No.0109
日本映画「東京家族」をDVDで観ました。
本当は公開時に映画館で観たかったのですが、タイミングがどうしても合わなかったのです。このたび待望のDVDが出たので、早速観賞しました。
この作品は、かの小津安二郎の名作「東京物語」へのオマージュとなっています。「東京物語」完成から60周年、そして山田洋次監督の監督生活50周年を記念して製作されました。映画の 公式HP「解説 その1」には、「半世紀のあいだ、その時代、時代の〈家族〉と向き合ってきた山田洋次監督が、いま2012年の家族を描く―」のリード文に続いて、次のように書かれています。
「時にやさしく温かく、時に厳しくほろ苦く、家族を見つめ続けてきた山田洋次監督。『家族』、『幸福の黄色いハンカチ』、『息子』、『学校』シリーズ、『おとうと』、そして『男はつらいよ』シリーズ―そこには時代によってうつりゆく日本の家族の様々な姿が刻みつけられています。そして2012年、〈今の家族〉を描く山田洋次監督待望の最新作が完成しました。
監督生活50周年の節目でもある本作は、日本映画史上最も重要な作品の一つで、2012年に世界の映画監督が選ぶ優れた映画第1位に選ばれた、小津安二郎監督の『東京物語』をモチーフに製作されました。日本の社会が変わろうとするその時を、ある家族の日常風景を通して切り取った『東京物語』から60年―奇しくも現在の日本も、東日本大震災とそこから生じた様々な問題により、大いなる変化を突きつけられています。その傷痕を抱えたまま、どこへ向かって歩み出せばいいのか、まだ迷い続けている私たちに、今を生きる家族を通して、大きな共感の笑いと涙を届けてくれる、感動作の誕生です」
「解説 その2」では、「大切だけど煩わしい―東京で再会した家族の触れ合いとすれ違い。これは、あなたの物語」として、ストーリーが紹介されています。
「2012年5月、瀬戸内海の小島で暮らす平山周吉と妻のとみこは、子供たちに会うために東京へやってきた。郊外で開業医を営む長男の幸一の家に、美容院を経営する長女の滋子、舞台美術の仕事をしている次男の昌次も集まり、家族は久しぶりに顔を合わせる。最初は互いを思いやるが、のんびりした生活を送ってきた両親と、都会で生きる子供たちとでは生活のリズムが違いすぎて、少しずつ溝ができていく。そんななか周吉は同郷の友人を訪ね、断っていた酒を飲み過ぎて周囲に迷惑をかけてしまう。一方、とみこは将来が心配な昌次のアパートを訪ね、結婚を約束した紀子を紹介される。翌朝、とみこは上機嫌で幸一の家に戻って来るが、突然倒れてしまう―。
つれない子供たちの態度に、仕方ないと思いながらも、淋しさを抱く父と母。親を気にかけながらも仕事に追われる長男と長女、いくつになっても口うるさい父親につい反抗してしまう次男。大切なのに煩わしい。誰よりも近いはずなのに、時々遠くに感じてしまう。そんな、どの年代のどんな人が見ても、『そうそう、うちもそう』と思わず共感してしまう―。これは、あなたと、あなたの家族の物語です」
山田洋次監督には、「家族」という1970年の名作もあります。
自社の看板監督である山田洋次監督生活50周年記念作品だけあって、この映画にかける松竹の意気込みにはただならぬものがあります。音楽に久石譲氏を起用したことなどもそうですが、なんといっても俳優陣の豪華さには目を見張ります。そのキャストについて、「解説 その3」では「日本映画を支え、向上させてきた名キャストが心を込めて演じる、愛すべき人々―」として説明します。
「口数が少なく頑固だが一本筋の通った父、周吉を演じるのは、味わい深い演技で幅広い役柄に扮してきた橋爪功。おっとりしていて茶目っけのある母とみこには、品の良さと親しみやすさをあわせ持つ吉行和子。長男の幸一には西村雅彦、妻の文子に夏川結衣、長女の滋子に中嶋朋子、その夫の庫造に林家正蔵が扮しています。次男の昌次には日本の若手俳優を代表する存在となった妻夫木聡、その恋人の紀子に『おとうと』に続く山田監督作品出演となる蒼井優。さらに、小林稔侍、風吹ジュンら実力派キャストが顔をそろえました。
音楽は山田組初参加となる久石譲。優しく抒情的な旋律で、家族のエピソードを際立たせています。慈しむように、寄り添うように丁寧に映し出される、どこにでもある家族の風景。切なく希望に満ちたエンディングの後に込み上げるのは、『家族に会いたい』という想いです」
この映画を出演している人々の演技は、どれも素晴らしいものでした。
出演者そしてスタッフ全員が、小津安二郎と山田洋次という新旧の日本映画界の巨匠に対して限りないリスペクトの心を抱いていることがよくわかりました。
橋爪功、吉行和子の主演2人の名演技は言うに及ばず、末っ子の昌次を演じた妻夫木聡が特に良かったです。わたしのブログ記事「ジョゼと虎と魚たち」でも書いたように、彼の号泣する演技は日本映画でも最高のレベルにありますが、この「東京家族」でも存分に泣いてくれました。予告編の冒頭にも、彼の泣く姿が登場しますね。
一方、少し違和感があったのが昌次の恋人である紀子を演じた蒼井優の存在でした。「東京家族」の登場人物たちは、基本的に「東京物語」を踏襲しており、名前まで一緒です。「東京物語」での紀子役は、かの原節子でした。つまり、蒼井優は「平成の原節子」の役柄を演じているわけです。しかし、それにしては声がハスキーすぎて「感じのいい娘」のイメージにそぐわないように 思えました。ここは、「ジョゼと虎と魚たち」で妻夫木聡と共演した池脇千鶴か、実力派の宮崎あおい、または瀧本美織などがイメージに合うように思いました。
キャストでもう1つ言わせてもらえば、林家正蔵もちょっとイメージが違いましたね。妻役の中嶋朋子の演技は良かったので、いっそ夫役には吉岡秀隆を起用してほしかったです。吉岡秀隆と中嶋朋子では、ドラマ「北の国から」の兄妹そのままではないかと言う人もいるでしょうが、わたしはこの2人に夫婦役を演じさせれば面白かったと思います。
繰り返しになりますが、「東京家族」は「東京物語」のリメイクといってもいいほどのオマージュ作品です。山田監督が「今回、初めて小津さんの凄さがわかった」と言うほど、小津映画に傾倒して作られた映画です。
わたしのブログ記事「小津安二郎展」にも書きましたが、わたしは小津安二郎の映画が昔から大好きで、ほぼ全作品を観ています。黒澤明と並んで「日本映画最大の巨匠」であった彼の作品には、必ずと言ってよいほど結婚式か葬儀のシーンが出てきました。小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されていますが、彼はきっと、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であることを知っていたのでしょう。
2013年は、小津安二郎の生誕110周年です。
それにあわせて、わたしは小津映画の本を書く予定でした。
実際に出版社から正式なオファーも受けていたのですが、残念ながら執筆を断念しました。なぜなら、その本を書くには大量の小津映画をもう一度観直さなければならず、わたしにはその時間がどうしても取れなかったからです。敬愛する人物の家族論を書くことに情熱を燃やしていたわたしにとって、執筆断念は大きな心残りでしたが、仕方ありません。
ところで、わたしは「東京家族」を観て、何度も泣きました。
もちろん、主人公の老夫婦の姿に自分の両親の姿を重ね合わせたという部分もあります。そういえば、わたしが小学生くらいの頃、テレビの映画劇場で「東京物語」を放映したことがありました。そのとき、普段は映画など観ない父が珍しく観賞して、その目が赤くなっていることに気づきました。母いわく、父は故郷の千葉県富津に暮らす年老いた両親(わたしにとっては祖父母)のことを思い出しているとのことでした。その祖父母も、その後しばらくして亡くなりました。
「東京家族」の老夫婦は、瀬戸内海の小さな島から東京に出てきたという設定でした。わたしの妻の実家も瀬戸内海の能美島にあり、橋爪功と吉行和子が話す方言は妻の両親のそれと同じものでした。
今年の1月に亡くなった義父と橋爪功がオーバーラップしました。
吉行和子演じるとみこが急死して、東京で荼毘に付された後、遺骨を抱えた周吉は島に帰ります。そのとき、わたしのブログ記事「義父の四十九日」に書いた広島の宇品港が画面に出てきて、わたしの胸は締め付けられました。
島の港に船が着いたとき、老夫婦の隣人たちが温かく迎えてくれました。
隣人たちは、とみこの葬儀にも参列してくれました。
そう、「となりびと」とは「おくりびと」なのです。
瀬戸内海の島で、とみこの葬儀が執り行われました。
わたしのブログ「裸の島」で紹介した故・新藤兼人監督の名作を思い浮かべました。「裸の島」の葬儀とはまた違った情緒が「東京家族」の葬儀にはありました。やはり、小津安二郎が多くの葬儀の場面を描き続けたように、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であると再認識しました。妻や2人の娘たちにも、いつか「東京家族」を観てほしいです。