No.1164
11月20日の夜、一条真也の映画館「KILL 超覚醒」で紹介したインド映画を鑑賞後、続けてTOHOシネマズ日比谷のレイトショーで日本のミュージカル・アニメ映画「トリツカレ男」を観ました。その評判の高さは知っていましたが、実際に鑑賞してみると、「?」と思う点が多々ありました。
ヤフーの「解説」には、「いしいしんじの小説を原作にしたミュージカルアニメ。何かに夢中になるとほかのことが目に入らなくなる男性のジュゼッペが、心を奪われた女性が抱えている心配事を解決しようと奮闘する。監督は『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』などの高橋渉。アイドルグループ『Aぇ!group』の佐野晶哉、『366日』などの上白石萌歌が声の出演を務める」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「三段跳び、探偵、歌など、何かに夢中になるたびに、ほかのことが目に入らなくなることから、町の人々から"トリツカレ男"と呼ばれるジュゼッペ。ネズミのシエロに話しかけることでネズミ語をマスターしたジュゼッペは、夢中になって昆虫採集をしていた公園で、風船売りのペチカと出会う。ペチカに心を奪われたジュゼッペは、彼女が抱えている心配事を知る。ジュゼッペは、これまで夢中になったものから習得したスキルを駆使し、シエロとともにペチカの心配事をひそかに解決していく」です。
原作小説である『トリツカレ男』いしいしんじ著(新潮文庫)は、アマゾンの内容紹介に「ジュゼッペのあだ名は『トリツカレ男』。何かに夢中になると、寝ても覚めてもそればかり。オペラ、三段跳び、サングラス集め、潮干狩り、刺繍、ハツカネズミetc.そんな彼が、寒い国からやってきた風船売りに恋をした。無口な少女の名は『ペチカ』。悲しみに凍りついた彼女の心を、ジュゼッペは、もてる技のすべてを使ってあたためようとするのだが......。まぶしくピュアなラブストーリー」と書かれています。
この映画、ネットでは異常なまでの高評価です。「『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』を超えた日本アニメの最高傑作!」とか「『国宝』を超える感動!!」といった絶賛コメントさえ目に入ってきます。わたしも「それは大変! どれほどの感動作なのか?」と興味津々で鑑賞しました。たしかに相手の幸せをひたすら願う純愛の素晴らしさを謡い上げたミュージカル・アニメで、それなりに感動もするのですが、同時に「変わった作品だな」という感想も抱きました。
作画もクセがあるというか、かなり変わっているのですが、これは監督の関係で「クレヨンしんちゃん」の影響があるのかもしれない、などと思ってしまいました。何にでも夢中になるジュゼッペですが、歌に取りつかれたときは勤めていたレストランが潰れそうになるほどの迷走ぶりでした。完全に「社会不適合者」の物語ですが、歌に夢中になっているジュゼッペがネズミのシエロと出会って、共にデュェットする冒頭シーンも相当変わっています。
そもそもミュージカルというジャンルそのものが、登場人物が突然歌って踊り出したりするので、変といえば変ですよね。常人の常識では計り知れない男の物語である「トリツカレ男」はさらに輪をかけて変で、「なんで、ここで歌うの?」という場面の連続でした。ディズニー・アニメとかならミュージカル・シーンがつねに流れの中にあり、「そうそう、ここで歌わなきゃ!」みたいな感じなのですが、「トリツカレ男」が歌うシーンはいつも意表を衝くというか唐突で、わたしを含めた観客を驚かせます。
そんなジュゼッペは風船売りの少女であるペチカに一目惚れするのですが、北の国から来たというペチカは異国の少女であり、(おそらくはフランスではないかと推測するのですが)、ジュゼッペの住んでいる国の言葉を話せません。それでもジュゼッペはペチカと仲良くなることに成功します。「一体どうして?」と不思議に思っていたら、映画の後半でジュゼッペが外国語の習得に取りつかれていたことがあり15カ国語を話せるという説明がありました。これを「ご都合主義では?」と思ったのは、わたしだけではありますまい。
ジュゼッペが恋をしたペチカには、悩みがありました。北の国からこの街にやって来たとき、街の顔役であるツイスト親分から借金をして、苦しい生活を強いられていたのです。借金の理由はペチカの母親の病気の治療のためでしたが、最初は公園で風船売りをしていたペチカはツイスト親分へのショバ代を払えず、動物園に場所を変えました。そして、ツイスト親分の本当の目的は、もっとペチカを困らせてキャバレーで働かせることだというのです。ちょっとこれは、あまりにも水商売に対して偏見があるのではないかと思いました。あと、ジュゼッペがペチカの母親の病気を治したり、ツイストと親分に気に入られる場面も「?」でしたね。
ペチカのことが好きで好きでたまらないジュゼッペですが、ペチカの心には1人の男性が棲みついていることを知ります。彼女のアイスホッケーの師であったタタンという男性です。ネタバレにならないように気をつけて書くと、タタンはどうしてもペチカに会えない理由(その理由の原因も詳しく描かれているのですが、どうも違和感をおぼえる描写でした)があります。それで冬の激寒の中、ジュゼッペがタタンに扮してペチカに会いに行くという行為を続けます。恋敵であるはずのタタンを憎むどころか、真逆の行動に出るジュゼッペの真心に感銘は受けますが、これもやはり「こんなことをして何の意味があるのか?」と思ってしまいました。
とまあ、色々と書き連ねてきましたが、わたしの心が曇っているから、こんなことを思うのかもしれませんね。ともあれ、佐野昌哉と上白石萌歌によるミュージカルの歌唱シーンは素晴らしかったです。ご都合主義が多い印象は確かにありますが、本作は大人の「おとぎ話」なのでしょう。感動の名作に変なツッコミばかりして、どうもすみませんでした。


