No.1212
「ユースフル・ゴースト」という新作映画がヒューマントラストシネマ有楽町で上映されています。次回の東京出張の際に観たいと思っているのですが、舞台がタイで幽霊妻の物語とのこと。タイが舞台の愛妻のゴーストストーリーといえば「愛しのゴースト」という2013年の大ヒット作があります。わたしは未見だったので、U-NEXTで鑑賞しました。ちょっとドタバタのコメディ要素が強すぎて、わたしの好みではありませんが、死さえも超える夫婦愛はドラマティックに描かれていました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「今まで繰り返し映画化されてきたタイの有名な怪談をリメイクし、タイで大ヒットしたラブストーリー。命からがら戦地から戻った夫と、彼を出迎える最愛の妻の切ない宿命を恐怖と笑いを交えて活写する。心優しい帰還兵を『ミウの歌』のマリオ・マウラーが演じ、その妻をタイのモデルのダビカ・ホーンが好演。怖さと笑いの両方が次々と押し寄せ、最後は号泣必至の物語に熱狂する」
ヤフーの「あらすじ」は、「マーク(マリオ・マウラー)は戦火をくぐり抜け、仲間たちと戦場から生まれ故郷の村に戻って来る。彼は妻ナーク(ダビカ・ホーン)との再会に歓喜するが、すでに亡くなった彼女がゴーストとなって現世にとどまっていると村人たちがうわさしているのを知る。心から妻を愛していたマークは、逆に本当は死んでいるのは自分と仲間たちではないかと考え始め・・・・・・」とあります。
本作は、タイのバンコクに伝わる有名な怪談「プラカノーンのメー・ナーク」という民話に基づいています。メー・ナーク(ナークお母さん)という人物は地元バンコクでは実在の人物と考えられており、その死後、夫恋しさのあまりにピー(精霊)となって現れ、プラカノーンの村に災いをもたらしたとされています。1999年に公開されたホラー映画「ナン・ナーク」、2012年に公開された最新シリーズ「メー・ナーク」でも描かれましたが、ロマンチックで悲劇的なホラー映画では、メー・ナークの魂が、異次元の平原を歩きながら夫を呼び続けます。いわゆる「ピー・プラーイ」(悪霊とされている、難産で死亡した女性の霊)ですが、地元の人以外では「ナーン・ナーク」、あるいは「ナン・ナーク」(ナーク夫人)という名で親しまれています。
本作でゴースト妻のナークを演じるダビカ・ホーンは、とても綺麗でした。でも、マリオ・マウラー演じる夫のマークがいるのに、彼の戦友たちが「かわいい!」とか「やりたい!」などと言うのはあまりにもモラルに欠けていると思いました。幽霊などより、モラルのない生きている人間の方がよっぽど怖いです。そんな戦友たちは、ナークによってたっぷり怖い思いをさせられます。まあ、どうということはないゴーストストーリーですが、「死んでも、あなたと一緒にいたい」という切ない女心には泣けます。死んでも妻が幽霊の姿で待ってくれる夫は幸せですね。
日本にも「死んでも、あなたを待っています」という妻の物語で有名なものがあります。「浅茅が宿」です。江戸時代後期の読本作家である上田秋成が著した傑作怪異小説集『雨月物語』(安永5年/1776年刊行)に収録されている短編の1つです。「浅茅が宿」という言葉自体には、「茅(ちがや)が生い茂るほどに荒れ果てた、粗末で寂しい住まい」という意味があります。本作は、戦乱に翻弄された夫婦の哀しい愛と、怪異を美しく描いた古典文学の名作として知られています。中国の怪異小説『剪灯新話』にある「愛卿伝」などがモチーフですが、秋成はこれを『今昔物語』などの日本の古典文学の情緒とうまく融合させました。
「浅茅が宿」に登場する幽霊は恐ろしい悪霊ではなく、「愛する人を待ち続けた妻の執念と哀愁」描かれるため、読後に深い感動と切なさを残します。後世の芸術にも大きな影響を与えています。特に1953年の溝口健二監督の世界的名作「雨月物語」(ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞)の主要なベースとなりました。劇中の戦国大名への憧れから妻の若狭・阿浜らを残して出かける物語です。また、宝塚歌劇団でも「浅茅が宿ー秋成幻想ー」としてミュージカル化されています。ようやく再会できた愛妻がすでにこの世を去った幽霊であったことを知り、激しい悲しみに襲われ大声をあげて泣き崩れる男の姿は国や民族や宗教を超えて、世界中の人々の心を打ちます。きっと、映画「愛しのゴースト」もそんな普遍的な愛の物語を目指したのでしょう。


