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「先祖」と「隣人」とのつきあい方を描いた映画

 「うつし世の静寂に」は、2008年度の文化庁映画賞に輝いた「オオカミの護符」の由井英監督の新作で、東京都に隣接した川崎市北部に残る「講」をテーマにした映画です。
 「講」は、冠婚葬祭互助会のルーツです。これは観ないわけにはいきません!
 また、隣人関係論の参考にもなりそうでしたので、内海さんをお誘いしたのです。
 この映画には、人が円座して数珠を繰り回す「念仏講」、お地蔵さんを人が背負い家々を巡り歩く「巡り地蔵」、土俵の上を華麗に舞う「初山獅子舞」などが登場します。
 民俗学的にも、非常に興味深い映像作品でした。
 「うつし世」とは「現世」のことです。そして、「常世」は「来世」のことです。
 二つの世をつないできたものは、人々の「素朴な祈り」だったことがわかります。
 それは、まさに「ご先祖さまとのつきあい方」そのものでした。

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うつし世と常世をつなぐ「素朴な祈り」

 この映画は、「サロンの達人」こと佐藤修さんのブログ記事「自然との共生はおごり」で知りました。佐藤さんは、いま、仲間に呼びかけて「講」をつくろうと思われているとか。
 しかし、由井監督の「講は仕組みだけではなく、それを生み出しているものを見つめなければ見えてこない」という言葉を聞いて、ハッとされたそうです。
 佐藤さんは、ブログに次のように書かれています。

「講は作るものではなく、生まれるべくして生まれるものなのです。それは講に限りません。すべてのものは、生まれるべくして生まれるのであって、その機が熟していなければ形だけのものになりかねません。頭ではそのことを意識していたにもかかわらず、最近はそのことを忘れることがよくあります。他者と関わる仕組みを自分ひとりで作ろうとするのは、おごり以外のなにものでもありません。反省しなければいけません」

 「講」は、「無尽講」や「頼母子講」のように経済的「講」集団を構成し、それらの人々が相寄って少しずつ「金子」や「穀物」を出し合い、これを講中の困窮者に融通し合うことをその源流としています。いわゆる互助的無利息融通組合ともいえるものです。
 この「講」の歴史は鎌倉時代までさかのぼることができます。
 特に、この経済的「頼母子講」の特色は、親と呼ばれる発起人と数人ないし数十人の仲間で組織が作られ、一定の給付すべき金品を予定し、定期的にそれぞれ引き受けた口数に応じて、くじ引きや入札の方法で、順次金品の給付を受ける仕組みとなっています。 この「講」というシステムは、もともと関西で生まれました。
 江戸時代になって関東へと広まり、庶民の金融機関として全国に普及しました。

 わたしが感動したのは、隣人たちが集う「講」の場面でした。
 一軒の家に参集し、ここでお金の問題を話し合い、その後は食事会です。もちろん、お酒も出ます。昔からずっと続いている日本の民俗的光景です。
 でも、わたしはこれを観て、「あっ、隣人祭りだ!」と思いました。
 現在、わが社がサポートしている「隣人祭り」はフランス生まれですが、もともと日本には「隣人祭り」が存在していたのです。冠婚葬祭のサービス提供とともに隣人祭りの開催をサポートしているわが社は、昔ながらの「講」の姿に限りなく近づいているのかもしれません。念仏講に集う人々は、まさに「先祖」および「隣人」とともにくらす人々でした。

 わたしは、よく血縁をタテ糸に、地縁をヨコ糸に例えます。
 そして、タテ糸とヨコ糸の両方があってこそ、安定して空中に漂う凧のように、人の「こころ」も安定できる、すなわち、幸せに生きることができると述べてきました。
 この映画を観て、タテ糸とヨコ糸は別々にあるものではなく、じつは一本に絡み合っているのではないかと感じました。念仏講では、血縁も地縁も一体となって、タテ糸とヨコ糸が絶対に解けないように固結びされていました。
 日頃から「先祖」や「隣人」との良きつきあい方、そして有縁社会について構想している「同志」の内海さんと一緒に、この映画を観ることができて嬉しかったです。

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無縁社会を乗り越える生き方

 わたしが、この映画を観て痛感したのは、日本人にとっての「こころ」の場所としての神社の重要性でした。そもそも日本において、神社こそが「コミュニティ」を形成してきました。 1906年(明治39年)に神社合祀令が出ましたが、かの南方熊楠が反対したことが有名です。熊楠は、神社の統合が、「自然」「コミュニティ」、そして八百万の神々につながる「スピリチュアリティ」が一体となった地域社会を解体してしまうことを憂慮したのです。 宗教哲学者の鎌田東二さんによれば、明治初期の神社の数は約18万余でした。 これは、自然村の数とほぼ同じだったそうです。
 しかし、神社合祀の結果、明治末には約11万余にまで減少したとのこと。それが現在では、さらに減って8万余になりました。一方、郡区町村編成法のときの自治体の数は約7万でした。市制・町村制のときの自治体の数は約1万5000でした。
 つまり明治末期には、神社数約11万に対して自治体数約1万5000ということです。
 行政上の自治体の成立は、神社を中心とする地域コミュニティが次々に集約・統合されることとパラレルに進行したことがわかります。やがて第二次世界後の「昭和の大合併」(1953年~61年)で自治体の数は約1万から3472に減ります。
 そして「平成の大合併」で、さらに1760(2009年末時点)にまで減少するのです。
 これは農村から都市への人口移動と平行して進んだ事態だと言えます。少なくとも都市圏に関する限り、神社、鎮守の森と地域コミュニティの結びつきは消えていきました。

 明治になって国家神道の名のもとに利用された時期がありましたが、もともと神社には日本人の「血縁」と「地縁」を強化するという機能があります。
 神社とは、血縁と地縁のステーションなのです。
 東京から北九州へ向かうスターフライヤーの機内で、渋沢栄一の『論語講義(1)』(講談社学術文庫)を読んでいたのですが、中にこんなくだりがありました。
 「余は宗教信者とは自ら思わぬけれども、神社を崇拝する念慮を持っておる点においてはあえて人後に落ちずと思う。ことに田舎の村落等小さき土地では、村社郷社の鎮守神社の保護を村中の者が寄り合って世話するようになれば、村落一致和協の結合力を強くし、共同団結心を発達せしむるようになり、小学校の教育にて与うることのできぬ一種の信念を村民に与え、人情及び道徳上にすこぶる良好の効果を生ずべしと思惟し、かつ余は二十四歳で郷里を出るまでは、血洗島の鎮守諏訪神社の氏子総代を勤めた因縁もあるので、今日までもいろいろと世話をしております」
 渋沢栄一は、「日本資本主義の父」と呼ばれ、ドラッカーにリスペクトされた経営者です。彼自身は孔子を尊敬し、「論語と算盤」の精神で道徳と経済の一致を図りました。
 その渋沢栄一が神社の存在価値を的確にとらえていたことを知り、嬉しくなりました。

 また、渋沢は続けて次のように書いています。

諏訪神社には昔よりささら舞と称する獅子をする古俗があり、余も郷里におった若い頃には村の若い者と一緒にこの獅子を持って廻ったことがあるが、維新後一時廃れておりしを余は再興する世話を焼きたり、これかかる古俗は一村の純朴なる風俗を維持するに必要なりと思いしよりのことであります」
 ちょうど、この映画にも、100年ぶりに復活したという初山獅子舞が登場します。
 映画の製作者は「ささらプロジェクト」というのですが、渋沢栄一が再興した獅子舞も「ささら舞」という名だったそうです。久々のシンクロニシティです!
 わたしは、神社も獅子舞も講も、すべては日本人の血縁や地縁の結びつきを強めるための一種の「文化装置」であったということに気づきました。

 特に、神社の数が減少の一途をたどったことと、日本人の血縁や地縁が薄くなり、無縁社会化していったこととは、明らかな相関関係があります。
 しかし、まだ日本には8万を超える神社が存在します。あきらめるのは早い!
 わが社では、いま、各地の神社において「隣人祭り」を開催する運動を推進しています。
 今こそ、南方熊楠の志を思い起こさねばなりません。そして、神社をステーションとした新たな地域コミュニティを再構築する必要があるのではないでしょうか。
 わたしは、この映画を鎌田東二さんにぜひ観ていただきたいと思いました。

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もっと多くの方々に観てほしいです

 この映画には、「無縁社会」を乗り越えて「有縁社会」を再生するヒントが満載です。 それにしても、こんな素晴らしい映画の上映館が1館だけとは! 本当に残念です。 11月19日まで渋谷のユーロスペースで、午前10時から1回だけ上映しています。
 その後は、12月3日まで横浜のシネマ・ジャック&ペティで上映されるそうです。
 鑑賞が可能な方がいらしたら、ぜひ御覧下さい。