No.0089


 最近、「ある戦慄」という映画をDVDで観ました。ブログ『トラウマ映画館』で紹介した町山智浩氏の著書に出てくる映画です。
 1967年のアメリカ映画なのですが、わたしは初めて観ました。いやあ、驚きましたねぇ。衝撃を受けました。正直言って、こんなに心を動かされた映画はブログ「裸の島」で紹介した作品以来です。しかし、「裸の島」には最高に感動しましたが、この「ある戦慄」は最低の不快な気分になりました。 これほどまでに観る者を不快にできるというのも、すごいと思いますね。

 DVDパッケージの裏には「密室と化した深夜の地下鉄」「ナイフを持った暴漢が乗客たちの仮面を剥ぎ取る!」「密室心理パニック・サスペンス!!」と書かれ、以下のような内容説明があります。
 「ニューヨーク・ブロンクス。ジョーとアーティのチンピラ2人組が、マンハッタン行きの地下鉄に乗車した。そこには幼い娘を連れた夫婦、若いカップル、年老いた夫婦、教師とその美人の妻、白人を憎んでいる黒人とその妻、同性愛者、休暇中の陸軍一等兵などが乗っていた。ジョーとアーティは乗客をからかい始めるが、ドアが故障していたため誰も逃げられない。すると乗客はチンピラに挑発され、日ごろの鬱憤を爆発させる。そして感情をむき出しにし、互いをののしり始める・・・」
 調子に乗った2人は、とうとう寝ている少女に手を出そうとします。
 そのとき、ついに立ち上がって彼らに対決を挑んだのは意外な人物でした。

 これ以上ストーリーを書くとネタバレになるので控えますが、この映画が「ニューヨークの地下鉄は怖い」というイメージを定着させたと言われているそうです。いま、わたしの長女が大学のゼミ研修でフィンランドに行っています。フィンランドは治安が良いのでまあ安心ですが、娘がアメリカ、それもニューヨークに行くと言えば、わたしは心配したことでしょう。少なくとも、「絶対に1人で地下鉄には乗るなよ」と言ったと思います。それぐらい、ニューヨークの地下鉄は危険なイメージがあります。でも、そのイメージの発信源こそ、この映画だったのです。

 この映画を観ている間中、わたしは腹が立って仕方がありませんでした。 出張先のホテルの客室で観たのですが、思わずホテルのテレビをぶっ壊したくなるほど、腹が猛烈に立ちました。もともと、わたしは高血圧なのですが、これを観て、さらに血圧が急上昇したような気がします。
 この地下鉄の乗客たちは、なぜチンピラどもをやっつけないのか?!
 こんな細い2人組、数人の男で囲めば、すぐ取り押さえられるのに!
 たしかに1人はナイフを持っていますが、現代の日本なら100円ショップで売っているようなショボいナイフ1本ぐらい、こちらも覚悟を決めれば大丈夫です。でも、みんな見て見ぬふり。完全に無視を決め込むのです。

 それでも、年長者たちはチンピラにそれなりの抵抗を示します。それに比べて、若い男性乗客たちが揃いも揃って、みんな腰抜けばかりなのです。
 彼女とイチャついていたスケコマシの男も、チンピラから絡まれたら震え上がってしまい、彼女の体を触られても固まったままです。
 連れている彼女も守れないような男に、デートをする資格などなし!
 わたしは、自分の娘たちの結婚相手は学歴も収入も社会的地位も低くていいから、ぜひ柔道か空手の猛者であってほしいと思いましたよ、ほんとに。

 わたしは、いくら玉砕して大怪我をしてでも、チンピラと戦える男でいたいと思いました。もうすぐ50歳ですが、たとえ60歳になっても、70歳になっても・・・・・物騒な話ばかりしましたが、じつはこのチンピラたち、意外と暴力には訴えないのです。ひたすら言葉の暴力で乗客たちをいたぶるのです。乗客の中にはゲイや黒人といった、いわゆる社会的マイノリティの人々もいます。ベトナム帰りの負傷兵もいます。彼らも含めて、この地下鉄の狭い車両の中は社会の縮図となっているのでした。そして、チンピラたちに挑発されることによって、乗客たちの人間関係がどんどんおかしくなっていきます。夫婦や恋人や友人といった関係が崩れていくのです。その意味で、チンピラ2人組の正体とは、人の心を惑わす悪魔だったのかもしれません。この心理サスペンスの描写は見応えじゅうぶんですが、不快指数もこの上なく高いです。最初は、チンピラに対して腹を立てていたわたしも、次第に乗客たちに対して怒りが湧いてきました。

 それにしても、よくこんな不快な映画を作れたものですな。
 人間心理を知り尽くしたような監督の才能には感服します。
 監督のラリー・ピアースは、いわゆるアメリカン・ニューシネマの監督で、アクション大作の「パニック・イン・スタジアム」で知られます。しかし、もともとは社会派監督の要素を持つ人で、処女作「わかれ道」では白人女性が黒人男性との結婚から受ける凄まじい人種差別をテーマとしました。
 この「ある戦慄」がピアーズの長篇第2作です。
 その後も、ユダヤ人問題を扱った「さよならコロンバス」を撮っています。

 ブログ「あなたの声を、一歩を」にも書きましたが、わたしは、『論語』に出てくる「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉を信条として生きています。 2008年7月の社長訓示でも、「義を見てせざるは勇なきなり 絶対に人の道を忘れるな!」という話をしました。「勇」とは、「義」つまり正義を実行すること。わが信条とする孔子の教えを考える上で、この映画はあまりにも参考になります。この映画を観た後で、北九州市の人権CM「あなたの声を、一歩を」を観れば、感動もひとしおです。ぜひ、御覧下さい。

 この映画、ヤワな草食系男子たちにも、六本木をはじめとした各地の繁華街でイキがる半グレどもにも見せてやりたいと思います。
 最後に、わたしは東京で地下鉄に乗ることが多いのですが、いつも戦慄することがあります。それは、目の前に老人が立っているのに、眠ったふりをしたり、堂々とスマホでゲームに興じている優先席に座っている若者たちの姿を見たときです。一番この映画を見るべきなのは彼らかもしれません。

  • 販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日:2016/12/02
PREV
HOME
NEXT