映画「借りぐらしのアリエッティ」を観ました。
 宮崎駿が率いるスタジオ・ジブリの待望の最新作ですね。
 メアリー・ノートンの名作ファンタジー『床下の小人たち』を下敷きにしたアニメです。
 ラストが切なくて、泣けました。アニメを観て泣いたのは「となりのトトロ」以来です。

 古い邸宅の床下に暮らす小人の一家の物語です。
 14歳の少女アリエッティは両親との3人家族で、生活に必要なものは床の上の人間から借りてくる「借りぐらし」をしています。
 舞台となった東京都小金井市の古びた洋館とその庭が、わたしが住んでいる超ボロ家の雰囲気とそっくりだったので、思わず最初から感情移入してしまいました。
 家の内部の描写も細かいですが、とにかく庭の描写が素晴らしい!
 こんなに庭というものを美しく描いたアニメは他に存在しないのでは?

 そして、なぜか、床の上の人間よりも床の下の小人たちに感情移入を。
 先に「可愛いうた♪」というものを紹介しましたが、小人たちがとにかく可愛いのです。
 その可愛いものが、一生懸命に生きているのです。角砂糖1個、ティッシュペーパー1枚を拝借するにも命がけの姿には、なんだか美しささえ感じてきます。
 「ちひさきものはみなうつくし」と書いたのは、『枕草子』の清少納言ですね。
 人間の食べ物を拝借する小人の物語は、小学校のときの国語の教科書にもあったように記憶しています。たしか、「チックとタック」というお話でした。

 この映画を観て、いろいろなことを考えました。
 まず、小人が人間から借りぐらししているというけれど、人間だって借りぐらしをしている存在であるということ。
 もともと土地や資源は、誰のものでもありません。いわば地球のものです。
 人間は地球から借りぐらししているに過ぎないのです。

 それから、アリエッティたち小人族は絶滅の危機に瀕しています。
 人間の少年である翔は、「君たちは滅びゆく種族なんだよ。・・・・・君はこの世界にどのくらいの人間がいるか知ってる?67億人だよ」と言います。
 それに対して、小人はもう数人しか残っていないかもしれません。
 でも、アリエッティは「私たちは、そう簡単に滅びたりしないわ!」と叫ぶのです。
 この魂の叫びは、小人族だけの叫びではありません。あらゆる環境破壊の影響によって、この地球上で滅びつつあるすべての生命種たちの代弁となっています。

 翔は心臓を病んでいて、もうすぐ手術を受ける少年です。
 その彼は、アリエッティに「君たちは滅びゆく種族なんだよ」などと心ない言葉を浴びせたことを詫び、「君たちより、僕のほうが先にいなくなるかもしれないね」と言います。
 そう、いくら67億人の人間がいたとしても、翔はたったの1人です。
 「死ぬときは、いつだって1人」という事実を示す、しんみりとするシーンでした。

 また、アリエッティは自分たち家族以外にはもう小人はいないのかもしれないと不安に思いますが、ある日、小人の少年であるスピラーと出会い、とても喜びます。
 スピラーの容姿は、どう見ても、人間でいえばネイティブな先住民族です。
 顔にまじないの模様まで描かれています。
 一方、アリエッティは白人です。おそらくは原作者と同じイギリス人の小人でしょう。
 それでも、アリエッティはスピラーと出会ったことを心の底から喜びます。
 物語の最後は、アリエッティとスピラーが一緒にヤカンで川を下って行くシーンです。
 もしかして、この2人が小人族で最後の2人になる可能性だって高いのです。
 そうなれば、二人は結ばれて、子孫を作らなければなりません。
 白人だネイティブだなどといった人種間の問題など吹っ飛んでしまいます。
 これは、小人のみならず、人間の場合でも同じことで、人種差別など本当に下らないことであるという作者のメッセージが伝わってきました。
 差別などしていたら、その種は極限状態において生き残っていけないのです。

 そして、何よりもわたしの胸を打ったのは、翔とアリエッティの間に芽生えた信頼関係、いや淡い恋心というべきでしょうか。
 人間と小人が、心を通わせ合ったことに感動しました。
 翔が最後に言う「君は僕の心臓の一部だよ」というセリフが胸を打ちます。
 わたしは、スタジオ・ジブリの前作「崖の上のポニョ」に出てくる人魚の少女と人間の少年の交流を思い出しました。
 「崖の上のポニョ」のモチーフは、明らかにアンデルセンの「人魚姫」です。
 人魚姫は、人間の王子と結ばれたいと願いますが、その願いはかなわず、最後には水の泡となって消えてしまいます。
 「人魚姫」を愛読したサン=テグジュぺリは、名作「星の王子さま」を書きました。 
 孤独な人魚姫のイメージは、星の王子さまへと変わったのです。
 王子さまは、いろんな星をめぐりました。
 しかし、誰とも友だちになることはできませんでした。
 本当は、王子さまは友だちがほしかったのです。
 7番目にやって来た地球で出会った「ぼく」と友だちになりたかったのです。
 星の王子さまとは何か。その正体は、異星人です。人間ではありません。
 人魚も人間ではありません。人間ではない彼らは一生懸命に人間と交わり、分かり合おうとしたのです。人間とのあいだにゆたかな関係を築こうとしたのです。
 それなのに、人間が人間と仲良くできなくてどうするのか。戦争などして、どうするのか。殺し合って、どうするのか。わたしは、心からそう思います。
 そんな思いを、『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも書きました。
 「借りぐらしのアリエッティ」のメッセージもまったく同じだと思います。
 「人間と小人だって心を通わせることができるのだから、人間同士もっと仲良くしなければ!」ということではないでしょうか。
 「借りぐらしのアリエッティ」とは、「異人たちとの夏」の物語なのです。

 最後に、小人とは何でしょうか。
 一般に「妖精」がその正体ではないかとされています。
 原作はイギリスの物語ですが、ケルト民話の影響で、イギリスには妖精を信じている人が多いとか。あのコナン・ドイルでさえ、妖精写真というものを信じたほどです。
 妖精はこの世に実在すると考え方もあります。
 それを見ることができるのは、幻視者と呼ばれる人々です。
 日本でも、宮沢賢治などは妖精を見たという逸話が残っています。
  関係者の証言によれば、賢治が木や草や花の精を見たとか、早池峰山で読経する僧侶の亡霊を見たとか、賢治が乗ったトラックを崖から落とそうとした妖精を見たとか、そういったおどろくべきエピソードがたくさん残されています。

 最近の日本では、「小さいおじさん」という都市伝説が流行しています。
 おそらくは街の妖精ではないかと思われる、体長10センチぐらいの小さいおじさんを目撃したという人々が多く現われているのです。
 特に芸能人の目撃者が多いようです。 松本人志、渡辺徹、釈由美子、平山あや、中島美嘉、柳原可南子、森久美子、伊集院光、的場浩二、さらにはV6の岡田准一、TOKIOの長瀬智也といった人々も目撃体験談を話しています。松本人志は、「ちっちゃいおっさん」と表現していました。
 小さいおじさんを撮影したという写真なども大きな話題になっています。 有名なのは、93年に北新宿で撮影されたものです。
 「研ぎ」の看板の上にチョコンと座っています。
 小さいおじさんは神社にもよく出るらしく、東京都杉並区の大宮八幡宮が名所だとか。

 わたしは、小人や妖精というものを見たことはありません。
 小人や妖精がいるかどうかも知りません。
 でも、いたほうが楽しいなとは思います。
 だって、そのほうが世界は何倍も豊かになると思いませんか?
 わが家の床下にも、小人たちが住んでいれば楽しいですね。
 「借りぐらしのアリエッティ」には、立派なドールハウスが出てきます。
 それが物語で重要な役割を果たすのですが、イギリス人は、もともと小人たちのために「ドールハウス」というものを考え出したといいます。素敵な話ですね!
 ドールハウスといえば、わが家の屋根裏部屋には、ディアゴスティーニ・ジャパンが刊行した「週刊ドールハウス」の全110巻が箱に入って眠っています。
 妻が求めたものですが、忙しくて、なかなか作る暇がないのです。
 子どもたちを世話する手が離れたら、ゆっくり作ってみたいなどと言っています。
 いつかドールハウスが完成したら、わが家の小人は姿を見せてくれるでしょうか?、

  • 販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日:2011/06/17
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