No.846


 2月9日、この日から公開された韓国映画「梟-フクロウー」をシネプレックス小倉で観ました。韓国映画賞25冠の最多受賞のヒット作だそうですが、史実を題材にしたというわりには、各所でリアリティを感じることができませんでした。特に、ラストには強い違和感をおぼえましたね。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「朝鮮王朝時代の史実を題材にしたサスペンススリラー。宮廷で王子が不可解な死を遂げる事件が起こり、王子の死を知った盲目のはり医が死の真相を暴こうと奔走する。監督を務めたのはアン・テジン。キャストには『毒戦 BELIEVER』などのリュ・ジュンヨル、『マルモイ ことばあつめ』などのユ・ヘジンらが名を連ねる。百想芸術大賞や大鐘賞映画祭の映画賞などで高い評価を得た」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「盲目のはり医・ギョンスは病の弟のために、ある秘密を抱えながら宮廷で働いていた。ある夜、王子が目や鼻から大量の血を流して亡くなる。偶然にも王子の奇怪な死の現場に居合わせてしまったギョンスは、国王から『何を見た?』と迫られるも答えることができず、追われる身となってしまう。限られた時間の中、ギョンスは謎めいた死の真相を暴こうとする」
 
 この映画で描かれる17世紀に起こった毒殺事件の背景には、朝鮮と中国の関係というものがあります。古代から現代に至るまで、朝鮮は中国の圧倒的に大きな影響を受け続けてきました。政治的には、朝貢冊封関係を続け、独自の元号を持つことなく中国のそれを使い、漢姓漢名でした。文化的には、朱子学、小中華主義などがあります。朝鮮は、16世紀に豊臣秀吉に国土の大半を征服されますが、明の救援と秀吉の死去により国土を回復しました。厳密には、豊臣秀吉は朝鮮を相手にしたのではなく、その意図は、明の征服にあり、そのために軍隊を通すことを朝鮮に要求して断られたため、無礼だとして出兵に及んだのです。朝鮮が断るのは当然で、朝鮮は、明の朝貢国であり、朝鮮国王(李氏)は世襲であったが、制度的には明の皇帝からそう任じられることで朝鮮国王たりえていました。
 
 豊臣秀吉は、それ以前に外交関係があったことから、明と朝鮮の国冊封関係は知っていたはずであり、明は冊封関係にある朝鮮を保全するため、援軍を派遣し日本軍と戦いました。朝鮮では「崇明反清」の思想が強く、自らを明の後を継ぐ小中華とし、清をオランケ、野蛮人として侮蔑していました。明が滅び清に冊封されても、私的には崇禎や永暦などの明の年号を使い続け、大報壇を作って明の皇帝を祀っていたのです。朝鮮の一部では清の学問を学ぶ北学も生まれましたが、広まる事はありませんでした。また清から朝鮮にキリスト教(西学)が流入しましたが、何回も弾圧を受け、多くの犠牲者が出たのです。この「崇明反清」の思想は、映画「梟ーフクロウー」に登場する朝鮮国王の言動にも濃く出ていましたね。
 
「梟ーフクロウー」の主人公は盲人ですが、ある秘密を抱えています。じつは、わたしは盲人が主人公の映画が苦手で、自分自身の失明を恐れていることもあって、主人公に対する「気の毒だなあ」「危ないなあ」と思ってしまいます。その気持ちが強すぎて、物語に集中できなくなってしまうことが多々あります。それでも、テレンス・ヤング監督の「暗くなるまで待って」(1967年)は好きな作品です。オードリー・ヘップバーンが盲目の人妻スージーに扮したサスペンススリラーです。夫のサム(エフレム・ジンバリスト・Jr.)が見知らぬ女性から受け取った人形にはヘロインが隠されていました。ヘロインを奪い返そうとする組織のリーダーのロート(アラン・アーキン)は、2人の仲間と共にサムのアパートで人形を探すが見つかりません。そこで、妻のスージーが盲目であることを知った3人は、人形の行方を突き止めるために一芝居打ちます。
 
 サスペンススリラーとしての「梟ーフクロウー」のポイントは、殺人の目撃者が盲目だったということです。本来、盲目の者は殺人現場を見ることができないわけで、この矛盾がドラマを複雑化し、それによって謎を深めていくという構造です。わたしは、ダリオ・アルジェント監督のサスペンススリラーの名作「わたしは目撃者」(1971年)を思い出しました。目の不自由な元新聞記者アルノ(カール・マルデン)は、幼い姪と自宅へ帰る途中、近所に駐車された車の中で何者かが言い争っているのを耳にします。その晩、アルノの自宅近くにある染色体研究所で強盗事件が発生。盗まれた物は何もありませんでしたが、やがて研究所の博士が列車にはねられて死亡します。博士が車の中にいた人物だと気づいたアルノは、事件を担当する新聞記者ジョルダニ(ジェームス・フランシスカス)とともに調査を開始するのでした。ちなみに、わたしは今、ダリオ・アルジェントの自伝『恐怖』(フィルムアート社)を読んでいるのですが、非常に面白いです!
 
「わたしは目撃者」以降も、事件の目撃者が目が不自由という設定の映画はたくさん作られました。2月23日から日本公開されるフランス映画「落下の解剖学」は第76回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したサスペンスですが、重要な目撃者が視覚障害のある少年という設定です。人里離れた雪山の山荘で、男が転落死しました。はじめは事故と思われましたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)に殺人容疑が向けられます。現場に居合わせたのは、視覚障害のある11歳の息子だけ。事件の真相を追っていく中で、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ〈真実〉が現れるのでした。「落下の解剖学」は、第96回アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞にもノミネートされた話題作であり、これは必ず観たいと思います。