No.0145


 ディズニー映画「アナと雪の女王」の日本語吹き替え版を観ました。わたしのブログ記事「松たか子の歌声」で紹介した歌をぜひ映画館で聴きたかったのです。

 「アナと雪の女王」は、アンデルセンの童話「雪の女王」をヒントにしたディズニーミュージカルです。正直言って、わたしは「今さら、ディズニーねぇ」と思っていました。この映画も松たか子の歌以外にはあまり関心がなかったのですが、ところがどっこい、観賞後は「やっぱり、ディズニーはすげえなあ!」と感心してしまいました。とにかく面白いのです。大人が観ても、まったく退屈しません。それもそのはず、この映画、ディズニー・アニメーション史上で最大のヒットを記録し、先日のアカデミー賞でも主題歌賞、長編アニメーション賞のオスカー2冠に輝きました。長編アニメーション賞では、わたしのブログ記事「風立ちぬ」で紹介した宮崎駿監督の引退作品が対抗馬でしたが、圧倒的な勝利を収めました。今や「アナと雪の女王」は、全世界興収ナンバーワンアニメとなる可能性が高いとか。

 公式HPの「ストーリー」には、「運命に引き裂かれた姉妹を主人公に、凍った世界を救う"真実の愛"を描いた感動のストーリー」として、こう書かれています。


「凍った世界を救うのは--真実の愛。ふたりの心はひとつだった。姉エルサが"秘密の力"に目覚めるまでは・・・・・・。
 運命に引き裂かれた王家の美しい姉妹、エルサとアナ──触れるものを凍らせる"禁断の力"を持つ姉エルサは、妹アナを傷つけることを恐れ、幼い頃から自分の世界に閉じこもって暮らしていた。美しく成長したエルサは新女王として戴冠式に臨むが、力を制御できずに真夏の王国を冬に変えてしまう。
 城から逃亡した彼女は、生まれて初めて禁断の力を思うがまま解き放ち、雪と氷を自由自在に操り、冬の王国を作り出す。
 愛する者を守るため本当の自分を隠して生きてきたエルサは、"雪の女王"となることで生きる喜びと自由を手に入れたのだ。
 一方、妹を守るために姉が払ってきた犠牲と愛の深さを知ったアナは、エルサと王国を救うため、山男のクリストフとその相棒のトナカイのスヴェン、"夏に憧れる雪だるま"のオラフと共に雪山の奥深くへと旅に出る。アナの思いは凍った心をとかし、凍った世界を救うことができるのか?
 そして、すべての鍵を握る"真実の愛"とは・・・・・・?」

 「アナと雪の女王」が大成功した最大の理由は、ブロードウェイの一流スタッフ・キャストを起用してたことにあります。これによって、大人も堪能できるミュージカルに仕上がりました。これまでも「美女と野獣」「リトル・マーメイド」「ライオン・キング」などミュージカル化されたディズニー・アニメは多いですが、「アナと雪の女王」は、最初から最高のミュージカルとして作られたのです。

 また、この映画の大きな話題は、ディズニーアニメ初となる"Wヒロイン"です。もちろん、「雪の女王」となるエルサ、その妹のアナのことです。日本語吹き替え版では、松たか子がエルサを、神田沙也加がアナの声を担当しています。この2人がデュエットで「生まれてはじめて」を歌うのですが、なかなかの迫力でした。
 主題歌「Let It Go」を歌う松たか子の歌唱力ばかりが話題になっていますが、神田沙也加の歌声も思った以上に素晴らしかったです。正直、神田沙也加という歌手を見直しました。さすがは、松田聖子の娘ですね!

 そして、お目当ての松たか子の「Let It Go」です。
 いやあ、やっぱり、文句なしに素晴らしい! 映画館の巨大スクリーンに最高の音響で聴くと、もう圧倒されました。ど迫力です。感動しました。この歌のオリジナルでトニー賞を受賞した女優イディナ・メンゼルよりも声に伸びがあります。日本語版を歌ったMay J.の歌声も魅力的ですが、松たか子の歌声には単なる歌唱力を超えた表現力がある。なんというか、「日本語って、こんなに美しい言語だったのか!」と思ってしまいました。昔、美空ひばりの歌う日本語が美しいと言われたそうですが、松たか子の喉から発せられる日本語は世界中の人々の心を魅了しています。世界的な評価を得た松たか子には、今後も歌手としてのオファーが相次ぐのではないでしょうか。

 しかしながら、映画での「Let It Go」には違和感もありました。というのも、この歌を歌うのが早過ぎる! この歌、歌詞の内容を見ても「もう恐れや不安は忘れて、ありのままの自分を生きよう」という意味ですが、この歌を歌った後のエルサの生き方がまったく違うというか、恐れや不安を抱えたままなのです。

 「Let It Go」は、もっとずっと後の場面で歌うべき歌だと思いました。

 ネタバレにならないよう気をつけて書きますが、エルサには触れた途端にそのものを凍結させてしまう秘密の力があります。愛する相手でさえ触れてしまうと凍ってしまう。ましてや、抱き締めたりすれば、その途端に相手を死に至らしめてしまう。これは、相手を傷つけるために接触できなくなるという「ハリネズミのジレンマ」と同じです。最後はエルサは、この「ハリネズミのジレンマ」を乗り越え、自分の力をコントロールする術を体得します。そして、その力を善用することによって、みんなを幸せにすることもできるようになるのです。
 わたしは、このラストを見て、まさに「禍転じて福となす」であり、ドラッカーの「強みを生かす」という思想にも通じていると思いました。そして、「Let It Go」という名曲はこのラストにこそ歌われるべき歌ではないでしょうか。

 「Let It Go」を歌う場面の登場が早過ぎるだけでなく、じつはこの映画、ストーリーに性急なところが多々感じられました。何よりも、エルサがなぜそのような不思議な力を持つに至ったのかの説明がまったくありません。「雪の女王」の誕生秘話ならば、もっとそのあたりを丁寧に描いてほしかったですね。
 また、アナが初対面の相手と結婚の約束をしたり、正義の味方と思われていた人物がじつは悪役だったという設定にも唐突で強引なものを感じました。
 つまり、ストーリーの流れに自然さが感じられないのです。
 まあ、この映画はもともとミュージカルとして作られたわけですから、音楽さえ素晴らしければそれで良いのかもしれませんね。

 それから、この映画ではディズ二ー・アニメのお家芸である「王子様のキス」が否定されています。この点は非常に画期的であると思いました。
 「白雪姫」や「眠れる森の美女」は、死と再生の物語でした。死者となった姫は王子のキスによって再生を果たします。このお家芸を「アナと雪の女王」では完全否定しているのです。それはもう気持ちが良いぐらいに・・・・・・。この映画における最後の再生は「恋人のキス」ではなく「家族の愛」によるものでした。日本のアニメといえば、なんでもかんでも男女の色恋事が中心ですが、このワンパターンを打ち破ってくれた「アナと雪の女王」のスタッフに拍手を送りたいです。

 「アナと雪の女王」のスタッフは、名作「美女と野獣」とわたしのブログ記事「塔の上のラプンツェル」で紹介した映画のスタッフでもあります。
 「美女と野獣」はフランスのヴィルヌーヴ夫人やボーモン夫人によって書かれた創作物語です。「ラプンツェル」は、「白雪姫」や「シンデレラ」と同じく、グリム童話の物語です。「シンデレラ」はグリム童話だけでなく、ペロー童話にも登場します。そして、この「アナと雪の女王」は、大きく解釈を変えているにしろ、アンデルセン童話の「雪の女王」に基づいています。アンデルセン童話をアニメ化したディズニー作品といえば、「みにくいアヒルの子」や「すずの兵隊」(「ファンタジア2000」収録)、そして「リトル・マーメイド」があります。ディズニー・アニメの物語ソフトは、基本的に童話の世界に依拠しているのです。

 世界の三大童話といえば、イソップ、グリム、アンデルセンですね。絵本も含めれば、これらの童話をまったく読んだことがない人はおそらく存在しないはずです。まさに人類共通の「こころの世界遺産」といってもよいでしょう。「イソップ、グリム、アンデルセン 童話が大切なことを教えてくれる」にも書きましたが、わたしは、よく童話を読みます。何より童話から学ぶことが非常に多いからです。さまざまな悩みを抱えた大人こそ、童話を読むべきだと思います。拙著『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも書いたように、アンデルセンが本当に伝えたかったメッセージは「人魚姫」と「マッチ売りの少女」の2作品に込められている。そのように、わたしは考えています。

 すでに「人魚姫」は「リトル・マーメイド」として、ディズニーによって長編アニメ化されていますが、じつは「マッチ売りの少女」も2006年にディズニーによって短編アニメ化されています。同年に発売された「リトル・マーメイド」のDVDの特典映像として収録されました。なお、この作品は第79回アカデミー賞で短編アニメ映画賞の候補にもなっています。

 「一条真也の読書館」で紹介した『マッチ売りの少女』の書評にも書いたように、この物語には2つのメッセージが込められています。1つは、「マッチはいかがですか? マッチを買ってください!」と、幼い少女が必死で懇願したとき、通りかかった大人はマッチを買ってあげなければならなかったということ。少女の「マッチを買ってください」とは「わたしの命を助けてください」を意味しました。これが第1のメッセージです。
 第2のメッセージは、少女の亡骸を弔ってあげなければならないということ。行き倒れの遺体を見て見ぬふりをして通りすぎることは人として許されません。死者を弔うことは人として当然です。

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わが家のディズニー・アニメDVD


 このように、「生者の命を助けること」「死者を弔うこと」の2つこそ、国や民族や宗教を超えた人類普遍の「人の道」です。このメッセージを世界中に発信できることも素晴らしいですが、キリスト教が説く「天国」のイメージをCGで壮大に描くスピリチュアル・ファンタジーとなりうるのではと思います。「マッチ売りの少女」のディズニーによる本格的な長編アニメ化を切に希望します! 「アナと雪の女王」は『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)で取り上げました。

  • 販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日:2014/07/16
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