Tジョイ・リバーウォーク北九州で一条真也の映画館「DIGGER/ディガー」で紹介したアメリカ映画を観た後、引き続き同劇場で日本映画「汝、星のごとく」を観ました。感動しました。泣きました。今年は日本映画が豊作ですが、ここにまた大傑作が誕生しました。もちろん、今年の一条賞(日本映画篇)の大賞候補作であります!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「瀬戸内の島を舞台に、ある男女の運命的な恋を描いた凪良ゆうの小説を実写化したドラマ。親の問題に悩む少女と島に越してきた少年が出会い、さまざまな壁にぶつかりながら愛情を深めていく15年間を描く。メガホンを取るのは『新聞記者』などの藤井道人。『国宝』などの横浜流星、『宝島』などの広瀬すずらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「漫画家になる夢を持つ高校生・青埜櫂(横浜流星)は、京都から瀬戸内海に囲まれた今治の小さな島に越す。島の高校に転入した櫂は、そこで生まれ育ち大好きな刺繍を仕事にするという夢を抱く井上暁海(広瀬すず)と出会う。孤独を感じていた櫂と暁海は惹かれ合い、恋に落ちるが、それぞれが抱える問題に翻弄されていく」
原作小説は、アマゾンの内容紹介に「あなたと生きる、その痛みごと。風光明媚な瀬戸内の島で育った暁海と母の恋愛に振り回され転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。ときにすれ違い、ぶつかり、成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けた著者がおくる、あまりに切ない愛の物語【2023年本屋大賞受賞作】」と書かれています。著者は2019年の『流浪の月』でも本屋大賞を受賞しており、2度の受賞は著者と恩田陸(『夜のピクニック』『蜜蜂と遠雷』)の2人だけです。この4作はすべて映画化されました。
この映画は原作小説を読んで感動した横浜流星が、映画化と主演を希望したそうです。彼は作中での15年間にわたる変化を視覚的に表現するため、段階的な体重管理を行いました。初期(高校生時代)は、あどけなさを表現するために少しふっくらとした容姿に調整し、体重は62キロとされました。中期(東京進出後)は、 環境の変化による影響を表現するため、57キロに絞り込まれました。後期は 劇的な変化を表現するため、最終的に 48キロを目指した非常にストイックな調整が行われたといいます。横浜自身は過去のスポーツ経験から減量の知識はあったものの、ここまでの大幅な調整は非常に過酷であったと振り返っています。体調に大きな負担がかかった結果、撮影現場で意識が朦朧としてしまい、監督の演出意図を正しく汲み取れなかった瞬間があったとして、本人も行き過ぎた管理について反省の弁を述べています。それにしても、この役者魂、凄まじいですね!
もう1人の主演である広瀬すずも素晴らしい演技を見せてくれました。特に、悲しみを表現するのが抜群にうまい。現在の彼女は28歳。横浜流星は30歳ですが、ともにアラサーでありながら17歳の高校生を演じて違和感がないのが本当に凄いです。2人とも、日本映画界を代表する役者さんですね。青埜櫂と井上暁海は、それぞれ家庭の問題を抱えています。櫂の母親はアルコールと男性に依存しており、暁海の父親が不倫して家を出ているせいで母親が心を病んでいます。そんな2人には絆が生まれます。「絆(きずな)」という字には「傷(きず)」が含まれていますが、ともに心に傷を抱えた2人は「同志」となり、同時に「恋人」同士になっていきます。それにしても、木村佳乃を妻に持ちながら石田ゆり子と不倫する男とはどんな顔をしているのか? 暁海の父親は一瞬だけスクリーンに映りましたが、一言もセリフがありませんでした。こんな無責任な男が2人の美女から愛されるとは、まったく不条理な話ですね。
横浜流星と広瀬すずは、 一条真也の映画館「流浪の月」で紹介した2022年の映画で共演しています。同作は、人間の悲嘆を正面から見つめた傑作でした。死別の悲嘆からの回復を描いたグリーフケア映画というよりも、生きることそのものの悲嘆から魂を救うようなスピリチュアルケア映画でした。この映画で横浜流星と広瀬すずは恋人同士の役でしたが、濃厚なベッドシーンがありました。そこだけ切り取られて話題になるほど濃厚な濡れ場でした。一条真也の映画館「片思い世界」で紹介した2025年の映画でも2人は共演していますが、こちらはひたすらプラトニックでピュアな心の関係を貫きます。本作「汝、星のごとく」では高校時代の花火大会の夜に浜辺の小舟の中で櫂と暁海が初体験するシーンがありますが、濡れ場はありませんでした。作品全体を通して、ベッドシーンもありませんでしたね。
本作のメガホンを取った藤井道人監督は、 一条真也の映画館「正体」で紹介した日本アカデミー賞最優秀男優賞に輝いた2024年の作品をはじめ、横浜流星とは盟友的な関係ですが、広瀬すずとは初めて仕事をしたそうです。「OTOKOTO」のインタビューでは、彼女について藤井監督が「素晴らしかった。あんまり自分でハードルを上げるのもどうかと思いますが、すずさんのベストアクトが撮れたと僕は思っています。何よりもすずさんの人となりが素晴らしくて、彼女が現場・映画チームにもたらす力というのを改めて実感しました。この作品は、ある意味、女性の自立、女性の選択の物語であると思うんですけど、『男性だから』『女性だから』というよりは『人として』というように、『異性』の壁を取っ払えたのは、すずさんのおかげだなと思います」と述べ、横浜・広瀬のコンビについては「2人はもう戦友のようでしたね。カメラが回ってる中では恋人に見えるんですけれど、カットがかかると親友のようにも見える。その感じを見ていて、彼ら2人じゃなかったら、たぶん、今回の作品はできなかっただろうなとすごく思いました」と絶賛しています。
さて、ネタバレを防ぐために詳細は伏せますが、本作ではある男女が結婚するのですが、それが恋愛感情からではなく、相互扶助のためという設定でした。狭い島の中で、枠から外れた行動をするとすぐ噂の的になり、生きにくくなります。それなら、いっそ「夫婦」という枠を利用して、お互い自由に生きようという考えからの結婚でした。男性の方は「僕たちは互助会の会員だから」と言うのですが、これは「夫婦は一番小さな互助会」というわたしの言葉を具現化していて、ちょっと驚きました。結婚によってひとたび夫婦になると、1組の男女は運命共同体になります。キリスト教の結婚式では、「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います」という言葉を宣誓します。結婚しておいて良かったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」です。結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための相互扶助システムだと思います。
あと、本作には2人の編集者が登場するのですが、濱田岳と中村アンが演じています。この2人が孤独な櫂の心に寄り添っている姿が素晴らしく、特にある不幸な出来事に遭遇して泣き叫ぶ横浜流星を抱きしめて慰める濱田岳の姿に感動しました。編集者を描いた映画に、一条真也の映画館「ベストセラー編集者パーキンズに捧ぐ」で紹介した2016年のイギリス・アメリカ合作映画があります。ちょうど10年前に観た作品ですが、出版をテーマにしているだけあって、文学的な香りのする名作でした。作中では、コリン・ファース演じる伝説の編集者マックス・パーキンズと、ジュード・ロウ演じる無名の天才作家トマス・ウルフの、魂のぶつかり合いや父子のような深い絆が描かれており、出版や本に関わる人間として強く心を揺さぶられました。また、パーキンズのように「作家の情念を客観的に捉え、アシストする存在」としての編集者という職業の本質を、この映画は見事に描き出しています。編集者は作家の人生をも「編集」するのかもしれません。
原作小説の『汝、星のごとく』には名言が溢れていることで知られています。たとえば、「愛と呪いと祈りは似ている」。これは「わたしにとって、愛は優しい形をしていない。どうか元気でいて、幸せでいて、わたし以外を愛さないで、わたしを忘れないで」という思いを表した一節です。また、石田ゆり子演じる瞳子が暁海に投げかける、自立と選択を問い直し、「自分の人生を生きることを、他の誰かに許されたいの?」と言います。瞳子は櫂には「いざってときは誰に罵られようが切り捨てる、もしくは誰に恨まれようが手に入れる。そういう覚悟がないと、人生はどんどん複雑になっていくわよ」と言います。長谷川博己演じる北原先生はまさに名言製造機で、「まともな人間なんてものは幻想だ。ぼくたちは自らを生きる権利があるんです」または「ぼくたちは自らを生きるしかない」。「自分がどうありたいかの選択権は、いつでも自分の手の中に在る」 、「親は人生の始まりを決める。でも、人生の終わりまでは決められない」 「自分軸で生きなさい。でも、自分を守る最後の砦として正論がある」などの名言を連発するのでした。これらの言葉は映画でも登場。映画「汝、星のごとく」は「愛」と「死」はもちろん、「互助」まで描いた最高に贅沢な日本映画。最後に、主演の2人も良かったけど、松村北斗が最高でした。彼にはぜひ日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞をあげたい!