No.797


 11月5日の日曜日、フランス映画「私がやりました」をシネプレックス小倉で観ました。とてもフランス映画らしい作品で、音楽もシャンソン調で、パリの雰囲気を醸し出していました。物語はミステリーなのですが、W主演を演じた2人の女優が美しいので、楽しく観ることができました。やはり映画に美女は不可欠ですね。くたばれ、ポリコレ!
 
 ヤフーの「解説」には、「『8人の女たち』などのフランソワ・オゾン監督によるクライムミステリー。映画プロデューサー殺人事件を巡り、3人の女たちが騒動を巻き起こす。主人公二人を『悪なき殺人』などのナディア・テレスキウィッツと『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』などのレベッカ・マルデール、彼女たちの前に立ちはだかるかつての大女優を『ピアニスト』などのイザベル・ユペールが演じるほか、ファブリス・ルキーニ、ダニー・ブーン、アンドレ・デュソリエらが共演」とあります。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「著名な映画プロデューサーが自宅で殺害され、新人女優・マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)が容疑者として連行される。彼女はプロデューサーに襲われて自分の身を守るために殺害したと自供し、親友の新米弁護士・ポーリーヌ(レベッカ・マルデール)と共に法廷に立つ。正当防衛を訴えるマドレーヌは人々の心を揺さぶる陳述を披露し、無罪を勝ち取ったばかりか、悲劇のヒロインとして一躍スターになる。そんな彼女たちの前にかつての大女優・オデット(イザベル・ユペール)が現れ、プロデューサー殺しの真犯人は自分だと主張する」
 
「私がやりました」の冒頭には、プールのある邸宅がスクリーンに映し出されますが、わたしはフランソワ・オゾン監督の「スイミング・プール」(2003年)を連想しました。オゾン監督が彼の新旧のミューズである、リュディヴィーヌ・サニエとシャーロット・ランプリングを主役に迎えた刺激的な推理劇です。南仏プロヴァンスの美しい風景を舞台に繰り広げられる、何ともゴージャスで薫り高き一本。スランプ中の英国のミステリー作家、サラ(シャーロット・ランプリング)は、南仏にプール付き別荘を借りる。しかし突然借り主の娘、ジュリ-(リュディヴィーヌ・サニエ)が現れ、彼女の生活は一変するのでした。
 
 オゾン監督の代表作といえば、「8人の女たち」(2002年)。1950年代のフランスで、クリスマスを祝うため、雪に閉ざされた大邸宅に家族が集うこととなった人々の物語です。ちょうどその日の朝、メイドのルイーズが、一家の主マルセルの部屋へ朝食を持っていくと、彼はナイフで背中を刺され死んでいました。外から何者かが侵入した形跡はありません。電話線は切られ、雪で外部との連絡を完全に絶たれた8人の女たち。祝祭気分は一転、彼女たちは疑心暗鬼を募らせていきます。やがて、互いの詮索が始まり、次々と彼女たち1人ひとりの思惑や秘密が暴露されていくのでした。フランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴをはじめ8人の美女たちが物語を彩ります。
 
 オゾン監督の映画は映像も音楽もスタイリッシュで、しかも必ず美女が登場するので、わたしの好みです。「私がやりました」では、映画が無声映画からトーキーへとシフトした直後のパリで、有名映画プロデューサーが自宅で殺害されるクライム・ミステリーです。容疑者になった無名女優のマドレーヌを演じたナディア・テレスキウィッツ、マドレーヌのルームメイトで新人弁護士ポーリーヌを演じたレベッカ・マルデールも良かったですが、往年の名女優として突如登場したオデットを演じたイザベル・ユペールの存在感が光っていました。無声映画の画面から抜けだしてきたような大袈裟でコミカルな役柄でしたが、オゾンによると、オデットは無声映画の大スター、サラ・ベルナールにインスパイアされたキャラクターだそうです。
 
「私がやりました」では、1930年代における女性の地位や差別撤廃にも言及しています。女性の参政権はもちろん、フェミニズムや♯MeTooムーブメントという現代的なテーマとも通底するメッセージを持っています。特に、若手女優への性加害を行う悪徳プロデューサーの存在は、現代の芸能界における性加害事件を思い起こさせます。自身の貞節を守るためには、レイプ男を射殺するのもやむなしという結論が裁判で出たわけですが、法律的な問題は抜きにしても、わたしはレイプ犯は極刑に値すると思っています。ならば、人類史上最悪の性犯罪者とされる故ジャニー喜多川などは何回死刑になっても仕方がないですね。すでに死亡していることが残念でなりません。