No.1219


 東京に来ています。2月19日、業界の会議と出版打ち合わせの間の時間を利用して、ヒューマントラストシネマ有楽町で日本映画「道行き」を観ました。モノクロームで綴られる豊かな時間を探す夢幻の旅に魅了されました。なかなか不思議な作品でしたが、ハワイアン音楽が心地良かったです。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。 「奈良県御所市を舞台に、ある青年と老人の交流を描くドラマ。購入した古民家の改修工事をする青年が、元所有者から家をめぐる出来事や地元の昔話を聞く。監督は『おばけ』などの中尾広道。『アフター・ザ・クエイク』などの渡辺大知、人形浄瑠璃文楽の人形遣いで重要無形文化財(人間国宝)の桐竹勘十郎、『花まんま』などの田村塁希のほか、細馬宏通、大塚まさじらが出演する。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「奈良県御所市にある古民家を買い取った駒井(渡辺大知)は、大阪から御所市に移り住む。古民家の改修工事をする中、元所有者の老人・梅本(桐竹勘十郎)が工事の進み具合を見に来るようになる。梅本から昔の地元の様子や古民家で起きた出来事の数々を聞くうちに、駒井にとって大事な風景が浮かび上がる」となっています。
 
 映画「道行き」は、李相日、石井裕也、早川千絵、山中瑶子ほか錚々たる映画監督を輩出してきたぴあフィルムフェスティバル(PFF)が商業デビュー作を送り出すPFFプロデュース作品です。その最新作である「道行き」の監督・脚本・編集を務めるのは、「おばけ」でPFFアワード2019グランプリを受賞、本作でJAPAN CUTS(ジャパン・カッツ)最優秀作品にあたる「大林賞」を受賞するなど海外でも高い評価を得ている中尾広道です。
 
 第41回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリに輝いた「おばけ」は、2020年公開の人間ドラマです。映画作りに没頭する男と、彼を見守る星を描きます。中尾監督は俳優として主演を務めています。星の声を、お笑いコンビ「金属バット」の小林圭輔と友保隼平が担当。バンド「ザ・クロマニヨンズ」の真島昌利がエンディング曲として「HAPPY SONG」を提供しています。誰の手も借りず一人で黙々と映画を撮っている男は、周りから奇異の目で見られ、妻と子供からはそっぽを向かれていました。そんな彼の姿を、遠い空から見守っている星がありました。

梅本老人の祖父は時計職人だった


 
 映画「道行き」のテーマは、「時間は進み続ける汽車のようなもので、私たちはいつも違う駅で降りなければならない」というものです。改修される古民家では、もともと時計の修理業が営まれていました。元所有者である老人・梅本(桐竹勘十郎)の祖父が時計を修理する職人で、幼かった梅本少年はいつも祖父から時計に関する話を聴いていました。それも、忍者が猫の目を時計代わりに使っていたなどという本当か嘘かわからないようなユニークなものばかりでした。祖父は、夜になると江戸時代の時計の音を聴きながら、自宅の庭をじっと眺めていたそうです。なんという贅沢な時間!

名演技を見せた3代目桐竹勘十郎


 
 その梅本を演じたのは、3代目桐竹勘十郎です。1953年、2代目の子として大阪市に生まれました。本名・宮永豊実。姉は女優の三林京子。1967年文楽協会人形部研究生となり、1968年に3代目吉田簑助に師事し、吉田簑太郎を名乗り、4月に大阪毎日ホールで初舞台。師匠から女形の芸、父から男役の芸を学びました。2003年、父の名を継いで3代目勘十郎を襲名。2008年、芸術選奨文部科学大臣賞受賞、紫綬褒章受章。2010年3月に日本芸術院賞受賞。2016年、毎日芸術賞受賞。 2021年、重要無形文化財保持者・人形浄瑠璃文楽人形の各個認定(いわゆる人間国宝)に認定されています。

駒井に「時間」の話をする梅本


 
 俳優としての3代目桐竹勘十郎は渋みがあって、素晴らしい演技を見せてくれました。映画の冒頭で、彼が演じる梅本は、渡辺大知が演じる駒井に時間の話をします。彼は、「月をはじめとする天体の運行が時間の概念を作った」ことを説明します。梅本と駒井は夜になると日本酒の熱燗を飲みながら四方山話をするのですが、あるとき、梅本が「月を見に散歩しませんか?」と駒井を誘います。じつは、時計職人だった梅本の祖父が常連客とよく月夜の散歩をしていたのでした。わたしは、この場面を見て、昨年5月30日に亡くなった宗教哲学者の鎌田東二先生と天河大弁財天で月を見上げながら夜道を散歩したことを思い出しました。

デュルケムと「時間」の考察


 
 梅本が語る「時間」という概念の誕生秘話を聴いて、わたしは社会学者エミール・デュルケムのことを思いました。一条真也の読書館『宗教生活の原初形態』で紹介した本の中で、デュルケムは「さまざまな時限を区分して、初めて時間なるものを考察してみることができる」と述べています。これにならい、わたしは「儀式を行うことによって、人間は初めて人生を認識できる」と考えました。儀式とは世界における時間の初期設定であり、時間を区切ることです。それは時間を肯定することであり、ひいては人生を肯定することなのです。さまざまな儀式がなければ、人間は時間も人生も認識することはできません。まさに、「儀式なくして人生なし」です。

人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)


 
 さらに、時間と儀式の関係について考えてみたいと思います。儀式の果たす主な役割には「時間を生み出すこと」があります。日本における儀式あるいは儀礼は、「人生儀礼」(冠婚葬)と「年中行事」(祭)の2種類に大別できますが、これらの儀式は「時間を生み出す」役割を持っていました。「時間を生み出す」という儀式の役割は「時間を楽しむ」や「時間を愛でる」にも通じます。拙著『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)に詳しく書きましたが、日本には「春夏秋冬」の四季があります。わたしは、冠婚葬祭は「人生の四季」だと考えています。七五三や成人式、長寿祝いといった儀式は人生の季節であり、人生の駅です。

鉄道は「時間」のメタファーである!


 
 映画「道行き」には鉄道や駅が登場しますが、それは時間の流れのメタファーでもあります。セレモニーも、シーズンも、ステーションも、結局は切れ目のない流れに句読点を打つことにほかなりません。わたしたちは、季語のある俳句という文化のように、儀式によって人生という時間を愛でているのかもしれません。それはそのまま、人生を肯定することにつながります。未知の超高齢社会を迎えた本人には「老いる覚悟」と「死ぬ覚悟」が求められます。それは、とりもなおさず「人生を修める覚悟」でもあるのです。
 
 最後に、映画「道行き」では、日本におけるハワイアン音楽の第一人者であった「バッキー白片」の名前が登場します。じつは、わたしの父が彼のファンで、幼少期に住んだ松柏園ホテルに隣接した自宅の応接間には、バッキー白片とアロハ・ハワイアンズのLPレコードがありました。子どもの頃、よくそれを4チャンネルステレオ(なつかしい!)で聴いた思い出があります。人生という道を肩の力を抜いて行くためには、ハワイアン音楽のBGMは最高ですね!