No.0019
映画「月に囚われた男」を観ました。
それにしても、「月に囚われた男」とは、秀逸なタイトルです。
まさに、いつも月のことばかりを考えているわたしのことではありませんか!
さて、映画「月に囚われた男」は、奇妙な味のSFスリラーでした。
あのデヴィッド・ボウイの息子であるダンカン・ジョーンズの監督作品です。
近未来、地球に必要なエネルギー玄を採掘するために月に派遣されたのは、サムというたった1人の男でした。
サムと会社の契約期間は3年で、地球との直接通信は不可能です。
孤独なサムの話し相手は、ガーディという1台の人工知能を持ったロボットだけです。
愛する妻子が待つ地球へ帰れる日まであと2週間を切ったとき、サムの周囲で奇怪な出来事が起こります。
これから先はネタばれになるので止めておきますが、けっこう面白かったです。
特に印象に残ったのは、この映画で主人公が月面から地球上にいる娘にテレビ電話する場面です。それは、まさに霊界通信そのものでした。
『ロマンティック・デス』(幻冬舎文庫)以来ずっと唱えていることですが、やはり月こそは霊界であり、地球とは現世であると思いました。
この映画は基本的に宇宙船の内部が舞台で、主人公のパートナーが人工知能ロボットということから、かの名作「2001年宇宙の旅」を思い起こさずにはいられません。
スタンリー・キューブリックが「2001年宇宙の旅」を発表したのは1968年ですが、あのHALから30年以上が経っても人工知能の造形はまったく進化していません。
よくあるような人間型ロボットも登場しません。
その代わり出てくるのは、クローン人間です。
わたしは、「そうか、クローンがいれば、ロボットが人間化する必要はないのか」と変に納得してしまいました。
何より怖ろしいのは、クローン人間が自分を生身の人間だと信じ、自分の記憶を本物のリアルな記憶だと思い込んでいることです。
しかし、クローンの記憶とは、人工的に移植されたものなのでした。
そのあたりは、「トータル・リコール」や「バニラ・スカイ」といった「記憶」をテーマとしたSF映画にも通じます。
「記憶」がテーマの映画には、SF以外にも「きみに読む物語」や現在公開中の「やさしい嘘と贈り物」などがあります。
それにしても、自分の記憶が偽物であること以上の恐怖があるでしょうか。
人間にとって、何物にも代えがたい人生の宝物は「思い出」です。
わたしは昨年、自分の思い出を記入する『思い出ノート』(現代書林)を発表しましたが、おかげさまで非常に好評で版を重ねています。
「思い出」こそ人生の宝物