No.1258


 日本映画「幕末ヒポクラテスたち」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。この作品は、京都府立医大の150周年記念映画だそうです。医療時代劇といえる内容のヒューマンドラマでしたが、なかなか面白かったです。主演の佐々木蔵之介の熱演が光ってました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「幕末の京都を舞台に、貧富や立場に関係なく人々を救おうとする医師たちの奮闘を描く医療時代劇。稲垣浩監督作『ふんどし医者』を原案に『ヒポクラテスたち』などの大森一樹監督が遺した企画を、かつて同監督の現場に携わった『独立少年合唱団』などの緒方明監督が完成させた。長崎で西洋医学を学んだ蘭方医を『超高速!参勤交代』シリーズなどの佐々木蔵之介、彼のライバルである漢方医を大森監督作『ヒポクラテスたち』などの内藤剛志が演じるほか、藤原季節、藤野涼子、真木よう子、柄本明らが共演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「幕末、京都のとある村。長崎で西洋医学を学んだ蘭方医・大倉太吉(佐々木蔵之介)は、貧富や立場の区別なく人々を救おうと多忙な日々を過ごしていた。一方、『どんな病も葛根湯』が口癖の漢方医・玄斎(内藤剛志)とは犬猿の仲で、二人は顔を合わせるたびに悪口を言い合っていた。あるとき気性の荒い青年・新左(藤原季節)が瀕死の重傷を負い、太吉は彼を救うべく飯屋の食台(テーブル)での手術に挑む」
 
 本作では、蘭方医と漢方医がいがみ合うシーンが何度も出てきますが、ともに「患者を治したい」という想いは同じです。蘭方医に代表される西洋医学、漢方医に代表される東洋医学の両方に長所と短所があります。しかし、怪我などの外科手術が必要な場合は西洋医学に頼らなければなりません。そのへんを本作はうまく描いていました。驚いたのは新撰組が蘭方医のことを「夷狄の妖術を使って、倒幕を企んでいる」などと決めつけ、太吉を斬ろうとした場面です。苦しんでいる患者を治療している太吉を斬るなどとは言語道断。もちろん誇張もあるのでしょうが、そんな無知で野蛮な集団だったのかと思うと、新撰組のイメージが変わります!
 
 本作では、幕末の京都の田舎で腸チフスが流行した様子が描かれています。幕末(1850〜60年代)の日本は、開国に伴う外国船の来航により、コレラ(コロリ)が大流行し、致死率60〜70%と猛威を振るいました。江戸では麻疹(はしか)で1万人以上が死亡し、地震や飢饉も重なって、短期間に多数の命が失われる大混乱の時代でした。 天然痘(疱瘡)も恐ろしい感染症でしたが、佐賀藩(鍋島藩)が主導して実施した先進的なワクチン(痘苗)接種の歴史は非常に有名です。幕末は感染症が流行しやすい時代であり、特に天然痘は乳幼児を中心に高い死亡率を誇り、生き残っても顔に「あばた」が残る恐ろしい病でした。その他、麻疹(はしか)も流行し、人々を恐怖に陥れていました。
 
 太吉が『解体新書』を大事に読み、それを弟子となった新左に渡す場面があるのですが、印象に残りました。印刷術が発達しておらず、本といえば書き写していた時代の蘭方医にとって『解体新書』がいかに貴重な本であったか。同書は、1774年(安永3年)に刊行された、日本初の本格的な西洋医学の翻訳書です。 ドイツの医師クルムスが著した解剖学書のオランダ語訳版『ターヘル・アナトミア』を、江戸時代の医師・杉田玄白や前野良沢らが翻訳しました。それまで中国の伝統医学(漢方)が中心だった日本に、実証的な西洋解剖学を初めて体系的に紹介。当時の日本語にはなかった概念を翻訳するため、「神経」「軟骨」「門脈」といった現在も使われている多くの医学用語がこの時に造られました。
 
 本作「幕末ヒポクラテスたち」は、1980年公開の日本映画「ヒポクラテスたち」へのオマージュ的作品となっています。同作は、京都府立医大を卒業した大森一樹監督が自らの体験をもとに、大学病院に学ぶ若者たちをいきいきと描いた青春群像です。京都・洛北医科大学。医学生の最終学年は臨床実習にあてられ、6~7人のグループに分けられます。同じグループになった主人公の荻野愛作(古尾谷雅人)ら7人は様々な不安や問題を抱えながらも、臨床実習を通じて次第に医者の卵として成長していくのでした。同作は日本アート・シアター・ギルド(ATG)の作品ですが、わたしが大学生時代に早稲田のレンタルビデオ店にATGの映画ビデオが全作品置かれていたので、片っ端から観た思い出があります。「ヒポクラテスたち」も観ました。
 
 タイトルにある「ヒポクラテス」とは、紀元前460年頃~377年頃のは古代ギリシャの医師の名前です。ヒポクラテスは、病気の原因を神の罰や呪術ではなく「自然現象」として捉え、科学的な医学の基礎を築いた「医学の父」と呼ばれます。また、医師の倫理観である「ヒポクラテスの誓い」の原点を作ったことでも知られます。「ヒポクラテスの誓い」は、ヒポクラテスとその弟子たちがまとめた、医師の職業倫理に関する誓約で、紀元前5世紀頃に作られました。患者の生命と健康の保持、守秘義務、教育への貢献、医師としての倫理的態度を求めたもので、現代の「ジュネーブ宣言」の基礎ともなっています。
 
 最後に、太吉の自宅を兼ねた病院の隣に棺桶職人が住んでいて、毎日、棺桶作りに励んでいるのが興味深かったです。普通なら、太吉の一家は「縁起でもない」とか「医者の隣で棺桶なんか作るなんて」と文句を言いそうなものですが、そんなことはありませんでした。「いつかは誰でも棺桶のお世話になる」という考え方です。病院には僧侶も出入りするのですが、そこでは「病」と「死」が無理なく繋がっているのです。考えてみれば、どんなに医学が発達して難病が治癒したとしても、最終的に死なない人間はいません。その当たり前のことを本作は描いているのですが、これが医大の創立150周年記念作品だという事実に、しみじみと感動しました。