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「大統領のケーキ」

No.1372

8月4日、一条真也の映画館「ヒトラーの毒見役」で紹介したイタリア・スイス・ベルギー合作映画をKBCシネマで観た後、続いてアメリカ・イラク・カタールの合作映画「大統領のケーキ」を観ました。さまざまな社会の矛盾が凝縮されたような内容で重い気分になりましたが、主人公の少女ラミアを務めたバニーン・アフマド・ナイエフの可憐さに救われました。

ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ハサン・ハーディ監督が自身の体験を基に、1990年代の独裁政権下のイラクを舞台に少女の奮闘を描くヒューマンドラマ。フセイン大統領の誕生日を祝うケーキ係に選出されたある少女がクラスメートの協力を得て、ケーキの材料を集めるために町を飛び回る。バニーン・アフマド・ナイエフ、サジャード・モハマド・カーセムをはじめ、出演者全員が演技未経験者で構成されている」

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「フセイン大統領の誕生日祝いのケーキを準備する係に、祖母と二人暮らしの9歳のラミアがくじ引きで選ばれる。翌朝祖母に伴われ、父の形見の時計と友だちの雄鶏ヒンディと一緒にラミアは町に出るが、そこで祖母の狙いが自分を養子に出すことだと知る。逃げ出したラミアは、同級生のサイードと協力してケーキの材料を必死に集めようとする」

1990年代、戦争と食糧不足に苦しむイラク。フセイン大統領の誕生日を祝うケーキを作るよう各学校に命令が下り、9歳の少女ラミアがくじ引きで「ケーキ係」に指名されます。なんだか名誉な役目のように思えますが、まったく逆の罰に等しい指名でした。というのも、当時のイラクはクウェート侵攻によって国際社会から経済制裁を受けており、砂糖をはじめとするケーキの原材料が調達できないからです。加えて、ラミアは祖母と極貧の二人暮らしをしていたのです。ケーキを用意できないと重い罰が待つ中、食材すら満足にない祖母と暮らすラミアは、サイードと協力して自ら材料を集めるため町を駆け巡るのでした。サイード以外でラミアを助ける親切な登場人物はなんと1人だけ。後は自分たちのことだけを考える利己的な人物しか登場しません。彼らはみんなイスラム教徒ですが、開祖ムハンマドは他人への「思いやり」を説いたはずですが……。

この映画は基本的に重くて暗い内容なのですが、冒頭に途方もなく美しい映像が流れます。イラク南部に広がるアフワール(イラク湖沼地帯)の光景です。アフワールは、チグリス川とユーユーフラテス川の下流に形成された世界最大級の内陸デルタ湿地帯です。2016年に「南イラクのアフワール:生物の避難所と古代メソポタミア都市景観の残影」として、自然と文化の両方の価値が認められた世界複合遺産に登録されました。極度に乾燥した砂漠気候の中にありながら豊かな水環境を持ち、数千年にわたり独自の文明と生態系を育んできた奇跡的な場所です。本作では、今ではかなり失われてしまったとされるアフワールの水上生活が描かれており、素晴らしい映像美を見せてくれます。

それにしても自分が起こした戦争によって国民が食料不足に苦しんでいるというのに、フセイン大統領が自身の誕生日を祝うケーキを作るよう、国内の各学校に命じたというのが信じられません。本作の鑑賞前に「ヒトラーの毒見役」を観ましたが、あのヒトラーだって自国民をさらに苦しめる命令など下さないはずです。クラスのくじ引きでは、極貧の少女ラミアがケーキ係に指名されます。身障者の父親と二人暮らしのこれまた極貧生活を送る同級生サイードは「大統領の誕生日を祝う果物」を調達することになります。もし、用意できなければ重い罰が待っていますが、用意できたとしても、ケーキや果物を食べるのは大統領ではなく学校の担任教師なのです。あまりにも馬鹿げた話ですが、これはハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描き出しているのです。

長引く戦争によって映画産業の発展が遅れたイラクでしたが、本作は第98回アカデミー賞・国際長編映画賞のショートリストに選出され、第78回カンヌ国際映画祭で新人監督賞(カメラ・ドール)、監督週間観客賞の2冠を果たすという、イラク映画史上初の快挙を次々と達成。ハーディ監督は、キャストに演技未経験者を起用し、監督自身の体験をもとに当時の過酷な現実と子供たちのたくましさをリアルに描きました。監督は、「映画の多くの部分は、私自身の個人的なストーリーや私自身に起きたこと、あるいは家族、友人、親戚の身に起きたことです。ですから、大半は実際の出来事から着想を得ています。そのため、多くのことをゼロから作り出す必要はありませんでした。ただ、それらをいかに正しい方法で表現するかを知る必要がありました。インパクトがあり、人々の記憶に残り、かつ芸術的な方法で表現することが重要でした」とインタビューで語っています。

本作では、巨大な理不尽に立ち向かうラミアを演じたバニーン・アハマド・ナーイフの存在感が素晴らしかったです。本作の公式HPで、ゲームクリエイターの小島秀夫氏は子どもの頃にイタリア映画「自転車泥棒」(1948年)を観た時の衝撃を思い出したと告白しています。小島氏は、「独裁者の誕生日を祝うまでの2日間。少女を追い込む時代、社会、貧困、政治、盲目状態の大人たち。無謀な“ケーキ創り”に奔走し、追い込まれる少女の無垢な姿に、胸が潰されそうになる。『そんな事はしなくてもいいんだよ』。何度、スクリーンの彼女に向かって叫んだろうか」と述べます。小島氏が挙げた「自転車泥棒」をはじめ、「禁じられた遊び」(1952年)、「ミツバチのささやき」(1973年)、「パンズ・ラビリンス」(2006年)……子どもの目から見を通して世界の歪みを描いた一連の作品群に本作「大統領のケーキ」が加わりました。

本作で誕生日を祝われる大統領とは、サダム・フセインです。1979年から2003年までイラク共和国の第5代大統領を務めました。1937年、イラク生まれ。政治家としてはバアス党の有力者として頭角を現し、1979年に大統領に就任。強力な独裁体制を敷きました。イラン・イラク戦争(1980年〜1988年)を開始。1990年にクウェートへ侵攻し、翌年の湾岸戦争を引き起こしました。2003年のイラク戦争によってバアス党政権が崩壊。自身は逃亡の末に米軍に拘束されました。イラク高等法廷による裁判で、1982年にドゥジャイルでシーア派住民148人を殺害した罪(人道に対する罪)などで死刑判決を受け、2006年12月に絞首刑が執行されました。本作の最後にフセインのバースデー・パーティーの映像が流れますが、巨大なケーキには「50」という数字が見えます。権力の絶頂期にあったこの年、彼は50歳になったのですね。その19年後、69歳で絞首刑になったわけです。ヒトラーもフセインもそうですが、まさに驕れる者は久しからず。現在継続中の戦争指導者たちはこれからどうなるのでしょうか?

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