No.701


 東京に来ています。4月11日、水天宮のロイヤルパークホテルで出版関係の打ち合わせ、日比谷のペニンシュラ東京で映画関係の打ち合わせをしてから、角川シネマ有楽町でフランス映画「パリタクシー」を観ました。
 
 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』などのクリスチャン・カリオンが監督などを手掛けたヒューマンドラマ。タクシー運転手とあるマダムのパリ横断ドライブを描くとともに、彼女の驚きの人生も映し出す。シャンソン歌手のリーヌ・ルノー、『ヒューマニティ通り8番地』などに携わってきたコメディアンのダニー・ブーンらがキャストに名を連ねる」
 
 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。 「パリでタクシー運転手をしているシャルル(ダニー・ブーン)は、金もなければ休暇もなく、免許停止寸前という人生がけっぷちの状態にあった。ある日彼に、92歳のマドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリの反対側まで送り届けるという仕事が舞い込んでくる。彼女の頼みでパリの街のあちこちに立ち寄るうちに、マドレーヌの知られざる過去が明らかになっていく」
 
 上映館の角川シネマ有楽町は、あらゆるシステムが古くて、ネットで座席を予約していたものの発券にずいぶんと手間取りました。劇場内はほぼ満席で驚きましたが、観客が高齢の御婦人ばかりだったことにもビックリ! この映画に出てくるヒロインのマドレーヌが92歳の老女であること、彼女が女性解放運動のアイコンだったことと何か関係があるのでしょうか? わたしは最後列の席に座っていたのですが、目の前の席に座ったのは2メートルぐらいある大男で、スクリーンの一部が見えませんでした。また、その巨人がよく体の向きを変えるのです。それで何度かイラツとしましたが、映画の中でマドレーヌがアンガー・マネジメントに主人公シャルルにアドバイスしていたので、わたしも気を落ち着かせました。
 
 1928年生まれで94歳の女優リーヌ・ルノーが演じるマドレーヌは92歳ですが、とにかくチャーミングな女性です。彼女の口から発せられるフランス語はエレガントで、まるで音楽のようでした。ちょうどマドレーヌの人生の半分になる46歳のタクシー運転手シャルルは、祖母のような彼女と車内で会話します。そして、彼女のとんでもない過去を知るのでした。マドレーヌの人生は過酷なものでしたが、彼女の身だしなみ、立ち居振る舞い、言葉遣いから、まったくそんな黒歴史を感じさせません。この映画を観た前日、ロイヤルパークホテルで次回作『年長者のマナー』(仮題、主婦と生活社)の打ち合わせをしたのですが、「マナー(礼儀作法)の要諦は、身だしなみ、立ち居振る舞い、言葉遣いの3つに集約される」と語ったことを思い出しました。
 
「パリタクシー」という映画、内容はけっこうヘビーなのですが、とにかく軽やかでお洒落な雰囲気に満ちていました。それはやっぱり、舞台が花の都パリだからです。マドレーヌの指示に従って、シャルルはパリ市内の各所に車を走らせますが、それがちょっとしたパリ観光案内になっていて楽しかったです。また、時折、マドレーヌの口から出てくる話には辛い経験だけでなく、楽しい思い出話もたくさんありました。彼女がファーストキスをしたのは16歳のときで、相手は大人の軍人だったそうですが、キスは「オレンジと蜂蜜」の味がしたそうです。彼女の「ファーストキスをした直後には、介護施設のベッドの上で味気ない介護食を食べていた気がするわ」という言葉が印象的でした。人生はまさに「一瞬の夢」ですね。
 
 さて、「パリタクシー」という映画の存在を初めて知ったとき、わたしはアメリカンニューシネマを代表する名作「タクシードライバー」(1976年)を連想しました。ニューヨークの夜を走る1人のタクシードライバーを主人公に、現代都市に潜む狂気と混乱を描き出した傑作です。ベトナム帰りの青年トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)は夜の街をタクシーで流しながら、世界の不浄さに苛立ちを感じていました。大統領候補の選挙事務所に勤めるベッツィと親しくなるトラヴィスでしたが、彼女をポルノ映画館に誘ったことで絶交されます。やがて、闇ルートから銃を手に入れたトラヴィスは自己鍛錬を始めますが、そんな彼の胸中に1つの計画が沸き上がるのでした。感動のラストを迎える「パリタクシー」とは違い、「タクシードライバー」は後味の悪い狂気の物語でしたが、ビックルが走り回るシーンがニューヨークの観光案内になっていた点は「パリタクシー」と同じでしたね。
 
 さて、タクシーといえば、現在の日本は深刻なタクシー不足に陥っていますね。保有台数日本一を誇る第一交通産業の本社所在地である北九州市でもタクシーが全然足らず、呼んでもなかなか来ず、冠婚葬祭業およびホテル業のわが社も大変困っています。東京でも事情は同じで、この1年ぐらいで急にタクシーの数が減りました。乗り場や駅付けするタクシーが減り、1台当たりの実車率(走行した距離のうち、客を乗せて走った距離の割合)もかなり増えているそうです。実車時間が増えたことで、アプリに対応できる件数も必然的に減っています。乗務員の個人の売り上げはとても良くなっていますが、顧客の需要に対して、供給しきれていないのが現状です。
 
 ドライバーの離職については、コロナで重症化しやすいと言われる年齢の高いドライバーが家族から心配され、早期にリタイアするという傾向がありました。タクシー会社各社とも、ドライバー採用は急務となっており、安全安心のための人の部分に大がかりな投資を行っているそうです。タクシーはもはや都市のインフラであり、その存在なくしては社会も経済も回りません。北九州でも東京でも、いや日本全国で1日も早く、以前のようにタクシーがいつでも拾える時代が戻ってほしいものです!