No.0034


 『虐殺器官』『クォンタム・ファミリーズ』と、2冊続けてハードなSFを読んだら、なんだか少し肩が凝ったような気がします。
 そこでマッサージがわりに、日本映画「オカンの嫁入り」を観ました。
 テーマは、『クォンタム・ファミリーズ』と同じく「家族」でしたが。

 母一人子一人で仲良く暮らしてきた母娘が出てきます。
 母親の突然の再婚宣言によって、一人娘の心は揺れ動きます。
 そのさまを描いた人間ドラマですが、ほのぼのとした良い映画でした。
 ここのところ、「告白」とか「悪人」とか、人間の倫理観を問う問題作が話題になってきましたが、たまにはこういう温泉みたいなホンワカ映画もいいものです。

 母親には大竹しのぶ、娘には宮崎あおいという配役で、ニッポンの国民的女優が親子役で共演するというので、観るのが楽しみでした。
 二人とも演技派で有名ですが、特に宮崎あおいの演技力はすごい!
 怒った顔、悲しい顔、驚いた顔・・・・・これほど表情ゆたかな女優が他にいるでしょうか。 若手女優としては、松たか子と双璧をなす実力ではないかと思います。
 でも、大竹しのぶも、ラスト近くの白無垢を着て、娘に感謝の言葉を述べる演技は絶品でした。わたしは何度も泣かされ、バーバリーのハンカチがグショグショになりました。

 さて、「オカンの嫁入り」を観て、わたしは「縁」というものの不思議さを強く感じました。 まず母と娘という親子の縁があります。
 オカンの一方的な再婚宣言に激怒した娘は家出をするのですが、その際に仏壇にある亡父の位牌を持って行こうとします。
 しかし、オカンは「これはダメ! これは、あたしのもの」と言って取り返そうとします。
 残された妻と子が位牌を奪い合う場面を観て、なんだかシミジミとしました。
 次に、結婚する男女の縁があります。
 オカンの結婚相手である金髪の青年・研二は桐谷健太が演じていましたが、身寄りがまったくなく、結婚しなければ将来は孤独死する可能性もあります。
 そんな天涯孤独の身でも、縁によって家族を持つことができるのです。

 また、母娘には温かく見守ってくれる隣人との縁があります。
 特に母娘が住む家の大家さん、母が勤める整形外科の医師などは、本当に理想的な隣人として描かれていました。この作品は角川映画ですが、まるで松竹映画の「男はつらいよ」に出てくるタコ社長みたいな愛すべき隣人でした。
 松竹映画といえば、小津安二郎という最大の巨匠がいました。
 小津の映画は、日本人の「こころ」が見事に描かれていることで有名です。
 小津の作品には、必ず結婚式か葬儀のシーンが出てきました。 小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されていますが、彼はきっと、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であることを知っていたのでしょう。

 そして、この「オカンの嫁入り」も冠婚葬祭映画です。
 オカンが白無垢を着るという設定は、すごく良かったです。
 白無垢こそは、ニッポンの花嫁衣裳であります。なぜなら、『古事記』に見られる日本人の精神のシンボルだからです。
 結婚式ならびに葬儀にあらわれたわが国の儀式の源は、小笠原流礼法に代表される武家礼法に基づきますが、その武家礼法の源は『古事記』に表現されています。
 すなわち『古事記』に描かれたイザナギ、イザナミのめぐり会いに代表される陰・陽両儀式のパターンこそ、後醍醐天皇の室町期以降、今日のわが国の日本的儀式の基調となって継承されてきました。
 太平洋戦争以降、日本社会は大きく変貌し、欧米文化の著しい影響を受けました。 それにもかかわらず、今日の結婚式の中で、和装でもドレスでも、花嫁は最初は白を着て、それから色直しをします。
 日本民族としての陰陽両儀式の踏襲が見事に表現されているのです。
 わたしは、白無垢こそは、日本人女性を最も美しく見せる衣装だと思います。

 それにしても、白無垢を着た大竹しのぶの演技は本当に素晴らしかった!
 彼女を最初に観たのは、これまた松竹映画の「事件」でした。
 「事件」は1978年の作品なので、宮崎あおいよりも若い21歳のときでした。
 当時わたしは中学3年生でしたが、その演技力に圧倒され、「すごい女優だなあ!」と思った記憶があります。大竹しのぶは、この「事件」の演技を認められ、1979年日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を獲得しています。

 また、宮崎あおいも天才女優です。
 わたしが初めて彼女の演技に接したのは、2006年の「初恋」でした。
 3億円事件の真犯人が女子高生だったという大胆な設定の作品でしたが、その女子高生を彼女は見事に演じました。
 ほとんどの場面を北九州市で撮影したという「初恋」を観たわたしは、宮崎あおいに出会い、じつに28年ぶりに「すごい女優だなあ!」と思ったのです。

 そんな二人のすごい女優が親子の葛藤をリアルに体現したのです。
 「こんなに贅沢な映画はない」と心から思いました。
 ぶつかり合いながらも互いを思う母娘、そして彼らを見守る周囲の人々の姿。
 「オカンの嫁入り」を観て、とても温かい気分になりました。
 そして「家族っていいなあ」「日本人っていいなあ」と思いました。
 みなさんも、機会があれば、ぜひ御覧下さい。
 この映画は『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)で取り上げました。

  • 販売元:TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
  • 発売日:2011/02/21
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