No.0203
新宿3丁目にあるK's cinema(ケイズ・シネマ)で日本映画「お盆の弟」を観ました。しみじみと感動しました。
わたしは最近、「お墓」についての本を書き上げました。
『お墓の作法』という仮題でしたが、最終的に『墓じまい・墓じたくの作法』というタイトルに決定しました。9月1日に青春出版社の「青春新書」として発売予定です。同書では「お墓参り」はもちろん、「お盆」についても大いに書きました。2日の午前中は初校のチェックをしていたのですが、雑誌で「お盆の弟」が新宿で上映されていることを知り、同書のテーマにどんピシャリなので、14時35分の回を鑑賞することにしたのです。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『キャッチボール屋』などの大崎章がおよそ10年ぶりに監督を務め、『百円の恋』などの脚本家の足立紳と組んで放つ人間ドラマ。40歳を前にいまだにさえない人生を送る主人公が、映画監督として巻き返しを図る姿をモノクロームの映像で描く。主演を『ラブ&ピース』などの渋川清彦が務め、その兄を数多くの出演作を誇る光石研が好演。河井青葉や渡辺真起子らが共演した再生の物語に心を動かされる」
また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「妻子と別居中のうだつの上がらない映画監督タカシ(渋川清彦)は、ガンで入院中の兄マサル(光石研)の看病を理由に実家に戻っていた。彼の仕事は神社へのお参りと、兄のために夕飯の支度をすること。タカシは売れないシナリオライターで、地元の仲間藤村(岡田浩暉)とつるんでいたが、ある日、涼子(河井青葉)という女性を紹介され・・・・・・」
「お盆の弟」というタイトルから、当初はずっと実家に帰ってこなかった弟が久々にお盆の時期に帰省して、兄と一緒にお墓参りをする・・・・・・そんなストーリーを勝手に予想していたのですが、実際は違いました。「お盆」というテーマも最後の最後に登場するだけで、お墓参りも弟が1人で行います。
では、兄のマサルはどうしたのでしょうか? そこはネタバレになるので書きませんが、モノクロの画面が心地よい、古き良き日本映画を思い出させるハートフル・ムービーでした。
特に、ヒロイン役の河井青葉がとてもよかったです。
ブログ「私の男」で紹介した映画では、浅野忠信演じる主人公の恋人を演じていましたが、非常に魅力的でした。ちょっと吉田羊を優しくしたような感じの女優さんです。吉田羊が優しくないというわけではありませんが、彼女は強いキャリア・ウーマンのイメージが強いですからね。東京で活躍する印象の吉田羊に比べて、河井青葉は地方都市でしっかり地に足をつけて生きている女性といった感じです。
それから、主人公のタカシははっきり言ってショボイ男なのですが、毎日、実家の近くにある神社へのお参りを欠かしません。そんな愚直なまでに信心深いところに好感が持てました。タカシは、兄がガンになったり、自分も妻から離婚を持ち出されるなどの災難に見舞われるのは、もう3年も両親のお墓参りをしていないからだと思います。彼にとって、お盆のお墓参りは運命を好転させる秘密兵器なのでした。しかし、お墓参りというのは故人を供養する場であって、願い事をする場ではありません。そのあたりも、この映画はコミカルに描きます。ちなみに彼は神社では神様へのメッセージを声に出して言いますし、お墓でも両親へ声を出して近況報告をしていました。
これは、まったくもって「正しい作法」と言えます。
拙著『ご先祖さまとのつきあい方』(双葉新書)にも書きましたが、お盆というのは、先祖を想う季節です。どんな人間にも必ず先祖はいます。しかも、その数は無数といってもよいでしょう。これら無数の先祖たちの血が、たとえそれがどんなに薄くなっていようとも、必ず子孫の一人である自分の血液の中に流れているのです。「おかげさま」という言葉で示される日本人の感謝の感情の中には、自分という人間を自分であらしめてくれた直接的かつ間接的な原因のすべてが含まれています。そして、その中でも特に強く意識しているのが、自分という人間がこの世に生まれる原因となった「ご先祖さま」なのです。
お墓参りというのは、法要や命日に合わせ、お盆には欠かせない行事でした。ところがお盆は今、夏季休暇の一つになってしまっているのではないでしょうか。たしかにお盆休みという言い方で、日本人は夏休みを取る習慣があります。「休み」というと、西洋的な考え方ではバカンスという遊びの部分というか、リフレッシュするという意味合いが強いわけですが、日本においては「帰省」という言葉に代表されるように、故郷に帰るということがおこなわれてきました。それはまさに、子孫である孫たちを連れて、先祖(祖父母を含む)に会いに夫の故郷へ帰るというものでした。
じつは、こうした風習も、現在では不合理ということで変化してきました。同じ時期にみんなで休めば、電車や飛行機といった交通機関は混む上に高い、ということで分散するようになり、家族旅行は夫の故郷への帰省ではなくハワイなどへの家族旅行になっています。おばあちゃんが孫のためにつくった郷土料理は、いつの間にかファミレスのハンバーグになり、回転すしになってしまいました。最近は夏にランドセルが売れるといいます。夏休みに帰省した孫にねだられて、祖父母が翌年の就学時のために注文するという構造です。こうしたことも、先祖や家族との結びつきを希薄にしているのではないでしょうか。
この映画には、葬儀や法事の場面は登場しません。
その代りに、「婚姻届」や「離婚届」が重要なアイテムになっています。
タカシの親友である藤村は「彼女いない歴40年」で、結婚紹介業者に50万円以上も支払っています。タカシの兄のマサルも結婚紹介業者のお世話になっていました。みんな、結婚して家庭を持ちたいと願っていたのです。
そのタカシも、なんとか離婚を避けて、妻や娘と一緒に暮らしたいと願っています。そう、この映画のメインテーマは「血縁」なのです。結婚と墓参によって「血縁」の意味と価値が見事に浮かび上がっています。「無縁社会」を打ち破る可能性を秘めた「血縁映画」であると思いました。
それにしても、真夏の日曜日に良質の日本映画を観られて良かったです。 わたしは、東京で観る映画は、なるべく東京でしか観ることができない作品を選びます。K's cinemaはネット予約もできず、整理券での入場など、シネコンに慣れたわたしにはけっこう面倒臭い映画館なのですが、上映している作品はどれも興味深いものばかりです。
また、来館しているお客さんも気品のある高齢者を中心に、「映画が好きでたまりません」と顔に書いてあるような人ばかりでした。
現在公開中の映画はアニメやTVドラマの映画化作品ばかりで、正直観たいものがありませんでした。反対に、K's cinemaのロビーで手にしたチラシや予告編で流れた映画はどれもこれも観たいものばかりです。 特に、「家族ごっこ」「徘徊 マリリン87歳の夏」「薩チャン 正ちゃん 戦後民主的独立プロ奮戦記」に著しく心をかき乱されました。
正直、新宿という街は苦手ですが、またK's cinemaに来たいです!