盆休みの最終日、フランス・カナダ合作映画「マーターズ」のDVDを観ました。2008年の作品ですが、現在、日本の一部劇場で4Kデジタルリマスター版でリバイバル上映されています。来年あたりにホラー映画の本を書く予定があるので、未見の名作チェックとして鑑賞しました。わたしの嫌いなスプラッター・ホラーでしたが、「よくぞ、ここまで悪趣味な映画が作れたな!」と衝撃を受けました。
「マーターズ」は、フランスのパスカル・ロジェ監督が2008年に手がけ、2009年の日本公開時、その過激な描写と予測不能な展開で賛否を巻き起こしたフレンチホラーです。本作にはリュシーとアンナという2人の少女が登場しますが、それぞれミレーヌ・ジャンパノイ、モルジャーナ・アラウィが演じています。後に映画監督として注目を集めるグザビエ・ドランも出演。一条真也の映画館「サブスタンス」で紹介したコラリー・ファルジャ監督作品やジュリア・デュクルノー監督「TITANE チタン」など、後に続く映画作家にも影響を与えた作品として知られています。
1970年代初頭のフランス。長く行方不明だった少女リュシー(ミレーヌ・ジャンパノイ)が、傷だらけで衰弱した姿で発見されます。何者かに監禁・虐待されていた彼女は、自力で脱出したのでした。それから15年後、平穏な一家の屋敷に、猟銃を構えたリュシーが現れます。自分を苦しめた犯人を見つけたと確信した彼女は、引き金を引きます。成すべきことを終えたリュシーから連絡を受けて屋敷に駆けつけた親友アンナ(モルジャーナ・アラウィ)は、その惨状に思わず目を背けます。死体を処理し、立ち去ろうとした2人でしたが、その先で予測もしなかった真実を突きつけられます。
世に「胸糞映画」という言葉がありますが、本作「マーターズ」はまさに胸糞映画のチャンピオン・クラスです。鮮血飛び散るスプラッター・シーンはもちろん、人間の尊厳など一片もない鬼畜たちの所業に震え上がりました。本作の公開時には「これは本当に公開して良いものなのか?」というキャッチコピーが話題となり、DVD化の際には「これは本当にDVD化して良いものなのか?」というコピーが使われました。本当に、そんな気分です。現在、アマゾンプライムで配信されていますが、これは本当に配信して良いものなのでしょうか? アマゾンの悪意さえ感じてしまいますね。
「マーターズ」の残酷描写と絶望感から、1997年のオーストリア映画「ファニーゲーム」を連想しました。ミヒャエル・ハネケ監督作品です。穏やかな夏の午後。バカンスのため湖のほとりの別荘へと向かうショーバー一家。車に乗っているのはゲオルグと妻アナ、息子のショルシ、それに愛犬のロルフィー。別荘に着いた一家は明日のボート・セーリングの準備を始めます。そこへペーターと名乗る見知らぬ若者がやって来ました。はじめ礼儀正しい態度を見せていたペーターでしたが、もう1人パウルが姿を現す頃にはその態度は豹変し横柄で不愉快なものとなっていました。やがて、2人はゲオルグの膝をゴルフクラブで打ち砕くと、突然一家の皆殺しを宣言、一家はパウルとペーターによる“ファニーゲーム”の参加者にされてしまうのでした。
「ファニーゲーム」にしろ、「マーターズ」にしろ、悪趣味の極みであり、究極の胸糞映画と言えます。「そもそも、こんな映画を作って良いのか?」と、その存在価値を疑ってしまいますが、最近読んだ『ホラー映画の科学』ニーナ・ネセス著、五十嵐加奈子訳(フィルムアート社)の中で「カタルシス説」というものが紹介されています。「カタルシス」は古代ギリシャの哲学者アリストテレスが提唱したもので、グリーフケアにも通じる考えです。同書には、「私たちがホラーを楽しむのは、比較的安全でコントロールされた方法で怖い状況やストレスフルな状況を体験できるからだとする説もある。言ってみれば、最悪のシナリオを補助輪付きで体験するようなものだ」と書かれています。
『ホラー映画の科学』では、カタルシス説を安全な恐怖の体験にも応用できると述べています。2021年、研究者のベッキー・ミラーとジョニー・リーは、ホラー映画が悲しみの処理に役立つ便利なツールである可能性を示しました。その理由の1つは、ホラー映画の定番であるモンスターが人々の生活を崩壊させる様が、悲しみが人生を崩壊させるのに似ているからだといいます。ミラーとリーはさらに、悲しみを主軸にしたホラー映画は非常に多く、それらは次のような一定の構成に則っていると指摘しています。
1.主人公が序盤で愛する人を失う(または失った直後から映画が始まる)。主人公の日々の生活が悲しみによって崩壊している。
2.モンスターがあらわれ、主人公の現実認識を徹底的に破壊し、それが死別によって引き起こされた世界の崩壊と重なる。
3.主人公はモンスターを打倒する、または逃げる。手なづけるなどして感情面の安定を取り戻す。
なるほど。ミラーとリーの「ホラー映画が悲しみの処理に役立つ便利なツールである」という主張は納得できます。じつは、「マーターズ」を鑑賞する直前、わたしはある出来事によって非常に大きなストレスを抱えていました。「どうして、自分だけがこんな酷い目に遭うんだろう?」といった絶望的な気分になりましたが、「マーターズ」でリュシーとアンナが味わう地獄の苦しみに比べたら、自分の苦しみなど取るに足らないと思えてきました。観終わったら、重かった気分が何となく少し軽くなっていました。わたしのストレスは、本作の映画鑑賞によって確実に軽減されていたのです。これこそカタルシス効果ではないでしょうか? それにしても本作はグロの極みであり、「これは本当に4Kデジタルリマスター化して良いものなのか?」と思ってしまいます。
2026年8月17日 一条真也 拝