日本映画「白鳥とコウモリ」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。ここ最近、一条真也の映画館「私はあなたを知らない、」、「時には懺悔を」で紹介した日本映画を観ましたが、両作と同じく本作も重量級の感動作でした。原作者の東野圭吾氏は7月23日に大腸がんのため68歳で逝去されましたが、四十九日を迎える直前にこの名作が公開されたことは故人にとって最高の供養になると思います。
ヤフーの「解説」には、「東野圭吾の小説を原作に、すでに解決済みの殺人事件の真相を究明するミステリー。ある善良な弁護士が刺殺され、一人の男性の自供により解決したはずの事件に、容疑者の息子と被害者の娘がそれぞれ不自然さを感じる。監督を手掛けるのは『サンセット・サンライズ』などの岸善幸。『夜明けのすべて』などの松村北斗、NHKの連続テレビ小説『あんぱん』などの今田美桜のほか、中村芝翫、三浦友和らがキャストに名を連ねる」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、「あるとき誠実な弁護士の白石健介(中村芝翫)が刺殺される事件が起きる。容疑者として名前があがった倉木達郎(三浦友和)の自供によって事件は解決したかに見えた。しかし容疑者の息子である倉木和真(松村北斗)と、被害者の娘である白石美令(今田美桜)は、自分たちの父親の言動に違和感を覚える」となっています。
原作は上下巻として幻冬舎文庫から刊行されています。上巻は、アマゾンに「新たなる最高傑作、待望の文庫化!」として、「二〇一七年、東京竹芝で善良な弁護士、白石健介の遺体が発見された。捜査線上に浮かんだ倉木達郎は、一九八四年に愛知で起きた金融業者殺害事件と繋がりがある人物だった。そんな中、突然倉木が二つの事件の犯人と自供。事件は解決したと思えたが。『あなたのお父さんは嘘をついています』。被害者の娘と加害者の息子は、互いの父の言動に違和感を抱く」と内容紹介されています。
下巻は、アマゾンに「父の死に疑問を持つ美令と父の自供に納得できない和真。事件の蚊帳の外の二人は‶父の真実″を調べるため、捜査一課の五代の知恵を借り禁断の逢瀬を重ねる。過去と現在、東京と愛知、健介と達郎を繋ぐものは何か。やがて美令と和真は、ふたり愛知へ向かうが、待ち受けていた真実は――。光と影、昼と夜。果たして彼等は手を繋いで、同じ空を飛べるのか」と内容紹介されています。
本作はミステリーですので、ネタバレを防ぐため、細かいストーリー紹介などは控えます。でも、東野圭吾原作で、主演が松村北斗と今田美桜と知ったときから本作を観るのを楽しみにしていました。だって、絶対にハズレなさそうではないですか。実際、素晴らしいヒューマンドラマでした。「被害者家族のグリーフ」と「容疑者家族のグリーフ」が結ばれて互いにケアされるという「奇跡のようなグリーフケア映画」でした。わたしの好きな松村北斗も良かったですが、本作のMVPは何といっても今田美桜。本当に演技力のある素晴らしい女優さんになりましたね。彼女の大きな瞳が涙でいっぱいになるラストシーンでは、思わず貰い泣きしました。
もちろんW主演の松村北斗と今田美桜も素晴らしかったのですが、柄本祐、風吹ジュン、吉田羊といった他の役者たちも存在感を示していました。特に、殺人事件の容疑者を演じた三浦友和が良かったですね。わたしは小学生の頃に山口百恵の大ファンだったのですが、彼女と結婚した三浦友和のことも好きでした。絵に描いたような好青年で、なんとなく「聖人のような人に違いない」と思い込んでいました。本作で彼が演じた人物がまさに聖人そのもので、わたしの中の三浦友和のイメージと100%マッチして嬉しくなってしまいました。しかしながら、「利他」という徳を実践することは尊いですが、それによって自分の大切な家族の心を傷つけてしまうのは良くないとも思いました。
現在、一条真也の映画館「オデュッセイア」をはじめとするハリウッド映画の話題作も多く公開されていますが、日本映画の底力は凄いですね。わたしは、これまで日本映画界を牽引する若手女優として、有村架純、広瀬すず、浜辺美波がトップランナーだと思っていましたが、本作を観て今田美桜が加わりました。今回の彼女は、感情が表に出すぎない抑えた演技で、最後の最後で感情を見せるところが最高でした。それと、ここだけの話ですが、ちょっとわたしの次女に似ていると思いました。次女は東京でOLとして頑張っていますが、「元気にしてるかな?」と急に気になってきました。
タイトルの「白鳥とコウモリ」ですが、登場人物たちが持つ「二面性」や「表と裏の顔」を象徴しているようですね。白鳥とは、優雅で美しい「表の顔」や、周囲から見えている善良な姿を表しています。コウモリとは、暗闇の中で生きる「裏の顔」や、世間に隠された秘密や別の側面を表しています。この物語の中では、被害者である善良な弁護士と、容疑者として逮捕された男、それぞれの父親が隠していた「光と影」が対比的に描かれています。
ブログ「東野圭吾、逝く。」で書いたように、現代日本を代表するミステリー作家が逝去されました。もう東野氏の新作を読むことはできません。そのこと自体は残念ですが、本人も最高傑作と認めた作品が映画化され、日本映画史に残る大傑作が生まれたのは、故人に対する最高の供養ではないでしょうか。わたしは、本作を観ながら「東野圭吾さんは幸せな作家人生を送られたなあ」としみじみと思いました。そして、偉大な作家のご冥福を祈りました。多くの東野ファンも同じようにされたのではないでしょうか。そのとき、映画鑑賞は葬送儀礼となり、映画館はセレモニーホールと化したのです。