No.0103


 日本映画「リアル~完全なる首長竜の日~」を観ました。
 原作は、選考委員満場一致で第9回『このミステリーがすごい!』大賞に選出された乾緑郎の『完全なる首長竜の日』です。

 この映画を観た理由は1つだけ。監督が黒沢清だったからです。わたしは黒沢清の映画が大好きで、これまで全作品を観ています。彼は、かの黒澤明監督と並んで「世界のクロサワ」と呼ばれています。カンヌ・ベネチア、ベルリンなど数々の国際映画祭で賞を受賞し、海外から高い評価を得ているからです。
 第61回カンヌ国際映画祭において、「ある視点部門」審査委員(JURY賞)を受賞した「トウキョウソナタ」などの芸術性の高い作品もありますが、彼の名声を高めたのは何といっても一連のディープなホラー映画です。

 「CURE」(1997年)から始まって、「カリスマ」(1999年)、「回路」(2000年)、「降霊」(2001年)、「ドッペルゲンガー」(2003年)、「LOFT」(2006年)、「叫」(2007年)といった、人間の深層心理に刃物を突きつけ、始原の感情である恐怖を鷲掴みにして取り出すような作品を作ってきました。
 これら一連の作品ですが、「LOFT」以外はすべて役所広司が主演しています。わたしはDVDを購入して、これらの作品を何度となく観返しています。

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黒沢清監督による一連のホラー映画のDVD



 特に、わたしは「降霊」を高く評価しています。わたしのブログ記事「雨の日、霊を求めて」にも書きましたが、「降霊」は日本映画史上で最も怖い映画であると思っています。
 その黒沢清監督の最新作である「リアル~完全なる首長竜の日~」はいわゆるホラーというよりはSF色が強い作品ですが、それでも人間心理の最深部を探り、意識の迷宮をさまよう物語といった設定は「CURE」以来のテーマに明らかにつながっています。

 「リアル~完全なる首長竜の日~」のストーリーですが、ネタバレ厳禁の内容です。こういうときは、自分で「あらすじ」を書かずに、映画の公式HPから引用するのが一番! HPの「STORY」には、次のように書かれています。


「幼なじみで恋人同士の浩市(佐藤健)と淳美(綾瀬はるか)。
 だが1年前、漫画家の淳美は自殺未遂により昏睡状態に陥ってしまう。
 浩市は淳美を目覚めさせるため、〈センシング〉という最新医療によって彼女の脳内へ入っていく。『なぜ自殺したのか』という浩市の問いに、意識の中の淳美は『首長竜の絵を探してきて欲しい』と頼むばかりだった。
 首長竜の絵を探しながら、何度も彼女の脳内へ入っていき対話を続ける浩市。
 そんな彼の前に、見覚えのない少年の幻覚が現れるようになる・・・・・。
 〈首長竜〉と〈少年〉の謎。
 その謎の先に、15年前にふたりが封印したある事件があった。
 浩市は淳美を救うことが出来るのか―。
 そしてふたりが抱える秘密の思い出とは―。
 極限状態で愛し合うふたりに、驚愕の真実が待ち受けていた―。」

 「リアル~完全なる首長竜の日~」を観終わった感想ですが、正直言って、これまでのクロサワムービーに比べて物足りない印象でした。まず、佐藤健と綾瀬はるかという主演コンビがクロサワムービーらしくない。わたしは綾瀬はるかを嫌いではないですが、この映画のように「狂気」のような部分を表現しなければならない場合、彼女の健康的なイメージは少々違和感があります。いっそ、前田敦子を起用してみたら面白かったのではないでしょうか。彼女は、いま「クロユリ団地」というホラー映画で主演しています(この作品も観ましたが、予想以上の怪演でした)が、成宮寛貴との共演でした。「クロユリ団地」の中田秀夫監督と黒沢清監督は、ともにJホラーを代表する逸材です。ここは両監督による話し合いで主演俳優のトレードを行い、「クロユリ団地」は綾瀬はるか&成宮寛貴、「リアル~完全なる首長竜の日~」は前田敦子&佐藤健のコンビで作ってほしかった! そして、佐藤健に前田敦子をお姫様抱っこしてほしかった! 
 まあ、そうなると、違う意味で大きな話題を呼んだでしょうが・・・・・。(苦笑)

 「リアル~完全なる首長竜の日~」は配役だけでなく、その設定にも新鮮味が感じられませんでした。昏睡状態の患者と意思疎通ができる〈センシング〉という方法が重要な役割を果たすわけですが、これはけっして目新しいアイデアであるとは言えません。主人公が「現実」と「仮想」を往来していく映画といえば、わたしのブログ記事「インセプション」で紹介した2010年のクリストファー・ノーラン監督作品が思い浮かびます。レオナルド・ディカプリオ演じる企業スパイのコブが、他人の夢の中に入り込んでアイデアを盗むという物語でした。

 また、ターセム・シン監督の「ザ・セル」(2000年)も思い出されます。人間の潜在意識や夢の中に入り込む技術を研究している女性心理学者キャサリン(ジェニーファー・ロペス)が、ガラス張りのセル(独房)に女性を閉じ込め溺死する姿を見て性的快楽を得るサイコ殺人鬼の心の中に入るという物語でした。昏睡状態の人物の意識に潜入するという設定は、「リアル~完全なる首長竜の日~」とまったく同じです。ただし、脳内世界の造形における美術性では、「ザ・セル」のほうが圧倒的に優れていました。

 さらに、「現実」と「仮想」を往来する物語では、ウォッシャオスキー姉弟監督の「マトリックス」(1999)とそのシリーズも忘れることができません。人間が「現実」だと思っていた世界がじつはコンピューターによって作られた「仮想」であったというアイデアも秀逸でしたし、それを表現する映像もこの上なく斬新でした。キアヌ・リーブス演じるネオが「仮想」の世界に飛び込人類をコンピューターの支配から開放しようとする物語でした。かの村上春樹氏も初めて「マトリックス」を観たときは強い衝撃を受けたそうです。

 それらの先行作品に比べて、どうも「リアル~完全なる首長竜の日~」は同じテーマの焼き直しという印象を免れません。まあ、「インセプション」や「ザ・セル」や「マトリックス」の主人公たちとは違って、「リアル」の場合は、ごく平凡な若者が恋人の意識の中に入っていくというのが少しは新しいのかもしれませんね。
 それとネタバレにならないように注意しながら書きますが、最後のドンデン返しとしてのオチも、わたしには予想がつきました。この展開は、楳図かずおの名作マンガ「イアラ」にも登場します。「イアラ」以降は、よくあるオチですね。この部分も残念ながらオリジナリティはありませんでした。

 ただし、オダギリジョー、染谷将太、小泉今日子、中谷美紀という日本映画界を代表する顔ぶれが脇役を務めていたのは贅沢でした。
 特に、黒沢作品の「LOFT」で主演した中谷美紀が扮する女医が非常に不気味で、彼女がこの映画で一番存在感がありましたね。
 Mr.Childrenによる主題歌は、ちょっとガチャガチャし過ぎでは?

 最後に、CGによる首長竜の映像は素晴らしかったです。わたしは書斎に大型フィギュアを置いてあるぐらい首長竜が大好きなのです。フィギュアには、もちろん「ネッシー」という名がつけられています!(苦笑)ネッシーといえば、ジェイ・ラッセル監督の「ウォーターホース」(2007年)も感涙の映画でした。
 でも、「リアル~完全なる首長竜の日~」に登場する首長竜は造形といい動きといい完璧でした。その意味で、「完全なる首長竜の映画」ではありましたね。

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わが書斎の首長竜(名前はネッシー!)

  • 販売元:アミューズソフトエンタテインメント
  • 発売日:2013/12/18
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