「広島原爆の日」である6日、わたしは東京に来ました。
 打ち合わせの合間を縫い、ハリウッド映画「終戦のエンペラー」を観ました。

 わたしのブログ記事「儀式創造シンポジウムのご案内」に書いたように、わたしは8日に開催される一般社団法人・全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)創立40周年記念シンポジウム「新しい儀式文化の創造に向けて」に出演します。
 儀式文化とは、日本人の「こころ」と切っても切り離せません。
 そして、日本人の「こころ」は天皇と切り離せません。なぜなら、天皇制とは儀礼文化そのものだからです。そこでシンポジウムへの何らかのヒントを求め、時間をなんとかやりくりして、この映画を鑑賞した次第です。


 この映画の原作は、岡本嗣郎氏が書いた『終戦のエンペラー 陛下をお救いなさいまし』(集英社文庫)という歴史ノンフィクションです。
 1945年8月30日、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の司令官としてダグラス・マッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)が日本に上陸します。彼は、日本文化に精通している部下のボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)に極秘任務を下します。それは、太平洋戦争の真の責任者を探し出すというものでした。さらに言えば、天皇裕仁に戦争責任はあるか否かを判定するという重大なミッションだったのです。フェラーズ准将は日本についての論文も書いている日本通ですが、大学時代に日本人留学生アヤと恋に落ち、5年前にも来日していました。わずか10日間という期限の中、ボナーは必死の調査で日本国民ですら知らなかった太平洋戦争にまつわる事実を暴き出していきます。最後は、究極の国家機密ともいうべき衝撃の事実にたどり着くボナーの姿を息詰まるタッチで描く歴史サスペンスの傑作に仕上がっています。

 監督は「ハンニバル・ライジング」のピーター・ウェーバーです。
 トミー・リー・ジョーンズ、マシュー・フォックスの二大俳優の他にも、西田敏行、中村雅俊、伊武雅刀、桃井かおり、初音映莉子、そして故・夏八木勲など、国内外の実力派が結集しました。終戦をめぐる大きな謎に迫った物語と、日米の名優たちの迫真の演技を堪能しました。

 日本の俳優陣では、昭和天皇を演じた歌舞伎役者の片岡孝太郎に特に強い印象を受けました。本物の昭和天皇のような独特の雰囲気を醸し出していました。歌舞伎役者が天皇を演じたハリウッド映画といえば、2003年の「ラスト・サムライ」で中村七之助(2代目)が明治天皇を演じたことが思い出されます。あれも、なかなかの名演技でした。ラストのトム・クルーズと七之助の共演シーンが「ラスト・サムライ」の最大の見せ場だったと思います。
 七之助といい、孝太郎といい、やっぱり歌舞伎役者って凄い!

 七之助は昨年亡くなった故・中村勘三郎の次男です。
 映画パンフレットには、片岡孝太郎の以下のコメントが掲載されています。


「実は歌舞伎の公演が決まっており、本当は出演を迷っていました。中村勘三郎の兄貴に相談したら、『歌舞伎も大切だけれど行ってこい』と言われ、その一言で参加が決まり、力いっぱい自分なりにやってみたつもりです」

 「『終戦のエンペラー』トミー・リー&マシュー・フォックス単独インタビュー」では、片岡孝太郎の演技について、マシュー・フォックスが以下のように語っています。


Q:昭和天皇を演じた片岡孝太郎さんはいかがでした?
トミー:美しい、とても立派だよ。彼は歌舞伎役者で、どんな役者よりも訓練されているし、天皇にふんする上で素晴らしい仕事をしたと思う。
僕らは友達になってね、何度かディナーを共にした。
次に日本に行くときには、彼を訪ねるつもりだ。
Q:お二人が共演するシーンは、本作のクライマックスでもあります。
トミー:僕にとっては、この映画のハイライトだったよ。僕は歌舞伎のファンだからね。彼と一緒に仕事ができるなんて、とてもクールな出来事だった。
Q:初めて歌舞伎を観たのはいつごろですか?
トミー:10年くらい前だったと思う。場所は歌舞伎座で、過去に勉強して知識を持っていただけのものを、実際この目で見ることができて、とてもわくわくしたよ。今は年に2~3回、(歌舞伎の)舞台を観に行くんだ。
Q:そこまで日本に興味を持つきっかけは、何だったのですか?
トミー:多分、大学で取った「世界のシアター」というクラスがきっかけだな。そこで歌舞伎や、19世紀の歌舞伎役者を描いたすてきなカラーの木版画について勉強して、日本に注目するようになったんだ。今は(幕末・明治の浮世絵師)月岡芳年の連作「月百姿」を完全なセットで集めようと思っているよ。(「『終戦のエンペラー』トミー・リー&マシュー・フォックス単独インタビュー」より)

 マシュー・フォックスは学生時代に日本に魅せられたボナー・フェラーズ准将を演じたわけですが、彼自身も学生時代に日本との出合いがあったのですね。ボナー・フェラーズはラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の作品を愛読し、日本文化を学んだそうです。彼にとっての八雲がマシューにとっては歌舞伎だったのです。

 また、「終戦のエンペラー」では、皇居を撮影したシーンが印象的でした。

 くだんのインタビューで、マシューが以下のように答えています。

Q:日本では、皇居で撮影をされたそうですね。いかがでしたか?
マシュー:あれは興味深かったよ(笑)。
Q:中には入れたのですか?
マシュー:いや、皇居の前で撮影することが許可されただけだ。規制もすごかった。何も食べられないし、たばこも吸えない。限られた時間しか与えられなかったし、常に監視されていた。でも、とても神聖な場所にいる感覚を覚えたよ。そして・・・・・・(撮影を)楽しんだ。
Q:どのくらいの期間、日本で撮影をされたのですか?
マシュー:ニュージーランドで10週間ほど撮影をしたと思うけど、東京は3日か4日いただけだよ。皇居前で撮影するためにね。でもこの映画にとって、そして僕たちにとっても、それは重要だったと思う。これまでに誰もやったことがないことをする機会を得て、映画に反映できたんだからね。(「『終戦のエンペラー』トミー・リー&マシュー・フォックス単独インタビュー」より)

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『天皇の国』を書かれている矢作直樹先生と


 この映画では、もともと日本通であったボナー・フェラーズ准将が、昭和天皇の聖性というか、日本人の「こころ」に与える天皇の存在感の巨大さに気づいていく過程がドラマティックに描かれています。ボナー・フェラーズを演じたマシュー・フォックスは精悍な顔立ちをしたナイスガイですが、わたしはある日本人の面影と重なって仕方がありませんでした。その日本人とは、『命には続きがある』(PHP研究所)で対談させていただいた東京大学大学院教授で東大病院の救命医療部長である矢作直樹先生です。マシュー・フォックスの顔だけでなく、表情といい、動きといい、何よりも全体の雰囲気が矢作先生にそっくりなのです。矢作先生は現在、『天皇の国』という本を書かれているので、これも不思議な偶然ですね。『命には続きがある』の中でも、天皇の偉大さについて大いに語っておられました『命には続きがある』といえば、昨日、浜松町駅内にある大型書店でたくさん並べられているのを見ました。嬉しかったです。『天皇の国』も早く読みたいです。

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浜松町の大型書店にて


終戦のエンペラー」は、昭和天皇の実像に迫る作品です。
 マッカーサーと初対面を果たした天皇は、まず一緒に写真を撮影します。
 あの、あまりにも有名な天皇とマッカーサーのツーショット写真です。
 天皇は写真を撮り終え一度は椅子に腰掛けます。しかし、すぐに立ち上がってマッカーサー元帥に自身の偽らざる思いを述べます。
 そう、戦争に対する自らの責任について心のままに述べるのです。
 このシーンを見て、わたしは涙がとまりませんでした。
 歴代124代の天皇の中で、昭和天皇は最もご苦労をされた方です。
そ の昭和天皇は、自身の生命を賭してまで日本国民を守ろうとされたのです。昭和天皇が姿を見せるシーンは最後の一瞬だけでしたが、圧倒的な存在感でした。そして、実際の天皇の存在感というのも、この映画の「一瞬にして圧倒的」という表現に通じるのではないでしょうか。

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「日本のいちばん長い日」と「プライド」のDVD


 天皇はけっして自身の考えを直接口にすることはなく、昭和天皇の戦争に反対する気持ちも祖父である明治天皇御製の歌に託するほどでした。
 その昭和天皇がたった一度だけ、自らの意思で、勇気を持って断行したのがポツダム宣言の受諾であり、玉音放送を国民に流すことでした。それは昭和天皇自身の生命の危険を招く行為であり、そのあたりは日本映画「日本のいちばん長い日」を観ればよくわかります。また、開戦から終戦に到る日本の真実は、津川雅彦が東条英機を熱演した「プライド」が見事に描いています。

 それにしても、この映画をハリウッドが製作したことには大きな意義があります。日本で作られて日本人だけが観るのではなく、アメリカで作られて世界中で観られることに意義があります。冒頭では、テニアン島から出撃したエノラ・ゲイに搭載された原子爆弾が広島に投下されるシーンが登場します。ハリウッド映画でこのシーンが登場するのを、わたしは初めて観ました。そして、胸が熱くなりました。「タイタニック」や「アバター」のジェームズ・キャメロン監督が原爆をテーマにした3D映画を製作する予定だと聞きました。わたしは、広島と長崎の悲劇そのものを描いた映画がハリウッドから生まれる日を心から待っています。

 ハリウッドが「日本人」を描いた名作といえば、クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006年)が忘れられません。硫黄島で、ビルマで、そして沖縄で、多くの日本兵たちが尊い命を落としました。
 「英霊」と呼ばれる彼らは、首相である東条英機の命としてではなく、昭和天皇のために戦地に赴いて行きました。わたしたちは、絶対に彼らのことを忘れてはなりません。
 わたしのブログ記事「靖国で考えたこと」にも書いたように、わたしは日本人は靖国神社に眠る英霊のことをもっと大切にすべきだと思います。安倍首相の公式参拝はもちろん、本来は天皇陛下が靖国親拝をされるべきだと思っています。なぜなら、靖国に祀られている英霊たちの多くは昭和天皇の命によって戦地に赴き、その尊い命を落としたわけですから、命令者である昭和天皇の御長男である今上天皇が靖国を親拝され、「みなさん、もう戦争は終わりました。本当にお疲れ様でした。どうぞ、安らかにお眠り下さい」とお祈りをされて、初めて戦争は終結すると思うのです。供養の本質とは、死者に「死者であること」を自覚させ、より良き世界へと送ることにあり、先の戦争で亡くなられた英霊を真の意味で供養することができるのは天皇陛下を置いてほかにはおられません。
 わたしは、天皇陛下に「戦争責任」などないと思っています。
 もし何らかの責任があるとしたら、英霊の鎮魂および慰霊を行う「供養責任」ではないでしょうか。わたしは、そのように思います。そして、その天皇陛下の供養責任とは終戦記念日における靖国親拝に尽きるでしょう。

 この映画には「儀礼の国」としての日本がよく描かれていました。神道・仏教・儒教が共生する日本は、儀礼という「かたち」を重んじる国です。そして、日本人の儀礼文化のルーツを辿れば、そこには宮中儀礼があります。わたしたちが通常行う「通夜」は、古代の天皇家が行っていた「殯(もがり)」を源流とします。神前結婚式は、大正天皇の御成婚の儀に由来します。
 この映画では、缶コーヒーのCMでおなじみのトミー・リー・ジョーンズ演じるマッカーサーが、故・夏八木勲演じる関谷貞三郎から天皇と面会するときの作法の手ほどきを受けるシーンが登場します。
 天皇に直接手を触れてはならず、握手もしてはならない。
 天皇の写真を撮影するときは遠方からに限られる。
 天皇の目を正面から見てはならず、名前を呼んでもいけない。
 並んで立つときは、必ず天皇の左側に立たなければならない・・・・・。

 戦勝国の最高責任者が敗戦国の君主に対して、ここまで気を遣わなければならないというのも、よく考えれば奇妙な話ですが、これにまったく違和感を覚えないほど、天皇という存在自体が「儀礼」そのものであると言えるでしょう。そう、日本における「天皇」とは儀礼王としての「礼王(らいおう)」のなのです。それから、昭和天皇が両手をしっかりと脇に揃えているのに、隣のマッカーサーは両手を後で組んでいます。このことに「天皇陛下に対して失礼だ」とか「マッカーサーは、日本が敗戦した事実をビジュアルで示そうとしたのだ」といった意見があり、わたしも昔はマッカーサーの態度に怒りを感じていました。しかし今考えると、彼には悪意も何の意図もなく、ただ天皇とのツーショット撮影では緊張もあって無意識のうちに、いつもの癖で後手をしたのだと思います。所在ないというか、「失礼なことをしてはいけない」と思いが逆にあのポーズをさせたというのが真相ではないでしょうか。これこそ、まさに両国の文化の差でした。
言うまでもなく、両手を脇に揃えるのが正しい立ち方です。
 昔、わたしが神事などで両手を前で組んでいたりすると、父から怒られました。あくまで、両手を脇に揃えるのが正しい「立礼」なのです。

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有楽町の「丸の内ピカデリー」で観賞しました
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映画館を出た後、皇居の前を通りました


 最後に、わたしは最も皇居に近い上映館である有楽町マリオンの「丸の内ピカデリー」で「終戦のエンペラー」を観賞しました。
マリオン1階のチケット売り場に着くや、長蛇の列にビックリ。その顔ぶれがいずれも高齢者ばかりであったことにまたビックリ。みなさん、「終戦」および「天皇」というテーマに思い入れが深い方ばかりとお見受けしました。
 上演中、みなさん、食い入るようにスクリーンを見つめていました。
 そしてラストの昭和天皇とマッカーサーの会見の場面では、館内の各所で鼻をすする音が聞こえました。わたしは、高齢者の方々とともに、この日本人の「こころ」を描いた傑作を若い人たちにも観てもらいたいと思いました。

  • 販売元:松竹
  • 発売日:2013/12/21
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