No.1100
7月17日の夕方、銀座で出版の打ち合わせを終えた後、シネスイッチ銀座で日本映画「生きがい IKIGAI」を観ました。北陸能登復興支援映画です。上映時間わずか27分の作品ですが、しみじみと心に沁みました。しかし本音を言わせてもらえば、長編にしてほしかったです。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「2024年に発生した能登半島地震を題材にしたドラマ。地震によって崩壊した家から救出された元教師の男性と、被災地ボランティアにやってきた青年の交流を描く。メガホンを取るのは『BEAT』などの宮本亜門。『七つの会議』などの鹿賀丈史、『サユリ』などの根岸季衣、ドラマ『ひだまりが聴こえる』などの小林虎之介のほか、津田寛治、常盤貴子らが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「能登半島地震によって起きた土砂災害に見舞われ、元教師で黒鬼と呼ばれる山本信三(加賀武文)は、崩壊した家の下敷きになる。救助された信三は避難所に身を寄せるが、なじむことができずに崩壊した家の一角で再び生活し始める。ある日、被災地ボランティアが家の片付けを手伝いにやってくるが、信三は亡き妻の形見の茶碗を捨てようとした彼らを追い出してしまう。数日後、妻のことを知ったボランティアの青年が信三のもとを訪れ、自分も大切な人を亡くしたと話す」
それにしても、このようなショートムービーをシネスイッチで上演できる宮本亜門は凄いですね。舞台演出家としては高名な彼ですが、この映画の演出は特に奇抜な印象もなく、能登半島地震の被災者のグリーフを淡々と描いていました。主演の鹿賀丈史は「石川県人として何かできないかと」の想いで出演を決めたそうですが、良かったです。かつての「料理の鉄人」の司会者のイメージが強かったので、彼の演技力を見直しました。避難所になじむことができない黒鬼は、崩壊した自宅の一角で暮らし始めます。ある日、被災地ボランティアたちが黒鬼の自宅の片づけの手伝いに訪れました。壊れていたり汚れて使えなくなったものを処分していくボランティアたちでしたが、あるものを捨てようとして激怒した黒鬼に追い出されてしまいます。ボランティアが捨てようとしたのは、黒鬼にとって、唯一の理解者であり、今は亡き妻の形見の茶碗でした。
鹿賀丈史が演じる元教師の「黒鬼」の前には、亡くなった妻が姿を現します。妻は常盤貴子が演じていましたが、彼女も良い感じで年齢を重ねていますね。黒鬼から追い出されたボランティアの青年が、亡き妻のことを知り、再び黒鬼の元を訪れます。彼もまた、大切な人を亡くしており「自分と同じだ」と、黒鬼に心のうちを語りかけます。青年の話を聞いた黒鬼は、被災にあい倒壊した家に閉じ込められていた間のことを話し始めるのでした。そこには、悲嘆によって結ばれる縁としての「悲縁」がありました。黒鬼の亡き妻が夫に一服の茶を淹れて、それを旨そうに夫が啜るシーンは心が現れました。わたしは茶はグリーフケアに通じると考え、わが社の葬祭スタッフには茶道を学ばせています。黒鬼が茶を飲むシーンは、まさに「ケア」を見える形で示していたと思います。
本作を作るにあたり、宮本監督は地元の人々の声を聞き、言葉に触れ、復興の想いを募らせたそうです。30年ぶりにメガホンをとった宮本監督は、「能登の被災者が『元旦の震災、今度はこれか。まだ頑張らなきゃいかんのか』と語り、現地の女性が『突然、やることも目標も消える...こんなに辛いことはない』と呟いた言葉に、深いやるせなさを感じました。だから私は願います。命ある限り、諦めないでほしい。1日1日を生き抜けば、きっと希望が見える。その思いで30年ぶりにメガホンを取りました」と明かし、「皆さんが『生きがい』を見つめ、心にそっと寄り添えますように」とコメントしています。
「生きがい IKIGAI」はドラマ映画ですが、ドキュメンタリー映画「能登の声 The Voice of NOTO」が同時上映されました。こちらは38分の上映時間です。宮本亞門がメガホンを取ったショートフィルム「生きがい IKIGAI」のメイキング撮影をきっかけに誕生した、能登半島地震の被災地の"生の声"を記録したドキュメンタリーです。映画のメイキング撮影のために訪れた能登で、被災地の人々の声を記録していくうちに、ひとつのドキュメンタリー作品として完成に至りました。監督・編集は手塚旬子、ナレーションは蒼あんな、音楽はチェリストの溝口肇が担当。「生きがい IKIGAI」との併映で劇場公開され、フィクションである「生きがい IKIGAI」とノンフィクションである本作を同時に体感することで、能登半島地震とその後の豪雨という、2度の災害に苦しむ"能登の今"を見つめ、"能登の未来"へとつなげる一歩を提示します。なお、この作品の収益の一部は、能登の復興支援に寄付されるそうです。
被災したサンレー北陸の大谷部長と
能登半島の正院町で
ブログ「能登半島地震で被災した上級グリーフケア士が語る」で紹介したように、サンレー北陸の大谷賢博部長の実家が能登半島の志賀町にあり、彼は正月に実家に帰省しているときに被災、実家は全壊しました。わたしは、地震から数日後に彼から案内されて被災地を訪れました。この映画について、大谷部長からのLINEには「石川県で先行上映されてすぐ観に行きました。しかしながら上映開始しばらくして何故か心が辛くなって、会場を出ました。今まで何回も映画館に足を運んで初めての経験でした。フィクションが『感情を呼び起こされすぎる』と、その痛みに耐えられず、自己防衛反応が働いたのではないかと今になって思います。感情の『安全な距離』というものがまだ私には分かりませんでした」と書かれていました。27分のショートムービーに耐えきれなかったほど、彼のグリーフは深かったのです。
能登半島で行われた「月への送魂」
大谷部長はまた、「ただ、しばらくして戻ったらドキュメンタリーが上映されており、それは観れました。ドキュメンタリーは、感情よりも事実や出来事、背景、証言などにフォーカスするため、観る人が感情的距離を保てるのではないかと、これも時間が経った今思うことです。ドキュメンタリーの中で『地震の翌日に月が綺麗だった』という言葉。私も津波警報を受けて近所の人と避難した山から見たとんでもなく綺麗な星空を思い出しました。ただそれは、地震の時に特別に綺麗になる訳じゃなく、普段気付かないことに気づくだけであるということ。あの時の夜空を見上げた何ものかへの『祈り』とは、神に近づこうとする行為であったのではないかと思いました」ともLINEで送ってくれました。ブログ「月への送魂in能登半島」で紹介したセレモニーのときに見上げた美しい満月を思い出しました。
さて、「生きがい」という言葉について。ロサンゼルスを拠点に日系アメリカ人および日本人コミュニティの高齢者とその介護者の生活の質を向上させることを目的に活動するNPO法人の「Keiro. 」というサイトの記事「海外でブーム:「生きがい」について」によれば、海外では最近、日本の「生きがい(Ikigai)」という言葉が話題・人気になっているそうです。英語圏ではこの単語に値する訳がなくIkigaiという単語として浸透しています。「生き甲斐」の起源は日本の平安時代まで遡り、意義や目的を表します。この言葉の「甲斐」という部分の語源は、貝殻を意味する「貝」からきています。平安時代、貝殻は非常に価値があるものでした。そのため、働くことの価値と貝殻を結び付けていたというのです。
いくつかの研究では、「生きがい」が長寿や生活の質の向上と関係があるという仮説が立てられています。ある調査では、生きがいを持っている人々の方が心血管疾患にかかるリスクが低く、死亡率も低いことが判明。意義や生産性を意識し、それを他の人々と共有することで、社会的な孤立を避けるのに役立つ可能性があるとともに、幸福感をもたらすこともできます。さらに、積極的に関わり、集中し、満足感が持続するものを持つことは、生活の質の向上にもつながる可能性があります。しかしながら現時点で「生きがい」を持つことが平均寿命の延長を保証するわけではなく、今後研究をさらに進める必要があります。
『生きがい』というタイトルのベストセラーもあります。脳科学者の茂木健一郎氏が英語で発表し、31カ国で話題になったた『IKIGAI』を改題し、日本語訳した本です。茂木氏は、「幸福に生きる5つの条件」として、飾らず、おごらず、欲を持たず、控え目さと調和を愛し、今ここにいるという小さな喜びを大切にすることを挙げています。日本人が古来より守ってきた素朴な価値観が、世界で注目を集めているといいます。96歳で現役をつらぬく寿司職人、毎日午前2時に目覚めて仕事を始めるマグロの仲買人、下位のまま現役を続ける力士......。寡黙な実践者たちの生き方に脳科学者が着目し、世界に向けて発信した画期的日本人論と評判の一冊です。
「生きがい」の本質について、茂木氏は「〈生きがい〉とは、自分にとって意味がある、人生の喜びを発見し、定義し、楽しむということにつきる。小野の例で見たように、またこの本を通して見ていくように、人生の私的な喜びを追求することは、時には社会的な報酬に結びつくこともあるけれども、基本的には、他の誰もその特別な価値を理解しない、しかしそれでOKなのである。あなたは、自分自身の〈生きがい〉を見つけ、培い、密かにゆっくり、独自の果実を得るまで、育てていけばいい」と語っています。わたしも、「生きがい」には深い関心があります。それは「WC」の両方、つまり、ウェルビーイングにも、コンパッションにも、深く関わっていると思います。茂木氏には何度かお会いしていますが、今度お会いしたとき、ぜひ「生きがい」について意見交換させていただきたいです。
茂木さんと「生きがい」について語り合いたいです