No.0088


 東京は日比谷シャンテのTOHOシネマズで映画「アルバート氏の人生」を観ました。いわゆる単館系で、東京でなければ観賞しにくい作品です。東京で映画を観るときは、必ずそのような作品を選ぶようにしています。この映画は、派手さはありませんが、余韻が心に残るような味わい深い名作でした。

 監督はコロンビア出身のロドリゴ・ガルシアで、「彼女を見ればわかること」「彼女の恋からわかること」「美しい人」「愛する人」などの代表作からもわかるように、女性の人生を描くのが得意な人です。そして、この「アルバート氏の人生」でも1人の女性の人生が描かれています。少々変わった人生ではありますが。
 主演は、演技派女優のグレン・クローズ。過去に5度もオスカー候補入りして「無冠の女王」と呼ばれた人です。彼女は、1982年に舞台「アルバート氏の人生」で絶賛を博しました。そのときにも演じたアルバート役を、今度は映画で演じたわけです。しかも、彼女はこの作品で主演、製作、共同脚本を兼任するという力の入れようでした。じつに構想30年で、グレン・クローズは「死ぬまでに、どうしても、この役を演じなければならなかった」と述べています。第84回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされ、今度こそオスカー獲得が期待されましたが、惜しくもライバルであるメリル・ストリープに敗れてしまいました。しかし、クローズの演技は、本当に素晴らしく、わたしも感動をおぼえました。

 各映画サイトなどにもストーリーが紹介されているので、ネタバレにはならないと思いますが、この映画は女性が男性になりきって生きる人生の物語です。
 舞台は、19世紀のアイルランド。飢饉と疫病に見舞われ、独身女性の自活の道は閉ざされていました。クローズ演じるアルバート・ノッブスは、ダブリンのホテルでウエイターとして働いています。人付き合いが苦手で、もの静かな印象を持つアルバートですが、誰にも明かすことのできない大きな秘密を持っていました。ある日、ホテルの改装工事にやって来たハンサムな塗装業者ヒューバートに出会ってから、アルバートの人生は少しづつ変わり始めるのでした。

 女性であるという正体を隠すために人と関わることをさけて生きてきたアルバートの日課は、仕事でもらったチップをコツコツと貯金すること。
 いつかは、ホテルを辞めて自分の店を持つのがアルバートの夢なのでした。
 あまりにも悲しい人生と言えますが、どんな人にも夢はあります。
 将来の夢を見ながらうっとりとするアルバートの表情が忘れられません。
 また、一度だけ女性の服を着て海辺を疾走するシーンがあるのですが、その喜びに満ちた表情も涙を誘いました。
 非常に切ない映画ではあるのですが、運命に翻弄されながらも主人公は必死に自分らしい生き方を模索しています。その姿は、多くの人に勇気を与えてくれるのではないでしょうか。わたしは、この映画を観ながら、夢に向かって一生懸命に生きている周囲の独身女性たちの顔を思い出していました。
 この映画は『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)で取り上げました。

  • 販売元:トランスフォーマー
  • 発売日:2013/08/02
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