No.0131


 日本映画「清須会議」を観ました。
 じつは、この映画、あまりにもフジテレビ系列で大量にCMを流しているので、「観る前からもうゲップ!」というか、正直言って少々引き気味でした。
 でも、サンレーの某部長と某課長が原作本を読むほど多大な関心を抱いていることを知り、彼らと話を合わせるためにも観ることを決意しました。実際に観てみると時間の経つのも忘れるほど面白い、極上のエンターテインメントでした。

 「清須会議」は、三谷幸喜が、およそ17年ぶりに書き下ろした小説を自ら映画化した群像喜劇です。「ラジヲの時間」(1997年)にはじまって、「みんなのいえ」(2001)、「笑の大学」(04)、「THE有頂天ホテル」(06)「ザ・マジックアワー」(08)と、次々に話題作を提供し、ヒットを飛ばしてきました。
 わたしのブログ記事「ステキな金縛り」で紹介した2011年の映画も傑作ハートフル・ムービーでした。そして最新作の「清須会議」は、とにかく総勢26名というキャストの豪華さがすさまじく、もう日本映画人総出演といった感じですね。

 超豪華キャストの中でも、柴田勝家を演じる役所広司が特に光っていました。
 彼のたたずまいは、黒沢明の黄金時代における三船敏郎のような存在感があり、わたしは以前観た「どら平太」を思い出しました。黒沢明を筆頭に木下惠介、市川崑、小林正樹による「四騎の会」が脚本を担当し、市川崑が監督を務めた時代劇で、役所広司が主演だったのです。
 現在の苦みばしった役所広司が主演する「七人の侍」や「用心棒」や「隠し砦の三悪人」などのリメイク版をぜひ観てみたいですね。

 また、秀吉役の大泉洋もなかなか良かったです。熱演でした。
 彼にはトボケた味がありますが、じつに秀吉のムードをよく醸し出していたと思います。相手をボロボロにした後で殊勝に謝罪するところなんか、ひどい仇名をつけた相手の楽屋に必ず謝りに行くという有吉弘行みたいですな。(笑)

 映画の「公式HP」には次のように書かれています。


「天正10年(1585年)本能寺の変。一代の英雄織田信長が死んだ―。跡目を継ぐのは誰か? 後見に名乗りを名乗りを上げたのは2人。筆頭家老・柴田勝家(役所広司)、と後の豊臣秀吉・羽柴秀吉(大泉洋)。勝家は、信長の三男でしっかり者の信孝(板東巳之助)、秀吉は、次男で大うつけ者と噂される次男の信雄(妻夫木聡)を、それぞれ信長の後継者として推す。
 勝家・秀吉がともに思いを寄せる信長の妹・お市様(鈴木京香)は秀吉への恨みから勝家に肩入れ。一方、秀吉は軍師・黒田官兵衛(寺島進)の策で、信長の弟・三十郎信包(伊勢谷友介)を味方に付け、妻・寧(中谷美紀)の内助の功もあり、家臣たちの心を掴んでいく。
 そして、開かれる清洲会議―。会議に出席したのは4人。勝家・秀吉に加え、勝家の盟友であり参謀的存在の丹羽長秀(小日向文世)、立場を曖昧にして、強い方に付こうと画策する池田恒興(佐藤浩市)。繰り広げられる一進一退の頭脳戦。様々な駆け引きの中で、騙し騙され、取り巻く全ての人々の思惑が猛烈に絡み合う! 勝家派か? 秀吉派か?
 今、日本史上初めて、会議で歴史が動く!!!」

 この清須会議、日本史の上でもきわめて重要な会議でした。この会議によって、その後の日本の運命が決まったと言っても過言ではありません。
 三谷監督自身が「清洲会議」の予習ゼミナールを行っており、それが公式サイトとしてYouTubeにUPされていますが、これがなかなか面白い。やはり頭がいい人は教えるにもうまいというか、じつにポイントを突いています。こんな面白い授業をされては、本職の日本史の先生はお手上げではないでしょうか?

 三谷監督は、清須会議の存在をなんと小学4年生のときに知ったそうです。
 親戚のおじさんが読んでいた「戦国武将に学ぶビジネスマンの生き方」みたいな本で知り、その本には「会議には根回しが欠かせない」といったような教訓が書いてあったとか。小4で大人のビジネス書を読むとは早熟ですね!
 その三谷監督ですが、「東洋経済ONLINE」で「清須会議に学ぶ三谷幸喜の『会議論』」というインタビューに答えています。「会議とは相手を説得することだ」と訴え、「僕を外務大臣にするべきだ」「秀吉の人心掌握術」「困難を解決していく職人になりたい」「僕は生放送に乱入するほどの度胸はない」「引き出しはひとつ『人間を描くこと』」などを大いに語っていますが、これも面白い!

 「秀吉の人心掌握術」の中で、「相手を説得するコツはあるのですか?」という問いかけに対して、三谷監督は次のように答えています。


 「自分が心掛けているのは、説得するときに相手が何を望んでいるのかを知るということ。そこをきちんと理解できていないと、絶対に説得はできません。まずは相手の側に立つというか、相手が何を望んでいるのかがわかれば、可能なかぎり、かなえられることはかなえたいと思います。やはりそこからだと思うので、そういう意味での下調べとか、事前の調査は必要だと思うのです。
 秀吉もたぶんそうだったと思う。丹羽長秀や池田恒興が何を欲しているかわかっているからこそ、それを提示することで仲間に引き入れることができる。柴田勝家は何も考えていなかった。それに尽きるのではないでしょうか」

 また、三谷監督はインタビューの最後に次のように語っています。


「基本的に僕はいろいろなことをやっていますが、引き出しはひとつしかないと思っています。映画もテレビも、小説は今後やるかどうかはわからないですが、技術的には多少の違いはあっても、僕の持っているものはひとつだけ。結局は人間を描くことだと思う。」


 その意味で、この「清洲会議」もよく人間が描けていたと思います。
 柴田勝家の「人間臭さ」も、羽柴秀吉の「人間通ぶり」もよく描けていました。

 わたしは、「正しければ滅びてもいい」と考えている人間です。
 なので、秀吉よりも勝家のほうに共感が持てます。しかし、秀吉こそは稀代の「人間通」であったことも認めざるをえません。秀吉には、いわゆる「愛嬌」とか「可愛気」といったものがあったようです。

 谷沢永一は『人間通』において、「女の色白は七難かくすと言うが、人間の欠点が覆い隠されて世の人から好意を得ることができる性格の急所は可愛気である」と断言しています。そして、次のように述べています。


「あいつには至らないところが多いけれど、なにしろ可愛気があるから大目に見てやれよ」と寛大に許される場合がほとんだ。才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるというだけの者にはかなわない。谷沢氏は、「人は実績に基づいてではなく性格によって評価される。女が男を選ぶときの呼吸にどこか似ているのかもしれない」と述べています。

 たしか松下幸之助も、「秀吉ほど愛嬌のあった人物はいなかった」と述べていましたが、「愛嬌」や「可愛気」というのはリーダーに不可欠なものなのでしょう。
 秀吉は、亡き信長が果たせなかった天下人となりました。
 しかし、その秀吉が命をかけて守ろうとした豊臣家も、徳川家康によって滅ぼされました。まこと、「つわものどもの夢の跡」というか、人の世は無常ですね。

 「清須会議」で信長の弟・三十郎信包を演じたのは伊勢谷友介でしたが、彼の初登場シーンは信包というより信長そのもののイメージでした。「伊勢谷友介に信長を演じさせれば良かったのに!」と思っていたら、来月公開される日本映画「利休にたずねよ」で、彼は信長を演じるのですね。
 「利休にたずねよ」は、主役の千利休を市川海老蔵が演じ、亡くなられた市川團十郎も特別出演しており、親子共演となっています。
 この映画は、秀吉が天下人になった後の物語であり、「清須会議」と続けて観れば、さらに秀吉について理解しやすくなるかもしれません。
 現在、流行語となりつつある「おもてなし」の原点である茶の湯の心がテーマということもあり、ぜひ観たいと思っています。

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サンレー本社会議室での「戦国武将会議」のようす


 最後に、三谷監督は小学生で清須会議の存在を知ったとき、「戦国武将が会議をするなんて!」と、すごく不思議だったそうです。それは、武将といえば話し合うよりも先に戦うものだという印象が強かったのでしょう。わたしも同感です。でも、だからこそ「戦国武将の会議」というシチュエーションは非日常的で刺激的で魅力的なのではないでしょうか。「清須会議」は、戦国武将の会議を描いた映画ということで、 わたしのブログ記事「戦国武将会議」で紹介した会議を開催したわたしとしては観ないわけにはいきませんでした。いつか、サンレー本社の会議室で、わたしの後継者を決める評定が開かれるのでしょうか?

  • 販売元:東宝
  • 発売日:2014/05/14
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