HOME

「しらぬひ」

No.1385

日本のアニメ映画「しらぬひ」をT・ジョイリバーウォーク北九州で観ました。上映時間わずか36分の作品ですが、強烈なインパクトを受けました。舞台は熊本の海辺の町です。当然ながら、令和8年熊本地震の犠牲者および被災者の方々を想い、祈りを込めながら鑑賞しました。

ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「酒浸りの父と暮らす10歳の少年が、愛を求めながらもすれ違い、憎しみにのまれていく短編アニメーション。フリーの映像作家として活動している片野坂亮が監督・脚本などを手掛け、『君の名は。』などのコミックス・ウェーブ・フィルムがアニメーション制作、アニメ『ユーリ!!! on ICE』などの梅林太郎が音楽を担当。『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』シリーズなどのあのが主人公の声を務めるほか、花澤香菜、三木眞一郎らがボイスキャストに名を連ねる」

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「1996年、熊本の海辺の町。10歳の少年・湊は幼少期に母が家を出て以降、酒浸りの父・マサルと二人きりで暮らしていた。海辺の祠に宿る少女の神様“べんちゃん”と過ごす時間が、彼にとって唯一の心のよりどころだったが、あるとき湊が一時保護されることになり、べんちゃんとの別れがやってくる。湊は一つだけ願いをかなえてくれるという不思議な光“しらぬひ”に祈りをささげるが、それは後戻りできないのろいへと変わっていく」

10歳の少年・湊は、愛する母親が家を出て行った寂しさに加えて、アルコール中毒の父親からのネグレクトと暴力によってグリーフに満ちた毎日を送っています。児童相談所のはからいで養護施設に入ることになりました。彼はいつも母親が残していったクジラ型のガラスのイヤリングを大切にしていましたが、その宝物を父親から踏み潰されてしまい、泣き叫びます。子どもゆえに無力な自分を恨み、孤独の闇の底に沈んでいく湊の姿を見て、わたしは「この子は、52ヘルツのクジラだ!」と思いました。そう、 一条真也の読書館『52ヘルツのクジラたち』で紹介した町田そのこ氏の小説、一条真也の映画館「52ヘルツのクジラたち」で紹介した2024年の日本映画を連想したのです。そして、わたしは「ぜひ、町田さんに『しらぬひ』を観てほしい!」と思いました。

本屋大賞受賞作品である町田氏の『52ヘルツのクジラたち』を読んだときは、「これはまた非常に重いテーマを扱っているな」と思いました。それも、児童虐待、ネグレクト、モラハラ、DV、LGBT、介護・・・現代社会の課題となっているさまざまなテーマがいくつも扱われています。「ちょっと詰め込み過ぎでは?」と思えたほどですが、サスペンスフルな物語の中にそれらは無理なく溶け込んでいました。この物語には、虐待をはじめ、さまざまな辛い体験のさ中にある人々の「声が届かない悲しみ」「声を聞いてもらえない絶望感」が満ち溢れています。今も、多くの人々が「叫んでも届かない悩み」「聞いてほしくても言えない悩み」を抱えて、52ヘルツの声を上げながら生きているのです。

「52ヘルツのクジラ」とは、他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラのことです。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かず、何も届けられません。そのため、世界で一番孤独な存在だと言われているのです。心に重い石を抱えてひっそりと生きるのは辛いことですが、死なずに生きていれば、その石をどかしてくれ、52ヘルツの声を聞き取ってくれる人が現れる可能性があります。それは、自身も同じ体験をした人です。52ヘルツの声を上げつづけた人こそが、他人の52ヘルツの声をキャッチし、そして、他人の絶望を希望に変えることができるのです。

本作「しらぬひ」の主人公である湊には、自身が上げつづける52ヘルツの声をキャッチしてくれる人がいません。彼が心許せるのは、イマジナリー・フレンドのような少女の神様“べんちゃん”(弁財天?)だけです。いや、かつては1人だけ彼のように52ヘルツの声を上げる人がいました。湊の母親です。本作の冒頭に登場する彼女は、耳につけたクジラのイヤリングを揺らしながら、「お母さんね、クジラになってみたいの。そして、遠くの海に行きたいの」と言うのでした。その母も家を出てしまい、もういません。湊の前には、酒乱の父親しかいないのです。

本作のテーマは、「祈りは時に呪いになる」です。
わたしは、現代社会は「呪いの時代」の中にあると思っています。世界も日本も、「呪い」の応酬がすさまじい状況になっています。アメリカとイラン、ロシアとウクライナ、与党と野党・・・それぞれが相手を完全破壊すべく、「呪い」を仕掛け合っています。ネット社会での個人の誹謗中傷、学校でのいじめ、会社でのハラスメントも立派な「呪い」です。「呪い」の反対は「祝い」です。サーブとしての「祝い」には、ものすごい力があります。「祝」に似た字に「呪」がありますが、どちらも「兄」とつきます。漢字学の第一人者だった白川静によれば、「呪」も「祝」も神職者に関わる字であり、「まじない」の意味を持ちます。「呪い」も「祝い」ももともと言葉が「告(の)る」つまり「言葉を使う」という意味です。

 

心の負のエネルギーが「呪い」であり、相手を全否定し、闇をもたらします。一方、心の正のエネルギーが「祝い」であり、相手を全肯定し、光をもたらします。ネガティブな「呪い」を解く最高の方法とは、冠婚葬祭に代表される「祝い」を行うことなのです。「呪い」を「祝い」によって解くことは、暗闇を太陽の光が照らすようなものではないでしょうか。わが社の冠婚施設では、結婚披露宴のみならず、長寿祝い、厄除け祝い、還暦祝いなどが開かれ、多くの方々が参加しています。経済的事情などから「祝われる」ことが難しい児童養護施設のお子さんには七五三や成人式の晴れ着を無償でレンタルさせていただいています。これから児童養護施設に入る湊は、施設の小さな子たちの七五三を祝い、お兄さんやお姉さんの成人式を祝うのでしょうか?

七五三は不安定な存在である子どもが次第に社会の一員として受け容れられていくための大切な通過儀礼です。成人式はさらに「あなたは社会人になった」というメッセージを伝える場であり、新成人はここまで育ててくれた親や地域社会の人々へ感謝をする場です。長寿祝いも含めて、すべての通過儀礼は「あなたが生まれたことは正しい」「あなたの成長をこの世界は祝福している」という存在肯定のセレモニーです。万物に光を降り注ぐ太陽のように、わが社は万人に儀式を提供するという志を抱いています。これからも、「おめでとう」と「ありがとう」の声、心のサーブと心のレシーブが行き交う「心ゆたかな社会」の実現をめざしたいです。そんな社会には、人を思いやり、感謝する心が育まれます。

最後に、どちらかというと苦手なタレントさんである「あの」ちゃんが湊の声を担当していましたが、素晴らしかったです。じつは、わたしは彼女の声に作為を感じてしまい好感度が低かったのですが、本作では湊の悲嘆と孤独と絶望を見事に声で表現していました。完全に、彼女のイメージが変わりました。もしかして、あのちゃんの声って52ヘルツ?

HOME
Copyright © 2017 - 2022 Shinya Ichijyo’s Movie Theater All right reserved.