スタジオジブリのアニメ映画「風立ちぬ」を観ました。
 20日に公開された、宮崎駿監督の待望の新作です。
 初日を迎えた時点ですでに、2008年の宮崎映画「崖の上のポニョ」(最終興収155億円)を超える好スタートを切ったことが明らかになりました。

 スタジオジブリでの宮崎駿作品は、タイトルの中に接続語として「の」が入ることが慣例ですが、この「風立ちぬ」は宮崎監督のスタジオジブリ長編監督作品の中で「の」が一切入らない唯一の作品であり、これも大きな話題となりました。
 なお、「風立ちぬ」というタイトルは堀辰雄の同名の小説に由来します。
 フランスの詩人であるポール・ヴァレリーの詩の一節を、堀辰雄が「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳したのです。翻訳史に残る名訳として知られます。

 この作品は、もともと「モデルグラフィックス」(大日本絵画)の2009年4月号から2010年1月号まで連載された宮崎監督自身による漫画を映画化したものです。映画化にあたって、宮崎監督は脚本も担当しています。
 主人公の声に「エヴァンゲリオン」シリーズなどの監督である庵野秀明、ヒロインには瀧本美織、他にも西島秀俊や野村萬斎などが声優として参加しています。

 大正から昭和にかけての日本が舞台ですが、戦争、大震災、世界恐慌による深刻な不景気など、非常に暗い時代でした。そんな中で、飛行機作りに情熱を傾けた青年・堀越二郎の人生を描きます。幼少の頃から飛行機に憧れていた二郎は、長じて航空機の設計者となります。彼はイタリア人飛行機製作者であるカブロー二を尊敬し、夢の中でカブローニと飛行機談義を交すほどでした。そして、いつの日か自らの手で美しい飛行機を作り上げたいという夢を抱いていたのです。列車に乗っていた彼は、関東大震災に遭遇しますが、そのとき乗り合わせていた菜穂子という少女に出会います。数年後、避暑に訪れていた軽井沢のホテルで再会した二人は恋に落ちて、結婚の約束をします。ところが、菜穂子は結核に冒されていたのでした。菜穂子の励ましもあって、二郎はゼロ戦を生み出します。ところが、愛する二人の前には過酷な運命が待っていたのでした。

 この映画、ラストに「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」というクレジットが入りますが、主人公のキャラクターには実在した二人の人物が混在しています。こういう設定は非常に珍しいというか、少なくともわたしにとっては初めてです。ヒロインの菜穂子も、堀辰雄の「菜穂子」という小説から取ったようですが、映画のタイトルでもある「風立ちぬ」という堀辰雄の代表作とは無関係のようです。どうして、宮崎駿監督は、このような紛らわしいことをしたのでしょうか?
 それは、やはり堀越二郎や堀辰雄といった実在の人物をモデルにしながらも、単なる伝記アニメではなく、宮崎監督自身の世界観を映し出す独自の物語を紡ぎ出したかったのではないかと思います。それならば、「別にアニメでなくとも良かったのではないか」という意見も出そうですが、実際、この映画はアニメでなく実写映画に仕上げても面白かったのではないでしょうか。

 しかし、やっぱりアニメでないと描けない世界もあります。この映画を観て、わたしは何よりも日本家屋の描写に感銘を受けました。「一条真也の読書館」で紹介した谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は、日本家屋の美を見事に表現しています。
 また、主人公の二郎がカブローニと会話を交す夢の描写もアニメならでは。
 この映画の最大のテーマは「夢」ではないかと思いますが、冒頭から少年時代の二郎が飛行機の夢をみるシーンから始まります。その二郎は、実際に飛行機を作ることを夢みて、航空機の設計者になります。この「夢をみる」と「夢みる」を掛け合わせているところが、この映画が「夢」の映画である最大の所以です。

 また、二郎の夢の中(カブローニの夢の中でもあるのですが)で、カブローニは「飛行機は美しい夢だ」と二郎に語ります。そう、飛行機とは夢そのもの。
 わたしの名言ブログ「ディズニー(1)」で、"If you can dream it,you can do it."という言葉を紹介しました。「夢見ることができるなら、それは実現できる」という意味ですが、わたしは「人間が夢見ることで、不可能なことなど1つもありません。逆に言うなら、本当に実現できないことは、人間は初めから夢を見れないようになっているのです。偉大な夢の前に、これまで数多くの『不可能』が姿を消してきました」と書き、その実例として飛行機の話を以下のようにしました。
 最初の飛行機が飛ぶ以前に生まれた人で、現在でも生きている人がいます。
 彼らの何人かは空気より重い物体の飛行は科学的に不可能であると聞かされ、この不可能を証明する多くの技術的説明書が書かれたものを読んだことでしょう。これらの説明を行なった科学者の名前はすっかり忘れてしまったけれども、あの勇気あるライト兄弟の名はみな覚えているはず。
 そう、ライト兄弟の夢が人類に空を飛ばせたのです。

 そして、「美しい飛行機を作りたい」という二郎の夢は叶います。
 彼は、ついに「三菱零式艦上戦闘機」すなわち「ゼロ戦」を開発するのです。
しかし、このゼロ戦はどのような悲劇を生んだか、わたしたち日本人はよく知っています。わたしのブログ記事『永遠の0』にも書いたように、ゼロ戦は小回りがきき、当時では飛距離が桁外れでした。ただ、悲しいのは搭乗する人間のことがまったく考えられていなかったこと・・・。戦闘機という機械にのみ目を奪われていた大日本帝国は、兵士という人間に対する視点が決定的に欠けていたのでした。
 もちろん、その責任が堀越二郎ひとりにあるなどと言う気はありません。
 ただ彼の飛行機作りへの夢が、いつしか人間の幸せと別の方向にあったことも事実だと思います。いつの世でも、強烈な夢は狂気を帯びます。
 「飛行機は美しい夢だ」と語った後で、カブローニが「ただし、飛行機は呪われた夢でもある」と言い放った一言には重みがあります。

 ゼロ戦の開発者をモデルに映画を作ったことについて、宮崎駿監督は映画版の企画書の中で次のように述べています。


「私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。
 自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである」
実在した堀越二郎という人は、神風特攻隊でゼロ戦に搭乗して散っていった若者たちのことをどう思っていたのでしょうか。彼らに対して鎮魂や慰霊の心を抱いたのでしょうか。わたしは、そんなことを考えました。

 この映画は、とにかく飛行機への愛に溢れています。
 もともと、宮崎駿監督の飛行に対する志向性はよく知られています。「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」・・・・・主人公が空を飛ぶ物語のオンパレードです。「紅の豚」という飛行機乗りそのものの作品もありました。

 わたしにとっての飛行機乗りといえば、なんといってもサン=テグジュぺリです。
 彼の『夜間飛行』や『人間の土地』は飛行文学の最高傑作であると思うのですが、宮崎監督は両書の新潮文庫版のカバーのイラストを描いています。
 いずれ、短編でもいいですから、劇場で公開しなくてもいいですから、この2つの物語をアニメ化してほしいと願うのはわたしだけではありますまい。

 サン=テグジュぺリといえば、「一条真也の読書館」で紹介した『星の王子さま』が代表作が有名です。また『本へのとびら』でも紹介したように、著者には「岩波少年文庫を語る」という副題を持つ著書がありますが、岩波少年文庫で最も多く読まれた作品こそ、『星の王子さま』です。ちなみに、『星の王子さま』は宮崎監督が選んだ50冊の最初に登場します。その紹介文で、著者は「最初に読みおえた時の気持が忘れられません。言葉にすると何か大切なものがぬけ出てしまうような気がして、だまりこくってシーンとしていました。一度は読まなければいけません」と書いています。わたしは「宮崎駿監督による『星の王子さま』が、どうか、実現しますように」とブログに書いたのですが、いつの日か『夜間飛行』『人間の土地』『星の王子さま』を三部作としてアニメ化してほしいと切望します。

 それにしても、この「風立ちぬ」ほど、ロマンティックな物語もないでしょう。
 宮崎駿という人が「筋金入りのロマンティスト」であることがよくわかります。
 ロマンティシズムの最大の要素といえば「愛」と「死」ですが、この映画には両方の要素がたっぷりと詰まっています。「愛」といえば、二郎と菜穂子の純愛は、その劇的な出会いと再会、そして悲劇というべき別れが観衆の涙を誘います。
 何よりも、わたしの胸を打ったのは急遽行われた二人の祝言のシーンでした。二郎の上司である黒川とその妻が仲人を務めたのですが、本当に素朴で粗末で、健気で、心のこもった素晴らしい祝言でした。
 わたしは、この場面を観て泣けて仕方なかったです。そして、かねてからの持論である「仲人は必要!」「結婚式は必要!」という考えを再認識しました。

 また「死」といえば、ヒロインの菜穂子が作中で亡くなります。
 このことは、早くからプロデューサーの鈴木敏夫氏によって明かされており、ネタバレには成らないと思っています。ジブリの長編作品でヒロインが亡くなるのは非常に珍しいですが、「火垂るの墓」で幼い節子が栄養失調で亡くなる演出以来だそうで、なんとジブリ史上2回目の例だとか。
そして「死」といえば、作中で描かれる関東大震災のリアルな描写が、大量死を観衆にイメージさせます。アニメで関東大震災が描かれたのは記憶になく、おそらくは初めてではないでしょうか。わたしは、「いずれ、東日本大震災の惨劇もアニメで描かれる日がくるのか・・・」と思いました。宮崎監督は東日本大震災後の日本人のためにこのシーンを演出したのかと推測しましたが、この映画の企画書は2011年1月10日に書かれており、あくまでも偶然のようですね。また、二郎が作ったゼロ戦そのものが巨大な「死」の影を帯びています。

 さらには、主題歌であるユーミンの「ひこうき雲」は、まさに死のロマンティシズムの極致だと言えるでしょう。この「ひこうき雲」は、まさに映画「風立ちぬ」の主題歌となるべく30年前に生まれたような曲ですね。
 ちなみに、わたしのブログ記事「ひこうき雲」には今は亡き愛犬ハリーへの想いを綴りました。

 願わくば、わたしは二郎が作ったゼロ戦に乗った若者たちの物語も、宮崎監督に描いてほしいです。
 この映画は『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)で取り上げました。

  • 販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日:2014/06/18
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