No.0308


 映画「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」を観ました。「モダンホラーの帝王」と呼ばれるスティーヴン・キングの代表作を再映画化したものです。なんでも、ホラー映画史上最高の興行収入だとか。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「1990年に映像化されたスティーヴン・キングのホラー小説を、『MAMA』で注目を浴びたアンディ・ムスキエティ監督が映画化。静かな田舎町に突如現れた正体不明の存在が、人々を恐怖に陥れるさまが描かれる。『ヴィンセントが教えてくれたこと』などのジェイデン・リーバハー、『シンプル・シモン』などのビル・スカルスガルドをはじめ、フィン・ウォルフハード、ソフィア・リリスらが出演」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「とある田舎町で児童が行方不明になる事件が相次ぐ中、おとなしい少年ビルの弟が大雨の日に出掛け、大量の血痕を残して姿をくらます。自分を責めるビルの前に突如現れた"それ"を目撃して以来、彼は神出鬼没、変幻自在の"それ"の恐怖に襲われる。彼と同じく"それ"に遭遇した人々とビルは手を組み、"それ"に立ち向かうが・・・・・・」

 よく、「スティーヴン・キングの小説は映画化しにくい」とか「キング原作の映画には名作が少ない」などと言われます。ホラー小説ファンの間では定説になっているようです。でも、そんなことはありません。わたしにとって、「キャリー」(1976年)、「シャイニング」(1980年)、そして1990年版の「IT」はいずれも名作でした。特に「シャイニング」と「IT」は怖かったですね。

「IT」以降では、ホラー映画ではないものの「ショーシャンクの空」(1994年)は感動の名作でしたし、「グリーンマイル」(1999年)、「シークレット・ウインドウ」(2004年)、「ミスト」(2007年)などもわたし好みの映画でした。「ミスト」の恐怖は未知のもので、非常に新鮮でした。

 19世紀のアメリカには1人の偉大な怪奇作家がいました。エドガー・アラン・ポーです。20世紀のアメリカには2人の偉大な怪奇作家がいました。H・P・ラヴクラフトとスティーヴン・キングです。「20世紀最大の怪奇作家」と呼ばれたアメリカン・ホラー中興の祖であるラヴクラフトは、恐怖について以下のような言葉を残しいています。
「人間の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である。その中でも、最も古く、最も強烈なのが未知のものに対する恐怖である。これは殆どの心理学者が認める事実であろう」(植松靖夫訳)

 ラヴクラフト以後、世界の読書界で最も読まれている怪奇小説の作者は、スティーヴン・キングでしょう。「モダンホラーの帝王」と異名をとるキングは、著書『死の舞踏』の中で、恐怖小説やホラー映画は、誰もがいずれは直面することになる「死」へのリハーサルなのだという意味のことを述べています。ラヴクラフトとキングという古今の二大ホラー作家の言葉を繋ぎ合わせれば「恐怖」の本質が見えてくる気がします。

 1990年版の「IT」は怖い映画でしたが、何が怖かったかって、子どもたっちを次々にさらって殺すペニーワイズという怪物の姿です。彼はピエロの恰好をしているのでした。そのビジュアルは強烈で、わたしは「ピエロは怖い」というイメージを強く印象づけられました。

 新作である2017年版のペニーワイズですが、正直言って不満です。というのは、ペニーワイズの目が光ったり、邪悪なビジュアルにしたりと、演出過剰に思えるからです。1990年版のシンプルなピエロ姿のペニーワイズのほうがずっと怖かった。1990年のペニーワイズはそのままサーカスに出演しても違和感がありませんが、2017年のペニーワイズは悪の権化のような外見をしています。

『懐かしの名作恐怖映画大解剖』(三栄書房)というムック本の「シャイニング」の解説で、多くのホラー映画でメガホンを取った映画監督の仁同正明氏が「そもそもホラーはコメディと表裏一体で、お化け屋敷などでも怖がらせようと必死になりすぎると翻って、コントのように感じてしまうこともあり、さじ加減が難しいジャンルでもある」と書いていますが、まったく同感です。
 もともとコメディというジャンルに属するピエロが「IT」の前作によってせっかくホラー界の住人になったのに、新作「IT」の過剰演出によって再びコメディに逆戻りということにもなりかねません。

 さて、わたしが「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」を観たのはコロナワールド小倉というシネコンの5番シアターでしたが、超満員で驚きました。それも、観客で中年といえばわたしぐらいで、あとはすべて中高生くらい少年少女なのです。中には、ヤンチャそうな男の子も多かったです。
 映画そのものも、少年少女の物語に仕上がっていました。前作の「IT」よりも「スタンド・バイ・ミー」を意識したような内容でしたね。

 原作の『IT』は少年篇と青年篇があるのですが、この映画では少年時代のエピソードに特化していました。27年後の青年篇は続編を作るようですね。
 それはともかく、「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」の最後は、少年たちによってペニーワイズがボコボコにされます。その場面を観たわたしは、「映画を観てコーフンしたBOYSたちから親父狩りされるかも?」という不安が脳裡をよぎり、エンドロールが流れ始めたら、一目散に映画館を後にしました。正直、過剰演出によって映画そのものは「子どもだまし」といった印象があったのですが、「親父狩り」のほうが怖かったですね。はい。

 さて、映画館で観た予告編の中に「ダークタワー」という作品がありました。ニューヨークに住む少年が夢に導かれ入り込んだ"時空を超越する荒廃した異世界"を描いた作品だそうです。現実世界と密に結びつく異世界では、世界の支柱と言われる<タワー>を巡る物語ですが、これも原作者はスティーヴン・キングとなっています。「モダンホラーの帝王」の作品を映画化しようとする者は後を絶たないようですね。