No.1202
1月22日、東京から北九州に戻ります。21日の夜、ヒューマントラストシネマ有楽町でアメリカ映画「グッドワン」をレイトショー鑑賞。特別な事件は何も起こらず、感動もカタルシスもありません。でも、鑑賞しながら、心がモヤモヤしました。ある意味で「ケア」がテーマだと気づきました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「父親と彼の友人と共にキャンプに出かけた少女の成長を描くヒューマンドラマ。大人と共に旅をした少女が、あるとき大人の不完全さに気づく。監督などを手掛けるのはインディア・ドナルドソン。リリー・コリアス、『カッティング・エッジ』などのジェームズ・レグロスのほか、ダニー・マッカーシーらがキャストに名を連ねる」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「17歳のサム(リリー・コリアス)は、父親のクリス(ジェームズ・レグロス)と彼の旧友マット(ダニー・マッカーシー)と共に、ニューヨーク州キャッツキル山地での2泊3日のキャンプに向かう。クリスとマットは旅の道中、ふざけ合いながらも長年のわだかまりをお互いにぶつけあってもいた。聡明なサムは彼らの子供じみた姿に半ばあきれながらも、二人の様子を見つめていた」
サムの父親であるクリスは几帳面で支配的な性格です。サムの実母とは離婚して若い女性と再婚。幼い子どもを抱えていますが、仕事も家庭もうまくいっていません。一方、元俳優のマットも離婚で生活が荒み、役者としても行き詰まっています。彼は、なんと寝袋を忘れるという準備不足のまま旅に加わっていました。最初はマットの息子もキャンプに参加するはずだったのですが、父親に反抗して同行しませんでした。行きの車内で離婚の大変さを語るマットにたいして、クリスは「結婚は妥協の連続」と言います。さらにはサムの母親である前妻より今の妻のほうがラクだと娘の前で平然と話します。サムは、息子の気持ちに無自覚なマットに「相手の気持ちを考えてみたら?」と助言しますが、彼は「いつも考えている」と投げやりに答えるだけでした。
旅路の間、クリスとマットは仲の良いふりをしながらも、長年のわだかまりもあって互いにマウントを取ろうとします。年齢よりもずっと大人で聡明なサムは、ある意味で幼稚な彼らの愚痴を聞き、また世話をやくのでした。しかし、夜になって酔い潰れてしまったクリスが寝るためにテントに入った後、マットはサムにある言葉を投げかけます。それは17歳の少女にとって非常に不快で、恐怖さえ伴うものでした。翌朝、サムはそのことを父に告げますが、父は娘への侮辱に対して怒るどころか、「忘れろ」「気にするな」「今日を楽しい日にしよう」などと言って、彼女の気持ちに向き合いません。このとき、サムの大人への信頼は裏切られ、父娘の「親子の絆」も揺らいだのでした
本作の監督を務めたのは、新世代の才能として注目されるインディア・ドナルドソン。テキスタイル業界から映画界へ転身した異色の経歴の持ち主で、トム・クルーズ主演の「カクテル」(1988年)や「13デイズ」(2000年)などを手がけた名匠ロジャー・ドナルドソン監督の娘としても有名です。「グッドワン」には彼女自身の経験も多く反映されているようですが、映画監督というのはそもそも他人を支配することが仕事のようなもの。そんな父親を持った彼女が、ざまざまなストレスを感じていたことが窺えます。それでも、彼女は映画監督になりました。8歳か9歳の頃、父と一緒にラッシュを見たそうで、「これを見るのは、すべての材料を見ること、そこからどのように作品が組み立てられていくのかを見るようなものでした。こうした環境に接していなければ、映画作りは謎のままだったでしょう。感動的な経験でしたが、同時に畏れも抱きました。自分が同じことをできるとは思えなかった。それで20代の頃は違う仕事をしていました」とインタビューで語っています。
インディア・ドナルドソンが映画製作で影響を受けた人物は、父のロジャー・ドナルドソンの他に、アメリカの女性監督ケリー・ライカートがいます。ライカート監督の代表作「オールド・ジョイ」(2006年)は男同士でキャンプをする物語で、「グッドワン」に強い影響を与えていることがわかります。ある週末、旧友のカート(ウィル・オールダム)とマーク(ダニエル・ロンドン)は再会し、オレゴン州ポートランドの東に位置するカスケード山脈へとキャンプの旅に出ます。カートがその日暮らしのヒッピー・スタイルの生活をいまだに送る一方、マークは家と真っ当な仕事を手に入れていました。旅の途中、間もなく第一子が生まれるマークは父親になるという重圧から一時的に解放されます。映画は、彼らの友情、喪失、そして疎外感の物語です。原作・脚本はジョナサン・レイモンドです。
ケリー・ライカートについて、インディア・ドナルドソンは「彼女の映画の忍耐強さが好きです。ゆっくりと展開していき、観客をとても信頼している。また、俳優とのコラボレーションも好きです。俳優の内面を引き出し、キャラクターの内面として表出させている。情動のダイナミクス、人と人との力関係を、どの作品でも彼女は探究しています。観るたびに新しい細部を発見します。そうしたディテールゆえに、彼女の作品はとても豊かで、とても生き生きとしたものになっていると思います」と、インタビューで語っています。そんなインディアの長編デビュー作である「グッドワン」は、カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)にノミネートされ、サンダンス映画祭でも審査員賞候補となるなど、国際的に高く評価されました。ネットの評価も高いです。
「グッドワン」では、サムが父であるクリスに幻滅しますが、わたしのような親父から見ると、クリスはそこまで悪い父親とも思えませんでした。もちろん娘に暴力をふるうこともなく、暴言も吐きません。高圧的に何かを命ずるというより、穏やかな口調でお願いしています。それでもサムが幻滅するのですから、なかなか難しいですね。結局は「娘からのSOS」をきちんと受け止めず、受け流したことが最悪でした。サムは生理中で、森の中でタンポンを交換したりします。女性にとって生理は日常でしょうが、わたしも含めて男性には非日常というか、理解を超えた現象です。この点、男性にとって女生とは最大の異界と言えるかもしれません。
異界といえば、アウトドアに無縁なわたしにとってキャンプ場などというのも一種の異界です。そもそも、キャンプなんかしたいと思ったことすらありません。映画にキャンプが登場するというのは、その後に起こる劇的な出来事や事件の伏線のようなイメージがあります。たとえば、素敵な異性に出会って恋に落ちたり、いきなり殺人鬼がチェンソーを持って襲ってきたり、得体の知れないモンスターやエイリアンの襲撃に遭ったり、もっと現実的な話ではクマの被害に遭ったりするなど、山にはさまざまな不安が潜んでいるわけですが、映画評論家の町山智浩氏は「何も起きませんよ。殺人鬼も素敵な異性も一切現れません」と動画で語っていました。この人の悪い癖ですが、映画を未見の者にネタバレをするのはやめていただきたいですね。いや、本当に!
「グッドワン」というのは「いい子」といった意味ですが、確かに父親という異性を「キモイ」とか言いそうな女子高生がキャンプについて行くのですから、いい子なのでしょう。自分を産んでくれた母親の悪口を言われても、サムはじっと耐えています。主人公のサムを演じた新星リリー・コリアスが素晴らしかったです。西ロサンゼルスで、ギリシャ人の父とフランス人の母の間に生まれたリリーは、ロサンゼルスのリー・ストラスバーグ・インスティテュートで演技を学んだあと、高校在学中に本作で初主演を果たし、ネクストブレイクが期待される俳優となりました。今後はA24のホラー映画でメインキャストとしての出演が決まっているとか。彼女は表情が豊かなので、これは楽しみです!
映画「グッドワン」を観ながら、わたしは「この映画はケアがテーマかも」と思いました。キャンプで訪れた山中で、サムはひたすら2人の男性のケアに努めます。食事の後片付けなども3人で一緒にすればいいのに、サムだけが行っていました。わたしは、一条真也の読書館『ケアの倫理とエンパワメント』で紹介した本の内容を思い出しました。同書には、ケアが女性のみに役割づけられている問題を指摘します。全世界の医療現場でも、医療従事者のほぼ70パーセントは女性で、その彼女らは感染に晒されるリスクが高いです。また、長期介護施設の労働者も女性が大半を占めており、OECD諸国平均で90パーセントを超えています。女性が病人を「看護」するものだという社会のステレオタイプは、日本の看護師の9割以上が女性という事実からもうかがえます。この問題について考える機会を「グッドワン」は与えてくれました。


