No.786


 10月15日の日曜日は映画館のハシゴをしました。一条真也の映画館「死霊館のシスター 呪いの秘密」で紹介したホラー映画を小倉コロナシネマワールドで観た後は、Tジョイ・リバーウォーク北九州に移動して、日本映画「アンダーカレント」を鑑賞。グリーフケアの物語で、しみじみと感動しました。でも、日曜日の18時からの上映なのに、6番シアターの観客はわたし1人でした。アイム・ソー・ロンリー!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「豊田徹也のコミック『アンダーカレント』を実写化したドラマ。夫が失踪してしまった女性が、ある男性と共同生活を送りながら家業の銭湯を切り盛りしていく。監督は『ちひろさん』などの今泉力哉。『焼肉ドラゴン』などの真木よう子、『ニワトリ☆フェニックス』などの井浦新、『万引き家族』などのリリー・フランキーのほか、永山瑛太、江口のりこ、中村久美らが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「かなえ(真木よう子)は家業の銭湯を継いで、夫・悟(永山瑛太)と順風満帆な日々を送っていたが、悟が突然失踪してしまう。かなえは途方に暮れるが、一時的に休業していた銭湯を再開させる。それから数日後、かなえは銭湯組合を通じて訪ねてきた堀(井浦新)という男を住み込みで雇うことにする。探偵の山崎(リリー・フランキー)と共に悟を捜しながら、堀との日々に心地よさを感じるかなえ。しかしある出来事をきっかけに、かなえ、悟、堀が心の奥底に秘めていたものが浮かび上がる。
 
 原作コミックは2005年に講談社から出版されていますが、アマゾンには「ほんとうはすべて知っていた。心の底流(undercurrent)が導く結末を。夫が失踪し、家業の銭湯も手につかず、途方に暮れる女。やがて銭湯を再開した女を、目立たず語らずひっそりと支える男。穏やかな日々の底で悲劇と喜劇が交差し、出会って離れる人間の、充実感と喪失感が深く流れる。映画一本よりなお深い、至福の漫画体験を約束します」として、「今、最も読まれるべき漫画はこれだ!すでに四季賞受賞作で確信していたその物語性と演出力に驚く。豊田徹也は心の底流に潜む、なにかの正体を求めるように静かに語る」という谷口ジローの言葉を紹介しています。
 
 この映画、上映時間が143分あります。正直言って「長い!」と思いました。映画評論家の蓮實重彦氏の言うように「すべての映画は90分でよい」とはさすがに思いませんが、この物語なら120分あれば充分でした。この映画を観たいと思ったのは題材にグリーフケアの匂いがしたこともありますが、一条真也の映画館「福田村事件」で紹介した映画に主演した井浦新と永山瑛太がともに重要な役で出ていたことです。「福田村事件」で描かれた超弩級の悲嘆には及ばないものの、「アンダーカレント」にもしっかりと悲嘆が描かれていました。最後に井浦新が演じる堀が号泣するシーンには、わたしも貰い泣きしました。本当の深い悲しみというものは、このシーンのように突然、心の底から噴き出すものであることを見事に描いていました。
 
 あと、タバコ屋の主人(帽子とマフラーが小洒落た老人)が堀に語った「かなしみっていうやつは1人で抱え込んじゃいけないよ。2人で抱えれば、ぶつかったり、泣いたりしながら、その先に行ける」というセリフが心に残りました。他にもリリー・フランキーが出演していますが、じつは、わたしはこの男が好きではありません。理由はいろいろありますが、ここには書きません。ただ、一条真也の映画館「アナログ」で紹介した映画で演じた喫茶店のマスター役と、「アンダーカレント」で演じた探偵の山崎の役は好感が持てました。映画の中で調査報告をカラオケボックスで行うシーンがあるのですが、失踪した夫(永山瑛太)に対する衝撃の事実を妻(真木よう子)に伝えた後、山崎はカラオケを熱唱。ダウンタウンブギウギバンドのバラード曲だったのですが、その上手さに感心しました。わたしと同い年のリリー・フランキーという男、芸達者ではありますね。
 
 映画の中で山崎が「じつはね、失踪者というのは帰ってくることはまずないんですよ。年間8万5000件ぐらいあるんですけどね」と言うシーンがあるのですが、その数の多さに驚きました。かなえが新聞で鉄道飛び込み自殺の記事を見て、「どうして記事になる自殺と記事にならない自殺があるのかしら?」と疑問を口にしたとき、堀が「自殺した人が有名かどうか、自殺の理由が特殊かどうかにもよるんじゃないですか?」と言います。その後、堀は「1日に100件ぐらいあるどうですから、全部は記事にできないんでしょう」とも言います。この数字の根拠を調べましたが、わかりませんでした。ちなみに、2020年の鉄道自殺数は約600件、2022年の自殺者数は21881人となっています。その数だけグリーフも生まれているはずですが、あまりにも深いグリーフは心の底流(undercurrent)に隠されてしまって、トラウマとなる......この映画はそんな物語でした。
 
 最後に、「アンダーカレント」では銭湯が主な舞台となっています。薪で湯を沸かすシーンやタイルの汚れをゴシゴシと落とす清掃のシーンなどを見て、わたしは一条真也の映画館「湯を沸かすほどの熱い愛」で紹介した2016年の日本映画を思い出しました。行方不明の夫を連れ戻すことをはじめ、最後の四つの願い事をかなえようと奔走するヒロインの姿を捉えます。1年前、あるじの一浩(オダギリジョー)が家を出て行って以来銭湯・幸の湯は閉まったままでしたが、双葉(宮沢りえ)と安澄(杉咲花)母娘は2人で頑張ってきました。だがある日、いつも元気な双葉がパート先で急に倒れ、精密検査の結果末期ガンを告知されます。気丈な彼女は残された時間を使い、生きているうちにやるべきことを着実にやり遂げようとするのでした。この「湯を沸かすほどの熱い愛」も、「アンダーカレント」もともに銭湯の亭主が失踪する物語ですが、2005年に原作が出版された「アンダーカレント」の方が「湯を沸かすほどの熱い愛」に影響を与えたのではないかと思います。