No.0122
日本映画「地獄でなぜ悪い」を観ました。
わたしのブログ記事「園子音の世界」で紹介した鬼才監督が、十数年前から温めてきた企画を実写化したという異色のバイオレンス映画です。
ヤクザの組長2人、武藤(國村隼)と池上(堤真一)は、ある事情から激しく対立しています。武藤は、服役中の妻(友近)が出所の際に娘のミツコ(二階堂ふみ)主演の映画を見せようと思い立ちます。娘を映画デビューさせるべく、自らプロデューサーとなって映画製作に乗り出します。
映画監督に間違えられた公次(星野源)のもとで撮影が開始されますが、映画製作に関して公次はズブの素人。それで、彼は映画マニアの平田(長谷川博己)に演出の代理を頼み込みます。武藤と対立する池上も、少女時代のミツコのことを知っており、彼女が気になって仕方ありません。ついには、武藤組が池上組に殴りこむ場面を撮影して映画化するという仰天プランが実行に移され、思いも寄らぬ展開が待っているのでした。
オープニングでは少女時代のミツコが歯磨き粉のコマーシャルに出演して、CMソング「全力歯ギシリ Let' s Go!」を踊りながら歌うシーンが出てきます。
これが結構かわいくて、思わず見とれてしまいます。
その後、ミツコは美しい女優志望の娘に成長するのでした。
成長後のミツコを演じる女優は、二階堂ふみ。
彼女は、わたしのブログ記事「ヒミズ」で紹介した園監督の映画で主演を果たしています。
わたしは、この「地獄でなぜ悪い」という映画を『別冊映画秘宝 凶悪の世界映画事件史』(洋泉社)で知りました。同書には、わたしのブログ記事「凶悪」で紹介した映画とこの「地獄でなぜ悪い」の2本が大きく特集で扱われており、これらの問題作が全国のシネコンで上映される新しい時代がやってきたことを喜んでいます。
それで、わたしは「地獄でなぜ悪い」を「凶悪」と並ぶリアリズム100%の犯罪映画だと思い込んでいたのでした。なにしろ、園子音監督といえば、「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「恋の罪」といった実際の事件をモデルにした作品を手掛けていることで有名な人ですから・・・・・。しかし、実際に「地獄でなぜ悪い」を観てみると、たしかにバイオレンス映画であることは間違いないのですが、その正体はリアリズムの欠片もない単なるコメディ映画でした。
いや、笑った、笑った。久々に映画を観て、わたしは腹を抱えて大笑いしました。
コメディ映画とはいっても、この映画はPG-12(12歳未満のお客様は、なるべく保護者同伴でご覧ください)に指定されています。セクシャルなシーンはほとんどないのですが、殺戮シーンの描写が過激だからです。特に、最後の抗争シーンの残虐ぶりは凄まじく、切り落とされた腕や足が宙に舞い、ついには胴体から離れた首が飛ぶ・・・・・その有様は、かの伝説のカルト映画「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」のクライマックスシーンを彷彿とさせるものでした。
全編とにかくハイテンションなのですが、園監督の映画への愛情、それも35ミリ映画への愛情が痛いほど伝わってきます。
長谷川博己が演じる映画監督志望の平田は、若き日の園監督そのものです。
園監督は、1987年に「男の花道」で「ぴあフィルムフェスティバル」グランプリを受賞します。また、ベルリン国際映画祭の正式招待作品になった「自転車吐息」をはじめ、次々に問題作を発表して、90年代のインディーズ系映画界を席巻しました。それらの作品は、横尾忠則、荒木経惟、麿赤児、吉本ばなな、荒川眞一郎といった著名な文化人たちによって絶賛されました。そして、園監督は日本における「インディーズ映画」の代名詞的存在になったのです。
わたしは昨年、「園子温 監督初期作品集 DVD-BOX」を購入して、すべて鑑賞しましたが、彼ほど映画愛に溢れた人もなかなかいないと思いました。
さらに、「地獄でなぜ悪い」は「映画の映画」と呼べるでしょう。
「昭和座」と名付けられたオンボロ映画館は「ニューシネマ・パラダイス」のパラダイス座を連想させますし、ミッキー・カーチス演じる昭和座の映像技師の老人など、もろにフィリップ・ノ ワレが演じたアルフレード爺さんです。
また、ブルース・リーの一連のカンフー映画やタランティーノの「キル・ビル」へのオマージュでもあることは一目瞭然。
わかりやすすぎて、「おいおい」と言いたくなるくらいです。
園監督の映画への愛情が最も感じられるのは、やはり撮影場面。フランソワ・トリュフォー監督は、「アメリカの夜(Day for Night)」で自身の映画への愛を描きました。「地獄でなぜ悪い」は、ちょっと「アメリカの夜」に似ているのです。
また、わたしのブログ記事「ナイン」で紹介したロブ・マーシャル監督の映画では、フェデリコ・フェリーニがモデルとなり、彼の映画製作の様子が描かれました。
本作「地獄でなぜ悪い」は、「アメリカの夜」や「ナイン」の系譜に属する映画だと言えるでしょう。「映画の映画」は映画人たちの心の琴線に触れます。
事実、「アメリカの夜」も「ナイン」も、これまでプロの映画人たちからきわめて高い評価を得てきました。そのせいか、カナダのトロントで開かれた「トロント国際映画祭」では、「地獄でなぜ悪い」が「ミッドナイト・マッドネス部門」で最高位に当たる「ピープルズチョイス賞」を受賞しました。
「トロント国際映画祭」は、2013年で38回目を迎える北米最大の映画祭です。
他の映画祭の受賞作品をはじめ、世界の話題の映画が数多く参加します。
映画配給会社は、それらの作品を買い付けします。
つまり、商業的にも重要な意味を持つ映画祭として知られているのです。
「地獄でなぜ悪い」は、3つの部門のうち「ミッドナイト・マッドネス部門」で、観客の投票によって選ばれる「ピープルズチョイス賞」を受賞しました。
この賞は映画祭の中で最高位に当たります。日本映画が「ピープルズチョイス賞」を受賞するのは、2003年に北野武監督の映画「座頭市」が受賞して以来、2度目となります。かつて、「第21回東京スポーツ映画大賞」に招待された際、園監督は北野監督を前にかなり緊張し、「これほど緊張したステージはいままでないので、目まいがしてきた」とコメントしましたが、憧れの人と同じ賞を受賞して感無量だったのではないでしょうか。
この映画、監督も良かったけれど、役者も良かったです。
特に武藤組長を演じた主演の國村隼が渋かったです。最近、DVDで日本映画を観ると、彼の姿を観ることが多くなりました。
今や、大杉蓮などとともに日本を代表するバイプレーヤーと言えるでしょう。でも、この映画では主役としての存在感を見事に出していましたね。
池上組長を演じた堤真一も良かった。久々に再会したミツコを前にしてニヤける表情が最高でした。この映画では、池上のキャラに一番魅せられました。
そして、平田を演じた長谷川博己も堂々の熱演でした。
彼の存在は、「孤独のグルメ Season2」DVD-BOXを観て、初めて知りました。松重豊演じる井之頭五郎が東京は足立区北千住のタイ料理店に入った際、隣のテーブルで食事をする客の役でした。そのときも「なかなか良い感じの役者だな」と思っていたのですが、まさか鈴木京香の恋人とは知りませんでした。
なるほど、年上の女性にモテそうな雰囲気を持っていますよね。
それから、ミツコが逃亡する際に巻き込まれた青年・公次を演じた星野源も不思議な存在感を醸し出していました。けっしてイケメンではないのですが、なんとなく気になる顔をしています。なんでも、彼は人気のシンガー・ソングライターで、現在はくも膜下出血で療養中だとか。彼は、「地獄でなぜ悪い」の主題歌を書き下ろしています。彼自身の音楽的ルーツだという60年代のジャズやソウルミュージックなどを下敷きにした、味のある曲に仕上がっています。
最後に、ラストに殺されたはずの登場人物たちが生き返るシーンがありました。
それを見ながら、わたしは軽い衝撃を受けるとともに「そうか、映画では死者は生き返ることができるんだ」ということに気付き、ちょっと感動しました。
そして、「映画にとって死とは何か」というテーマがわたしの脳裏に唐突に浮かんできました。かの吉本隆明は「言語にとって美とは何か」を考え抜きましたが、わたしは「映画にとって死とは何か」を考え抜きます。
いずれ、このテーマはじっくり掘り下げてみたいと思います。
そして、いつか、『死が怖くなくなる映画』という本を書いてみたいですね。