1996年の香港映画「世界の涯てに」をDVDで観ました。原題は「天涯海角/Lost and Found」です。

 映画.comの「解説」には以下のように書かれています。

「不治の病に冒された娘と、彼女が恋する英国と香港の二人の青年の三角関係を描くラヴ・ロマンス。監督・製作・脚本は『月夜の願い』のリー・チーガイ。撮影はビル・ウォン。音楽は香港音楽界の旗手マーク・ライ。
主題歌は本作のヒロインで人気歌手のケリー・チャンの『風雪花』。使用曲は他にレナード・コーエンの『Dance me to the End of Love』など。出演は『天使の涙』の金城武、『デッドヒート』のマイケル・ウォン、『欲望の街 古惑仔』シリーズのチャン・シウチョンほか」

 映画.comの「ストーリー」はネタバレになる内容ではありますが、もう20年も前の映画なので時効でしょう。かつ、現在はDVDも廃盤となっています(わたしはネットで中古を求めました)。「ストーリー」は以下の通りです。

「香港。不治の病に冒されたケリー(ケリー・チャン)は、裕福な家庭の娘。ある日、彼女は街で探し物を何でも引き受ける便利屋のチュン(金城武)に出会う。ケリーはチュンに、死ぬ前にもう一度会いたい男性を探すことを依頼した。手掛かりはわずかだったが、常に親身な態度で仕事を続けてくれるチュンと、病気も忘れて過ごす楽しい日々。探していた男性はテッド(マイケル・ウォン)。ケリーはチュンに、『彼はスコットランドの沖に死者の魂が帰っていく"世界の涯て"という場所から、自分の心の支えとなるために来た人なの』と語る。だが、テッドはケリーに、父親から英国にあるホテルを継いだと言って、住所を渡すとすぐに去ってしまった。自分の病気が悪化しているのを知ったケリーは、はじめはためらったが、テッドと共に最後を迎える決心をしてスコットランドへ渡る。そんなケリーを追うチュン。スコットランド。テッドに会ったケリーだったが、彼女が最後に選んだ人は、彼女を"世界の涯て"まで追ってきたチュンだった。香港に戻った二人は結ばれた。ケリーはまもなく、病のために亡くなった。ケリーの葬儀。二人の男、チュンとテッドをそっと見守るケリーの霊の姿があった・・・」

 なぜ、わたしがこの20年も前の香港映画を観ようと思ったか?
 それは、「バク転神道ソングライター」こと鎌田東二先生のおススメ作品だからです。わたしたちが満月の夜毎に交わしている「ムーンサルトレター」の第127信で、わたしはブログ「母と暮せば」で紹介した日本映画のことを書きました。「母と暮せば」はいわゆる幽霊映画ですが、その「幽霊」とは恐怖の対象ではありません。あくまでも、それは愛慕の対象としての幽霊です。生者にとって優しく、愛しく、なつかしい幽霊、いわば「優霊」です。そこには、「幽霊でもいいから、今は亡き愛する人に会いたい」という生者の切実な想いがあります。わたしは、映画とはもともと「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するグリーフケア・メディアであると考えています。

 そんなことを「ムーンサルトレター」第127信に書きました。 すると、鎌田先生からは以下のような返信が来ました。

「『優霊譚』でわたしが好きなのは、リー・チーガイ監督・金城武主演の『世界の涯てに』(原題:『天涯海角/Lost and Found』1996年、111分、香港映画)です。といっても、『優霊』になるのは、ラストシーンだけなので、『優霊』としての登場場面はわずかですが・・・。
あらすじを紹介すると、ネタバレで申し訳ないのですが、あまりに好きな映画なので、紹介させてください。主人公は、香港のブルジョワ娘ケリーと、天涯孤独の探偵(何でも屋)を職業としている青年チュンの二人です。その二人の出会いと結婚と死に至るラブストーリーがこの『世界の涯てに』です。
その出だしのシーンから、実に、実に泣けてくるんだよな~、なぜか。わたしは海のシーンに弱いのです。香港の海から港に入っていく海船シーン。そこに、渋いレナード・コーエンの"Dance me to the End of Love"がかぶってきます。これだけで、イカン、イカン・・・」

 たしかにレナード・コーエンの"Dance me to the End of Love"は名曲ですね。年輪を重ねた老夫婦たちが続々と登場するプロモーションヴィデオも素晴らしく、YouTubeを観て一発で好きになりました。
 鎌田先生は、さらに以下のようにレターに書いておられます。

「わたしは子供の頃から、『世界の涯て』という言葉に大変弱いので、もうそれだけで滂沱の。。。なのです。わたしが着ている服はいつも"Land's End"なのですが、それくらい、『地の果て』『世界の果て』が好きなのです。『俺はいつも「世界の果て」("Land's End"の服のこと)と共にいる!』と思うだけで、幸せになります(単純そのもの!)」

 へぇー、鎌田先生がいつも来ている緑色の服は「ランズ・エンド」というブランドなのですね。まったく知りませんでした。わたしも「世界の果て」というイメージは好きです。ロマンがありますよね。じつは、わたしがカラオケで唯一歌う(歌える)英語の歌はブレンダ・リーの"The End of The World"なのですよ。この前、「DAN」という東京の赤坂見附にあるカラオケ・スナックで歌ったところ、数百人の中で見事1位に輝きました。わたしが生まれた1963年に作られた曲ですが、これを歌っていると、もう泣きたくなるくらいにセンチメンタルな気分に浸されてしまいます。

 さて、話を映画「世界の涯て」に戻しましょう。
 なんとかケリーはテッドを探し当てますが、彼は住所をケリーに伝えて故郷に帰ります。そこはスコットランドの田舎で、テッドはB&Bのようなプチホテルを引き継いで経営するのでした。ケリーは「世界の涯て」と呼ばれるテッドの生まれ故郷の島に心惹かれていました。 テッドによれば、その島は墓だらけで、老人しか住んでいないといいます。若者がみな島を出てしまったからですが、島に戻る理由が2つだけあります。1つは「亡くなった親族を埋葬するため」であり、もう1つは「自分が死んで埋葬されるため」だとテッドは言います。この言葉を聴いて、わたしは人間が生きる目的そのものを語っているように思えてきました。人間は、愛する者たちを弔うため、また自分自身が愛する者たちから弔われるために、この世に生を受け、この世を旅立って行くのではないでしょうか。
「葬儀は人類の存在基盤である」と訴えた『唯葬論』(三五館)を書いたわたしとしては、そのように思えてなりません。

 テッドの故郷の島は墓石がすべて海を向いており、空を見上げるように斜めに立っています。『唯葬論』の冒頭の「宇宙論」に書いたように、わたしは宇宙こそ人間の真の故郷であると考えていますので、空を見上げるような墓石は故郷を向いているのだと思います。
 テッドは、一番大事なのは「ふるさと」であり、「ふるさとを忘れる人はいない」と、香港の港に停泊している船の中でケリーに告げるのでした。
 その話を聞いて「世界の涯て」に心を奪われたケリーは、病身でありながらテッドのもとに辿り着き、そこで生命の不思議・神秘を実感します。

 テッドは、ケリーに対して以下のような話をします。

「大自然はじつに素晴らしく、神秘に満ちあふれている。山にあるものはいつか海に至り、海にあるものはいつか山に戻る。その良い例がサケかもしれない。海で生まれたサケは必死に川を上って生まれ故郷に戻ってくる。傷だらけになって上りきると、その後、卵を産んで静かに死んでいく・・・・・・」

 ここまで話したテッドは、黙りこくっているケリーを見て、「ごめん、死ぬ話なんかしてしまって」と謝るのですが、逆にケリーにとっては死の不安を乗り越えるような話だったのです。彼女はテッドの話を聴いて、「命とは何か?」「若くして死を迎える自分がこの世に在ることの意味とは何か?」について考えるのでした。

 そして、ケリーはテッドに連れられて、ついに「世界の涯て」にやって来ます。そこは寒流と暖流が出合う奇跡の海でした。その瞬間は非常に神々しく、まさに大自然の神秘、偉大さを感じさせる感動的な光景でした。わたしは、この場面は皆既日食、あるいは結婚式に似ていると思いました。なぜなら、寒流と暖流の結婚、太陽と月の結婚、そして男と女の結婚・・・すべて、この世の陰陽のシンボル同士が合体する大いなる錬金術が実現する瞬間だからです。錬金術が行われる場面ほど、神秘の瞬間はありません。

 じつは、わたしはこの正月に次回作である『死ぬまでにやっておきたい50のこと』(仮題、イーストプレス)という本を脱稿したのですが、その中に「圧倒的な大自然の絶景に触れる」という項目を置きました。どこまでも青い海、巨大な滝、深紅の夕日、月の砂漠、氷河、オーロラ、ダイヤモンドダスト・・・・・・人間は圧倒的な大自然の絶景に触れると、自らの存在が小さく見えてきて、「死とは自然に還ることにすぎない」と実感できるのではないでしょうか。そして、大宇宙の摂理のようなものを悟り、死ぬことが怖くなくなるのではないでしょうか。わたし自身、昨年訪れたミャンマーの宗教都市バガンに沈む大きな夕日を眺めながら「ああ、西方浄土だなあ」と思えて、非常に穏やかな気分になれました。映画「世界の涯て」に登場する大自然の神秘もケリーの死の恐怖を払拭する力を持っていたと思います。

 鎌田先生は、まだ映画を観てないわたしに、親切にも(?)以下のように結末をレターに書いてくれました(笑)。

「本当は映画を観てのお楽しみ、なのですが、『優霊』譚ですので、申し訳ありませんが、最後まで簡単にお伝えします。彼女ケリーはチュンと結ばれ、めでたく結婚しますが、しかし、不治の病を克服することはできず、ベイビーを遺して死んでいきます。そして、葬儀のパーティーの席で、『優霊』となったケリーが二人やファミリーを優しく見守る・・・の・・・で・・・す・・・・・・いやあ~、申し訳ない! バレバレ、ネタバレで。でもね、本当にいい映画なのです。もし観ていなかったら、ぜひ観てください」

 たしかに、この映画のラストシーンにはケリーの霊が登場して、自身の葬儀を見守っていました。わたしは、この場面を観て、 ブログ「おみおくりの作法」で紹介した名作を思い出しました。おそらく、この映画の感動のラストシーンは「世界の崖てに」の影響を受けているのではないでしょうか。ケリーの埋葬シーンと「おみおくりの作法」の主人公ジョン・メイの埋葬シーンは非常によく似ています。ただし、大きな違いが1つあります。「おみおくりの作法」も公開後ずいぶん時間が経過したので、もうラストシーンについて語ってもルール違反にならないのではないかと思いますが、最後に多くの霊が登場するのですが、ジョン・メイ自身の霊は出てきませんでした。
 わたしは「本当はジョン・メイの霊を出すべきだ」と思ったのですが、もしかすると「世界の崖てに」を意識して、まったく同じラストになることを避けたのかもしれませんね。

 あと、わたしはケリーの霊がチェンとテッドの間に入って集合写真に収まる場面を観て、胸が熱くなりました。ケリーは、生前心から愛した2人の男性に囲まれて人生を卒業したのです。なんという幸福な旅立ちでしょうか。チェンとテッドは本来は恋敵なのですが、お互いに相手を尊重し合っていて、観ていて心が洗われるような思いがしました。
 過去、これほど清々しい三角関係を描いた映画が存在したでしょうか?
 残念ながら、わたしは寡聞にして知りません。

 映画「世界の崖てに」をこよなく愛しておられるという鎌田先生は、レターで次のようにも述べられています。

「ある時期、1ヶ月以上、50回くらい、毎日、この映画を観ていました。そんなに熱中したのは、1位『2001年宇宙の旅』、2位『気狂いピエロ』、3位『となりのトトロ』、4位『世界の涯てに』、でしょうか・・・。ともかく、『唯葬論』の著者で、冠婚葬祭業の社業を踏まえて国際儀礼学会を立ち上げたいと思っているShinさんにはお薦めの映画です」

 わたしも大の映画好きで、どんなに忙しくても月に2回は必ず映画館で最新作を観ます。また、月に5本はDVDで過去の名作を鑑賞するようにしています。そんなわたしの私的1位は「風と共に去りぬ」、2位「ローマの休日」、3位「アイズ・ワイド・シャット」、4位「アザーズ」、5位「おみおくりの作法」、といったところでしょうか。

  • 販売元:アミューズ・ビデオ
  • 発売日:2000/10/27
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