映画「世界最古の洞窟壁画」を観ました。
 東京に来たときは東京でしかできない体験をすることを心掛けていますが、この映画はどうしても観たかった作品でした。全互協理事会と全互連理事会の間の時間を使って、六本木ヒルズの「TOHOシネマズ」でようやく観ることができました。

 この作品は、ショーヴェ洞窟と、そこに残されていた世界最古の壁画をめぐるドキュメンタリー映画で、3D上映となっています。ショーヴェ洞窟とは、1994年12月、ジャン=マリー・ショーヴェが率いる洞窟学者のチームが発見した洞窟です。
 そこには、なんと3万2000年前に描かれた壁画が奇跡的に保存されていました。
 3万2000年前といえば、1万5000年前のものとされるラスコー壁画よりも1万7000年も古いわけです。まさに、世界最古の洞窟壁画!
 ちなみに、わたしは「最古」という言葉にめっぽう弱い人間です。
 そこには底知れないロマンがありますし、なにより「文明」には「最新」という接頭語が似合いますが、「文化」には「最古」が似合うように思えてなりません。
 そして、わたしは最古の神話、最古の神殿、最古の儀式などに心惹かれてしまいます。

 それまでフランス政府は、ショーヴェ洞窟への入洞を厳しく禁じていました。
 一般公開されていたラスコー洞窟は、観光客の吐く息のために壁面にカビが発生して閉鎖されました。それぐらい洞窟内の壁画というのはデリケートなものなのです。
 ショーヴェ洞窟の貴重な遺跡を守るため、研究者や学者にのみ入場が許可されました。
 しかし、この映画のためだけにフランス政府は特別に撮影を許可したのです。
 おそらく、きちんとした記録映像を残しておきたいという思惑もあったのでしょう。

 監督は、「アギーレ 鬼神の怒り」や「フィツカラルド」などで知られる巨匠ヴェルナー・ヘルツォークです。最先端の3Dカメラを携えて洞窟内を探索し、3万2000年前に描かれた壁画を隅々まで余すところなくとらえます。現在のヨーロッパでは絶滅したホラアナグマやホラアナライオンをはじめ、野生の牛、馬、サイなどの動物を、スタンプ、吹き墨といった技法で生々しく描いた壁画をとらえていくのです。
 洞窟内の風景は、「荘厳」そして「幻惑的」と表現する他はありません。そこに浮かび上がる壁画からは、それらを描いた古代人の「こころ」が見えてくるようです。

 わたしは、次々と映し出されるビジュアルに思わず息を呑みました。映画やアニメーションの原型を思わせる足が何本もある動物など、そのクオリティの高さは信じられないほどです。評論家の滝本誠氏も、「映画.com」で以下のように述べています。

「巧い! この動物デッサン、とてつもなく巧い! 動物絵で知られるドイツ表現主義の画家、フランツ・マルク、あるいはシャガールよりもタッチが新しい、というか彼らよりも巧い! しかし、牛、サイ、ウマ、ヒョウ他、巧すぎないか!? 観る位置によって変幻する岩壁の凸凹を利用しただまし絵もあり、動きの連続を捉えた映画的な絵まである!! というようにとにかく岩壁にこれらの絵を描いた石器時代人のテクニックに驚いてしまった」

 ショーヴェ洞窟に描かれた壁画は、黒のモノトーンです。色では多色使用のラスコーに劣りますが、表現ではショーヴェの方がより現代的な印象です。
 それにしても、何のために古代人は壁画を描いたのでしょうか。人類学者たちは、絵画を描く行為そのものが「儀式」であったのではないかと推測しています。
 火の使用とか、石器の発明には、明白な動機が容易に推測できます。
 しかし、絵画を描くといったような行為の動機は謎が多いです。
 人間の「こころ」の秘密は、明らかに石器よりも絵画に潜んでいると言えるでしょう。

 ショーヴェ洞窟内には、クマの頭蓋骨などを使った祭壇跡があります。
 そこで何らかの宗教儀式が行われたことを示しているのです。古代の洞窟における儀式において、映画パンフレットで山伏(!)の坂本大三郎氏が次のように述べています。

「洞窟のような場所は『生と死の混在する他界』の入り口と考えられることが多く、彼らは太陽や月の満ち欠けによって暦を知り、時を定めて洞窟に籠り呪術的な儀式をおこなったと推測されている。自然のエネルギーはカミや精霊とされ、そこに祈りを捧げることで自分たちの世界に豊かさが訪れると考えていたのである。儀式の参加者たちは断食をし、何日も眠らず、壁画に囲まれて祈りの合唱をした。儀式では成人への加入儀礼もおこなわれ、若者は洞窟から吹き出す有毒ガスなどを吸って臨死体験をしたといわれる。日常的な意識を離れた若者は、同時に目映い光のイメージを垣間見ることになり、現実を超越した『もうひとつの世界』の存在を知り、成人として生まれ変わることになった。ショーヴェ洞窟でおこなわれていた儀式もこのようなものではないだろうか」
 パンフレットに掲載された坂本氏の「未来にむかって開かれたヘルツォークの呪術」という解説文は秀逸でした。これだけで、600円のパンフレットを買う価値があります。

f:id:shins2m:20120322164720j:image
4度目の正直で手に入れた映画パンフレット

 パンフレットといえば、六本木ヒルズの「TOHOシネマズ」の売店に並んでいたところ、なんとわたしの1人前の人が最後の1冊を購入して売り切れになりました。わたしは生まれつき運に恵まれていないようで、このような理不尽な経験が多々あります。
 どうしてもパンフレットが欲しかったわたしは、日比谷の「TOHOシネマズ」の売店に向かいました。すると、そこでは「ここでは売っていません。有楽町マリオンのTOHOシネマズにあります」とのこと。日比谷シャンテから有楽町マリオンに向かったわたしは、11階のTOHOシネマズへ。すると、そこの売店にも売っておらず、「9階のTOHOシネマズへどうぞ」との返事。完全に運に見放されたような嫌な予感を抱きながらも、わたしは9階へと向かい、4度目の正直でようやくパンフレットをGETしたのでした。

 さて坂本氏は、洞窟内の若者が儀式によって現実を超越した「もうひとつの世界」の存在を知ったと述べています。この映画にも、「もうひとつの世界」の気配が強く感じられてきました。撮影スタッフは何度も奇妙な感覚にとらわれたそうです。それは、古代人にじっと見られているような感覚で、研究者たちも同じ感覚を抱いたとか。
 3万2000年前の壁画がそのまま残されているような洞窟では、何が起こっても不思議ではありません。ひょっとしたら、洞窟内の時空が歪んで、本当に古代人と現代人が同時にその場所に存在したのかもしれません。

 この驚異的な映画を観て、わたしは特に2つのことが印象に強く残りました。
 1つは、このショーヴェ洞窟の近くには、かのネアンデルタール人も存在していたこと。
 ブログ「ネアンデルタール人」にも書いたように、ネアンデルタール人には死者を埋葬するという文化がありました。脳の容量も大きかったとされるネアンデルタール人ですが、なぜか現生人類のような絵画のような芸術を生むことはなかったとされています。
 しかし、ショーヴェ洞窟の洞窟壁画を、その年代からネアンデルタール人の作品であるとし、最後期のネアンデルタールは芸術活動が行われていたと考える研究者も存在するそうです。じつに興味深いですね。

 映画の中で1人の人類学者が言っていましたが、古代人たちに壁画を描かせた存在がいて、それは精霊だそうです。その学者は、現生人類を「ホモ・サピエンス」といのは間違いで「ホモ・スピリチュアリアス」と呼ぶべきだと訴えていました。
 人間にとって「知性」よりも「精霊」のほうが重要だからだそうです。

 もう1つの印象に残ったものは、ラストに置かれたヘルツォークのメッセージです。
 ショーヴェ洞窟からすぐ近くに、原子力大国であるフランス最大の原子力発電所があるというのです。そして、そこには巨大な温室が併設されており、多数のワニが繁殖しています。そのワニたちは、なぜかアルビノになってきています。
 原子力の熱で温められた陰気な楽園に暮らす多くの白いワニたち・・・・・。
 そのグロテスクというよりも物悲しい映像から、ヘルツォークのメッセージが痛いほど伝わってきました。やはり、わたしは「最新の文明」よりも「最古の文化」にこそ人類を救う鍵があると思えてなりません。

  • 販売元:角川書店
  • 発売日:2012/12/21
PREV
HOME
NEXT