有楽町でアニメ映画「ファインディング・ドリー」を観ました。久々に長女と一緒の映画鑑賞です。長女は前作となる「ファインディング・ニモ」の超ファンで、自分で続編の物語を書いていたほどです。たしか2003年に「ファインディング・ニモ」が公開されたときも、父娘で小倉のシネコンで観た思い出があります。あれから、もう13年が経過したとは!

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

 「愛くるしいカクレクマノミのキャラクターたちが活躍するアニメ『ファインディング・ニモ』の続編。前作にも登場したちょっぴりドジな愛されキャラ、忘れん坊のドリーに焦点を絞って、彼女の家族捜しの旅に同行する親友ニモと仲間たちの大冒険を映し出す。『ファインディング・ニモ』『ウォーリー』で2度アカデミー賞長編アニメ映画賞に輝いたアンドリュー・スタントンが、本作も監督を担当。新しい仲間たちも加わった心躍る旅路に、大人も子供も引き込まれる」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

 「カクレクマノミのニモの大親友であるナンヨウハギのドリーは、すぐに何でも忘れてしまう。ある日、子供のころの思い出がよみがえり、一念発起して家族を捜す旅に出ることを決意する。おっちょこちょいなドリーを心配したニモは、父親マーリンを説得してドリーの旅に同行する」

 冒頭に登場するベビー・ドリーがとにかく可愛いです。
 「わたしはドリー、何でもすぐに忘れちゃうの」とつぶやきますが、本当に彼女は何でも忘れてしまいます。お母さんは「この子は将来、ひとりで生きていけるかしら」と心配して涙を流します。実際、記憶障害をもつドリーは大変な苦労をしますが、持ち前の前向きさでたくましく生きていきます。ドリーはハンディキャップのもつ人のメタファーであると同時に、認知症を患う高齢者などのメタファーにもなっているように感じました。

 ドリーには、マーリン・ニモ親子のような素晴らしい仲間たちがいます。そして、両親を探す旅で出会ったタコのハンクやジンべエザメのディスティニー、シロクジラのベイリーたちにも支えられるドリーでした。「助け合いは人類の本能だ」というのは拙著『隣人の時代』(三五館)のキャッチフレーズですが、魚の政界にも相互扶助が存在したとは!

 それにしても、図らずも別れてしまった両親に会いたいというドリーの姿には感銘を受けます。ブログ「島田裕巳氏との対談」で紹介したように、昨日は宗教学者の島田裕巳氏と「葬儀」をテーマに語り合いました。島田氏は、ブログ『もう親を捨てるしかない』で紹介した新刊を書かれて話題を呼んでいるようですが、けっして親を捨てないドリーを見ながら、あらゆる生きとし生けるものは親を慕うのだと改めて思いました。

 拙著『慈経 自由訳』(三五館)には、ブッダによる「慈しみ」の心が述べられています。「ブッダの慈しみは、愛をも超える」と言った人がいましたが、仏教における「慈」の心は人間のみならず、あらゆる生きとし生けるものへと注がれます。生命のつながりを洞察したブッダは、人間が浄らかな高い心を得るために、すべての生命の安楽を念じる「慈しみ」の心を最重視しました。そして、それは母親がわが子に注ぐ心として表現されています。
 ネタバレにならないように気をつけますが、「ファインディング・ドリー」を観て、なぜか『慈経 自由訳』のメッセージを思い浮かべました。

  • 販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日:2016/11/22
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