No.889
金沢に来ています。5月22日の夜、イオンシネマ金沢で日本映画「ラストターン 福山健二71歳、二度目の青春」を観ました。なかなか心に染みる修活映画でした。ヒロインの水泳コーチを演じた高月彩良が可愛かったです!
ヤフーの「解説」には、「人生の最期を意識し始めた71歳の男性が、第二の人生を模索する人間ドラマ。定年後に伴侶に先立たれた男性が、さまざまな人と交流したり苦手だったことに挑戦したりする。監督・脚本は『うちの執事が言うことには』などの久万真路。主人公を『なにわ忠臣蔵』などの岩城滉一、彼の妻を久万監督作『シェアの法則』などの宮崎美子、水泳教室の講師を『人狼ゲーム クレイジーフォックス』などの高月彩良が演じるほか、貫地谷しほり、田山涼成らが出演する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「定年退職後、認知症を患っていた妻・佳代(宮崎美子)に先立たれ、一人で暮らす71歳の福山健二(岩城滉一)。寂しくも穏やかな日々を過ごす中、自身の物忘れをきっかけに人生の最期を意識したことで、彼は健康維持と認知症予防のために市のコミュニティークラブに通い始める。そこで同い年の橋本勉(田山涼成)と知り合い、交流を深めていたある日、水泳教室の体験入会の貼り紙を見つける。泳げない健二は尻込みするも勉の言葉に後押しされ、講師の岸本香里(高月彩良)の指導を受けることにする」です。
岩城滉一演じる福山健二は認知症を患った妻に先立たれ一人暮らしを送っています。毎朝5時半にうめきながら伸びをして起床し、散歩をし、自炊します。一見元気そうなのですが、テレビのリモコンを冷凍庫に入れてしまうなど、物忘れに不安を覚え始めています。彼には息子家族がいるのですが、孫のイベントのときなどしか顔を合わせる機会がありません。健二は、息子家族をはじめ誰にも迷惑をかけずに人生を閉じたいと思っているのですが、足を負傷した上に肺炎にかかったときなどは絶体絶命のピンチに陥るのでした。わたしは、家族というのは迷惑を掛け合ってよい存在だと思います。第一、親が孤独死などしたら、子どもにとっては最大の迷惑でしょう。
この映画でしみじみと胸を打つのは、主人公の健二が愛妻を2年前に亡くした悲嘆の深さです。老いてからの2人暮らしで連れ合いを失ったグリーフがよく描かれていますが、わたしの両親やわたしたち夫婦の行く末を考えると悲しい気分になってきました。映画の中に健二が亡き妻の佳代(宮崎美子)とキッチンに並んで料理をした思い出を映したシーンがあります。湯気が立つ台所に2人で並び、佳代が「これからはね、なんでも手作りして健康に暮らしていきたいの」と言うと、健二は「そうだな、健康だったら何もいらないもんな」としみじみと答えます。この何気ない会話からは、今まで互いを思いやって日々を暮らしてきたことが窺えます。そして、健二は「急には無理だけど、少しずつ新しいことやってみますか」と呟くのでした。
妻を看取り1人になった健二は、シニア向けのコミュニティクラブに参加し、同年代の橋本(田山涼成)と友好を深めます。橋本から水泳教室に誘われますが、昔から泳ぐことが苦手な健二は躊躇します。しかし、陽気な橋本の「出来ない事を出来るようになるのは愉快じゃないですか?」という言葉に後押しされ、参加することに。そのときも、妻と前向きに生きてきた記憶が健二の心に甦るのでした。妻は亡くなりましたが、健二の心の中でいつも寄り添っていてくれています。また、健二の自宅の居間には仏壇があり、佳代の遺影が微笑んでいます。健二が1人で食事をしたり、日記を書いているときも、背後の仏壇からいつも亡き妻が優しい笑顔で夫を見守っているのでした。このシーンを見て、わたしは「仏壇っていいな」と思いました。
この映画に登場する水泳教室には、多くの高齢者が参加しています。これまでさまざまな人生を歩んできた人々が水着だけ姿でプールに入っている姿は、温泉や銭湯での裸の付き合いを連想させます。そう、ここには湯に入る「湯縁」ならぬ「水縁」があるのです。この日は、上級グリーフケア士で、 金沢紫雲閣総支配人でもあるサンレー北陸の大谷賢博部長と一緒に映画鑑賞したのですが、彼は「ほとんどが水で構成されている人間の体。その人間は大部分が水で構成されているこの地球に生きている。『水の中で泣いている』というセリフは、この水で構成されている世界で、『泣くことは悪いことではない』ということ。それは『じゅうぶんに悲しんでいい。あなたらしく』というグリーフケアのメッセージ。『ラストターン』とは、老いに対するネガティブな終焉から、老いを肯定する、生を肯定する方向へ向かうターンの事ではないかと思いました!」との感想をLINEで送ってくれました。
『人生の修め方』(日本経済新聞出版社)
現在、「人生100年時代」が叫ばれています。しかしながら、後期高齢の登り口である「75歳の壁」を前にすると、多くの人は青息吐息になるのではないでしょうか。映画の主人公である福山健二は、シニア向けのコミュニティクラブで知り合った同年代の橋本と初めて居酒屋に行ったとき、会話の最初に「どんな死に方がしたいですか?」と質問して、橋本を呆れさせました。しかし、わたしは、健二の問いに違和感は覚えませんでした。人生の秋を迎えて、その修め方を想うことは素晴らしいことだと思います。それにしても、71歳の健二を演じた岩城滉一は73歳。彼にとって26年ぶりの主演映画で演じる健二はまさに等身大でした。ちなみに、田山涼成演じる橋本は遊び人で、オシャレです。レザーの黒のハットを被って、スカーフなんか首に巻いています。その巻き方を見て「中尾彬みたいだな」と思ったら、映画鑑賞後に同氏の訃報に接しました。81歳でした。心より御冥福をお祈りいたします。
映画「ラストターン」では、くそ真面目で寡黙で朴訥な役を熱演した岩城滉一ですが、若い頃はヤンチャで有名でした。彼は1951年(昭和26)年3月21日生まれです。ちなみに、1日前に京都大学名誉教授で宗教哲学者の鎌田東二先生が誕生しています。東二が滉一の前日に生まれていたとは! 岩城滉一は東京都中野区生まれで、日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業、帝京大学中退。デビュー前は、舘ひろしとともに原宿・表参道を拠点にした硬派バイクチーム「クールス」で副団長を務めていました。矢沢永吉がリーダーだったロックバンド「キャロル」の親衛隊として有名となり、キャロルの解散コンサートのDVDは、当時の岩城がキャロルとの出会いを語る場面から始まります。
キャロルの親衛隊となった当時、岩城滉一は音楽にはまったく興味がなく、それまで矢沢永吉も知らなかったと語っています。クールスの選抜メンバーで結成された同名のロックバンド「クールス」が「紫のハイウェイ」でデビューしましたが、これには参加しませんでした。クールス時代に岩城がハーレーダビッドソンに乗った姿が「平凡パンチ」と「週刊プレイボーイ」に掲載され、その写真を見た東映に単独で「70万円やるから映画に出ないか」と誘われ、俳優として芸能界にデビューを果たします。デビュー作は1975年(昭和50年)の高倉健主演の東映映画「新幹線大爆破」(監督・佐藤純弥)でした。そして、同年の東映映画「爆発!暴走族」(監督・石井輝男)では主演を務めました。
1977年(昭和52年)7月29日、岩城滉一は覚せい剤取締法および銃砲刀剣類所持等取締法違反(拳銃所持)で逮捕されました。逮捕理由は、前年1976年(昭和51年)12月17日に杉並区の友人宅で住吉会系暴力団組員から買った覚醒剤0.02グラムを使用したためです。その暴力団組員と岩城は、安藤昇(元暴力団安藤組組長)が主宰する所属プロダクション「安藤企画」で知り合ったそうです。また、その保釈中に改造ピストルを組員に預けたとして、銃刀法違反で再逮捕されました。取調べで、暴走族時代から付き合いのあったヤクザから、しばしば覚醒剤を入手していたと供述しました。
この不祥事に伴い、ドラマ「あにき」(TBS)から降板となりましたが、判決から5ヶ月後に映画「俺達に墓はない」にて復帰。その後の週刊誌のインタビューでは「シャブを打って何が悪い」と豪語し、反省するそぶりを見せませんでした。しかし、その後はアニキと慕っていた松田優作らの支えで次第に更生し、1981年(昭和56年)からは倉本聰脚本のテレビドラマ「北の国から」(フジテレビ系)などの作品に出演。妻の結城アンナとコマーシャルでも共演しました。そんなヤンチャな過去を持つ岩城滉一が主演した「ラストターン 福山健二71歳、二度目の青春」。試写会上映前イベントでは、「岩城さんの人生のターニングポイントは?」と質問され、「彼女(愛人)ができて(女房に)バレたとき」と大ボケをかましていました(笑)。岩城滉一には、いつまでも永遠の不良でいてほしいと思うのは、わたしだけではありますまい。
それにしても岩城滉一の人生は波乱万丈です。2003年、世田谷区の自宅が競売にかけられ、1億6100万円で落札されました。2004年、宇崎竜童と世良公則とのCM共演をきっかけにして、アコースティックパフォーマンストリオ「GENTLE3」を結成。全国各地でコンサートを行ったほか、ライヴアルバムもリリース。2014年、日本で活動する芸能人で初となる宇宙旅行を行う予定でしたが、墜落事故多発の影響で無期限の延期になっているいます。2020年、クレー射撃場「神奈川大井射撃場」の会長に就任。ボランティアで更生保護司を長年務めているそうです。このような味のある人生が、彼の演技に深みを加えているのかもしれません。
この日、川崎麻世に似ているサンレー北陸の郡信行事業部長と大谷部長と3人で映画鑑賞したのですが、わたしたちの後から高齢の御婦人が2人入ってきました。すると、「あ、男の人がいる!」と言って驚かれ、わたしは「岩城滉一さんがお好きなんですか?」と訊かれました。わたしは別に彼のファンではありませんでしたが、成り行きから「はい、好きですね」とお答えしました。映画館の観客同士で言葉を交わしすのは珍しいので、なんだか嬉しくなりました。映画の縁である「映縁」を感じましたね。