には戦争未亡人が再婚した後に戦死したはずの夫が帰ってきたという悲劇もあったそうです。本作について、わたしは「こんな出来事が本当にあっても不思議ではないかもしれない」とも思いました。改めて、戦争とはグリーフの発生装置であると痛感します。
わたしは、2011年の日本映画「一枚のハガキ」を思い出しました。新藤兼人監督が98歳で、自らの戦争体験を基に描いた感動の人間ドラマです。太平洋戦争末期、中年兵として招集された啓太(豊川悦司)ほか仲間99名の運命は、上官によるくじ引きで決定。仲間の定造(六平直政)はフィリピンに送られることになり、戦死を覚悟した彼は啓太に妻の友子(大竹しのぶ)が書いた一枚のハガキを託します。同作は、時の天皇(現在の上皇さま)も御覧になりました。また同作品は、第84回米国アカデミー賞の外国語映画賞部門に日本代表として出品され、第23回東京国際映画祭の審査員特別賞を受賞しています。
映画「遥かな町へ」に話を戻すと、1963年に生きる14歳の博史を演じた及川桃利と、博史の初恋相手・長瀬智子を演じた磯谷萌々子の2人がすごく良かったです。及川クンは現在15歳。桃利は本名で、俳優の松坂桃李が由来。母親が「『桃』の漢字が入っていて、かつ有名な芸能人」から選び、名付けた。幼少時から親戚に「きれいな顔をしている」とも言われ、家族の勧めもあって、小学2年生の時に「桃李」と同じ芸能界に入ったそうです。一方の萌々子チャンも15歳。2019年にハピネットのコレクショントイ「スウィートキャッツ」のCMに出演し、芸能活動を開始。2020年4月、テレビ東京のドラマ「浦安鉄筋家族」でドラマ初出演を果たすと、同年10月には、同じくテレビ東京の『あのコの夢を見たんです。』にて中条あやみ演じる主人公の幼少期を演じました。2人ともこれからが楽しみですね!
1963年を生きる夫婦を演じた滝藤賢一と戸田菜穂も良かったです。滝藤賢一は主人公・中原博史の父親である中原与志雄(44歳)役を演じました。家族を残して突然失踪してしまう男性です。彼はテーラー(紳士服仕立て職人)の役柄にあわせ、職人から話を聞いて50年前の生地を使った紺のストライプの3つ揃いスーツを自身でオーダーして初日舞台あいさつに登壇しました。一方の戸田菜穂は、主人公の母親である中原和江役を演じています。のちに失踪してしまう夫を支え、家族を優しく包み込む、芯の強い昭和の女性を演じています。インタビューでは、昭和の面影が色濃く残る倉吉の街並みや地元の温かい雰囲気に助けられ、自然と役に入り込めたと語っています。じつはわたしは1963年生まれなので、映画の中の中原夫妻がわたしの両親の姿に重なって、涙腺が緩んでしまいました。
本作では主人公がタイムスリップしますが、特に凝った物語ではありません。それどころか「ベタ」と言ってもいいくらいの、ありふれた時間旅行SFです。まあ主人公がタイムスリップして過去に行くときには墓場に満月が、現代に戻ってくるときには蝶がスクリーンに映っていたのが象徴的でしたが。どちらも彼岸のシンボルだからです。もともと、わたしは映画の本質を「時間を超えるメディア」であると考えています。映画はかけがえのない時間を「そのまま保存する(生け捕りにする)芸術」であり、「不死」のメディアです。時間を保存できるということは、人間が「時間の束縛」や「死すべき運命」から解放され、究極の自由を得ることを意味します。時間を超越できる映画は、空間や時間を超えるだけでなく、「死を乗り越える」力を持っています。映画を観ることは「死者と再会すること」と同義であり、それがグリーフケアにもつながるのではないでしょうか?
『映画の観方』(産経新聞出版)
わたしは、『映画の観方』(産経新聞出版)などの著書で、映画を「時間を超える力」を持つメディア、あるいは「時間を旅するタイムマシン」と一貫して定義してきました。映画は、過去・現在・未来というあらゆる時間軸、さらには超古代から超未来にまで簡単にタイムトラベルできる装置であると考えます。「時間旅行(タイムトラベル)」とは映画の別名であるとも言えるでしょう。そして、そんな映画を上映する映画館もタイムマシンそのものです。この日に訪れたシネスイッチ銀座は、今月25日で閉館します。まことに残念ですが、「遥かな町へ」を観終わって同館を出たとき、わたしは1963年の銀座に迷い込んだような気がしました。
今月25日で閉館する「シネスイッチ銀座」