No.796


 日本映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」を小倉コロナシネマワールドで観ました。タイトルが長いので「つんドル」の略称が浸透しています。あまり興味なかったのですが、ある人のススメで観ました。8番シアターには、わたしを含め3人しか観客がいませんでしたが、いやはや想定外の面白さでした!
 
 ヤフーの「解説」には、「元『SDN48』の作家・大木亜希子による実録小説を映画化。心を病み仕事を辞めた元アイドルの女性が、都内の一軒家に住む中年サラリーマンと奇妙な同居生活を続ける中で自分を取り戻す。監督を『月極オトコトモダチ』などの穐山茉由、脚本を『ずっと独身でいるつもり?』などの坪田文が担当。仕事も恋愛もうまくいかない崖っぷちアラサー女子を『おもいで写眞』などの深川麻衣、彼女が居候することになった中年男性を『朝が来る』などの井浦新が演じる」とあります。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「元アイドルのアラサー女子・安希子(深川麻衣)は、心を病んだことから仕事を辞め、収入が途絶えてしまう。そんなとき、友人から都内の一戸建てで一人暮らしをする56歳のサラリーマン、通称ササポン(井浦新)との同居を勧められ、貯金もなくなった彼女はやむなく同居に踏み切る。恋人でも家族でもない赤の他人との共同生活を通じ、安希子は少しずつ日常を取り戻していく」
 
 この映画は実話に基づいています。原作者である大木亜希子は、アイドルグループ「SDN48」の元メンバーであり、現在は作家として活動する34歳の女性です。アイドル卒業後は会社員として働いていましたが、ある日突然、駅のホームで動けなくなってしまいます。一時的なパニック障害と診断を受けてメンタルクリニックに通いますが、やむなく退職。みかねた8歳上の姉からの提案で、当時56歳の中年男性・笹ポンと"共同生活"をすることになりました。その体験を下敷きとする小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社文庫)が大ヒットし、映画化もされたわけです。
 
『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』について、アマゾンには「脆弱で孤独な二人に必要だったのは、誰かと一緒に居られる場所だった。――臨床心理士 東畑開人氏」「恋愛や将来の不安を綴った悩める女子物語」「『あ、人生に詰んだ』ある日、駅で突然、亜希子の足が動かなくなった。仕事へ行こうとすると体が拒否する。彼女は元アイドル。芸能界で挫折後、新たな幸せを摑むため、一般企業に就職し、夜は恋活に励んでいた。収入も途絶えた亜希子は、56歳のバツイチ会社員『ササポン』が住む一軒家に居候することを決断する――同居生活一年とその後を綴ったノンフィクションノベル!」と書かれています。
 
 井浦新が演じるササポンなる人物、住んでいる家こそ普通の一軒家で豪邸ではありません。でも、軽井沢に別荘を所有しており、赤いスポーツカーも持っていました。つまり、彼は金持ちのおっさんなのです。けっしてルームシェアを求め、しかも3万円の家賃で入居者を探す必要などないはず。多くの人と同じように、わたしは「このオッサン、うまいこと言っても、正体は若い女子を狙う狼男じゃないの?」と思いました。しかし、どうもそうではないようです。映画の中で「離婚したとき、死のうと考えた」というササポンのセリフが出てきますが、彼も孤独で誰かと一緒に居たかったのだと思います。つまり、この物語は深川麻衣演じる主人公の安希子が救われるだけでなく、ササポンも救われる相互ケアの物語なのです。

隣人の時代』(三五館)
 
 
 
 安希子はササポンのことを「家族でもない、恋人でもない、赤の他人のおっさん」と呼びますが、虫垂炎で倒れたとき、彼女はそのおっさんに救われました。また、酔いつぶれて寝ているときも毛布を掛けてもらいました。彼女はササポンからケアされたのです。おっさんは家族でも恋人でもありませんが、大切な存在だったのです。わたしなら、そのような存在を「隣人」と呼びます。正確にはササポンと安希子はルームシェアをしている同居人ですが、その本質は隣人だと思います。わが社が取り組んでいる「隣人祭り」には孤独死を防ぐ目的がありますが、隣人とは孤独死を防いでくれる存在でもあります。恋人なら恋愛、家族なら家族愛、そして隣人は隣人愛を発揮します。隣人愛によって、彼女は心の病から立ち直ることができました。
 
 ササポンは56歳で、安希子は29歳です。つまり、2人の間には27歳の年齢差があるわけで、ほとんど親子ですね。ルームシェアの紹介者(原作では安希子の姉、映画では親友)に「彼女と暮らしてみて、どう?」と訊かれたササポンが「うん、遠い親戚の大事なお嬢さんを預かっているという感じかな」と答えますが、本当にそうだったと思います。そんな2人ですが、同居しているうちに親しくなっていき、ササポンが通販で購入したスイカを一緒に食べたりします。安希子は「男女でスイカを食べるのは、なかなか官能的なことかもしれない」と思いますが、じつはこの映画にはもっと官能的なシーンがありました。
 
 一緒にスイカを食べること以上に官能的なシーンとは、安希子が苦心してようやく書き上げた原稿をササポンに読んでもらう場面です。書いたばかりの原稿というのは書き手の心がすべて剥き出しになっており、それを読んでもらう相手というのは深く心を許せる人物だと思います。これが官能的でなくて、何が官能的でしょうか。安希子は裸の自分をササポンに見せたのです。下着を取って裸になるよりも、心を裸にする方がずっとエロティックです。原作者の大木亜希子さんは元アイドルですが、本当は外見よりも内面を重視する賢い女性なのだと思います。そうでなければ、文章など書こうと思いつかないでしょう。
 
 ササポンを演じた井浦新は、あいかわらず上手いですね。一条真也の映画館「福田村事件」「アンダーカレント」で紹介した映画に続き、最近は彼の姿ばかりスクリーンで観ている気がします。ササポンは56歳という設定でしたが、井浦新は1974年生まれの49歳です。長らく「ARATA」名義で活動していましたが、2012年より本名に戻しています。同年、ベストジーニスト、ベストフォーマリストの2賞を受賞。「箱根 彫刻の森美術館」で初の写真展も開催しました。2013年4月より京都国立博物館の「文化大使」に就任し、NHKの教養番組「日曜美術館」司会、文化財修復保護や日本の伝統工芸継承の支援などを目的とする一般社団法人匠文化機構の理事長に就任するなど、美術や伝統工芸に強い関心を持ち活動しています。
 
 安希子を演じた主演の深川麻衣も良かったです。彼女自身が乃木坂46のメンバーであり、アイドルとして活動していました。乃木坂46といえば、メンバー全員が美人揃いで知られています。その中でも超美人として人気を誇った白石麻衣と同名であることから、なにかと比較されて苦労したのではないかと思いますが、深川麻衣は「まいまい」の愛称で親しまれ、ニックネームは「聖母」でした。その優しい外見からも窺えるように、癒し系のキャラだったのでしょう。乃木坂46のナンバーでわたしが一番好きなのが「せっかちなかたつむり」という曲です。深川麻衣も、白石麻衣も、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)を原案とする映画「君の忘れ方」のヒロインを演じる西野七瀬もMVに出演しています。
 
 この「せっかちなかたつむり」のメロディは中毒性があるのですが、ショート・バージョンのMVでは、出演者たちが全員パリジェンヌのような金髪姿に変身しています。まいやん(白石麻衣)も、なーちゃん(西野七瀬)もみんな飛び切り可愛いですが、まいまい(深川麻衣)も負けていません。乃木坂46を卒業した後も、一条真也の映画館「おもいで写真」で紹介した2021年公開の映画にも深川麻衣は主演しています。これもなかなかの熱演で、乃木坂時代には白石麻衣に人気では適わなかったようですが、演技力では負けていません。もっとも、日本アカデミー助演女優賞を受賞した西野七瀬の演技力は元乃木坂メンバーの中で突出していますが......。
 
「おもいで写真」は、テーマが遺影撮影だと知って、「この映画の鑑賞そのものが仕事だ!」と思い、公開初日にシネコンに走った作品です。仕事をクビになり失意に沈む音更結子(深川麻衣)は、祖母が亡くなったことを受けて帰郷。母の代わりに自分を育ててくれた祖母を孤独に死なせてしまったと悔やむ中、幼なじみの星野一郎(高良健吾)から老人を相手にした遺影撮影の仕事に誘われます。当初は老人たちに敬遠されますが、1人で暮らす山岸和子(吉行和子)との出会いを機に、結子は単なる遺影ではなくそれぞれの思い出を写し出す写真を撮るようになっていのでした。いま気づいたのですが、この映画にも井浦新が出演していますね。また、失意に沈む女子の再生物語という点で「つんドル」と共通しています。

ザ・ハリウッド・リポーター・ジャパン」より
 
 
 
「つんドル」での深川麻衣の演技は本当に素晴らしかったです。なによりも、数々の安希子のカッコ悪い姿、恥ずかしいふるまいを見事に演じていました。一条真也の映画館「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」で紹介した映画に主演したレオナルド・ディカプリオ、一条真也の映画館「唄う六人の女」で紹介した映画に主演した山田孝之などは汚れ役を演じさせたら天下一品ですが、深川麻衣の汚れ役もこれから楽しみですね。そうそう、ディカプリオといえば、11月4日の「ザ・ハリウッド・リポーター・ジャパン」に「デニーロに才能を見抜かれ、スコセッシに愛されたディカプリオの俳優人生」という興味深い記事が掲載されました。

がんばれ、アキコ!!
 
 
 
 この興味深い記事の最後には、執筆者のプロフィールとして「堀田明子(アキ)」という名前が記されています。そう、いつも素敵な映画を紹介してくれる映画コラムニストのアキさんのことです。この日、彼女がついに「ザ・ハリウッド・リポーター・ジャパン」に正式にデビューしたのです。じつは、映画「つんドル」を観ることをわたしに薦めてくれたのもアキさんなのです。彼女の本名は堀田明子。「つんドル」の主人公は安希子。原作者は亜希子。「アキコ」つながりですね。アキさんも元アイドル顔負けの美貌の持ち主ですが、ぜひ、大木亜希子さんのように話題性のある本を書いてくれることを楽しみにしています!