7月6日の日曜日、北九州は終日雨でした。
 わたしは、映画「トランセンデンス」を観ました。
 わたしのブログ記事「オール・ユー・ニード・イズ・キル」で紹介したSF超大作があまりにも面白くて、もっとSF映画が観たくなったのです。ちなみにトム・クルーズはわたしの1歳年長で、ジョニー・デップは同い年です。

 ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。


「『ダークナイト』シリーズなどのクリストファー・ノーラン監督が製作総指揮を務めるSFサスペンス。亡き科学者の意識がアップロードされた人工知能が進化を果たし、人類や世界を混乱に陥れていく。メガホンを取るのは、『インセプション』『マネーボール』などの撮影を手掛けてきたウォーリー・フィスター。ジョニー・デップ、モーガン・フリーマンら、実力派スターが顔をそろえる。電脳化が進む現代に警鐘を鳴らす物語と鮮烈なビジュアルに息をのむ」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には、以下のように書かれています。


「人工知能PINNの開発研究に没頭するも、反テクノロジーを叫ぶ過激派グループRIFTに銃撃されて命を落としてしまった科学者ウィル(ジョニー・デップ)。だが、妻エヴリン(レベッカ・ホール)の手によって彼の頭脳と意識は、死の間際にPINNへとアップロードされていた。ウィルと融合したPINNは超高速の処理能力を見せ始め、軍事機密、金融、政治、個人情報など、ありとあらゆるデータを手に入れていくようになる。やがて、その進化は人類の想像を超えるレベルにまで達してしまう」


トランセンデンス」の映画パンフレット

 正直言って、この映画にはあまり期待していませんでした。


 「オール・ユー・ニード・イズ・キル」がネットで高い評価を受けているのに比べて、この「トランセンデンス」は低評価だったからです。もちろん、わたしもネットの評価を鵜呑みにするわけではありませんが、あまり期待していなかったことは事実です。しかし、わたしの予想に反して、面白かったです。
 この映画は、クリストファー・ノーラン作品の撮影監督として知られるウォーリー・フィスターの監督デビュー作です。残念ながら、せっかくの豪華キャストを生かしていないだけでなく、演出面での稚拙さが目立ちました。

 しかし、この映画のテーマは非常に深く、たまらなく興味を引かれました。
 「映画.com」において、映画評論家の牛津厚信氏は「『トランセンデンス』"超越"したジョニー・デップが神となり暴走する近未来SFスリラー」のタイトルで秀逸な映画論を展開していますが、そこで述べています。


「注目すべきはむしろディテールよりも大局的な部分。彼は超越(トランセンデンス)した主人公が神となり特殊な文明を織り成していく過程を丹念に描いてみせるのだ。  とりわけ荒廃した街が爆発的な発展を遂げる様は面白い。科学者夫婦がそこに産業を興すと、やがて小さな奇跡が起こり、人が次々と巡礼に訪れるようになる。人口が増える。街が活気づく。そしていつしかこの聖地を守るための武装化が始まる。おそらく人類は、太古の昔よりこれと同じ栄枯盛衰を幾度となく繰り返してきたのだろう。そういった文明論をリアルに意識させてくれるフィスターの硬派な力量はあながち捨てたものではない」

 この映画はITというテクノロジーの問題を扱いながらも、哲学や宗教の問題を描いています。すなわち、人間の「意識」や「霊魂」などが正面から取り上げられているのです。電子人間と化したウィルは「現代のフランケンシュタインのモンスター」として描かれ、周囲から「人類の敵」であると見なされますが、これには強い違和感をおぼえました。映画の中でウィルも言っているように、彼は人類を滅ぼそうとしたのではなく、救おうとしたのです。実際、彼の超越した技術のおかげで、あらゆる病気は治療され、環境破壊は解消されるはずでした。それを拒んだ人々は、これもウィルの言葉のように「未知のものを怖れる」愚かな連中でした。

 ウィルの命を奪った「R.I.F.T(リフト)」などというテロ組織が最後は正義の味方のように描かれていたのも気に喰わなかったです。第一、ウィルたちは1人も人を殺していないのに、リフトの連中はもう殺しまくりです。

 一番腹が立ったのは、ウィルとエヴリン夫妻の共通の友人であるマックスです。彼こそが最大の妨害者だったわけですが、彼はウィルに対して二重のジェラシーを抱いていたように思います。1つは、彼の才能に対するジェラシー。もう1つは、エヴリンへの横恋慕から来るジェラシーです。まことに、男の嫉妬ほど怖いものはありません。

 わたしは、神のような力を持ちつつあったウィルがすでに死者であったことが、人々の恐怖や嫌悪感を強めたような気がします。これは、死者に対する差別であると思いました。だいたい、「死者から支配されるなんて」という考えそのものがおかしい。ブッダにしろ、イエスにしろ、ムハンマドにしろ、彼らはすでに死者です。しかし、死者でありながら、彼らは多くの人々の心を支配しているではありませんか。「支配」という言葉が不適切ならば、「影響を与えている」と言ってもかまいません。特に、ウィルが多くの不治の病を患う病人たちを快癒させていく姿は、「治癒神」イエス・キリストを彷彿とさせました。思えば、「人間のテクノロジーが神の領域を侵してはならない」と最も声高に叫ぶのはイエス・キリストの信奉者たちではないでしょうか。このあたりも興味深いテーマであると思いました。

 それにしても、最愛の夫を失った妻が、電子空間の中に復活した夫と再会した場面は、わたしの胸を打ちました。亡夫の脳内データはコンピューターにアップデートされているわけですから、夫の考え方や性格などもすべて入力されています。つまり、亡き夫は電子空間の中で生きているわけです。当然、会話もできます。これは、もう「グリーフケア」の世界そのものであると思いました。わたしは、グリーフケアの今後のテーマとして「幽霊づくり」というものを構想しています。この場合の「幽霊」とは怖い死霊ではなく、なつかしく優しい「優霊」です。このテーマを考える上で、「トランセンデンス」は大いなるヒントを与えてくれました。

 「トランセンデンス」の映画パンフレットには、「徹底検証 科学者たちが語る『トランセンデンス』の描く世界」という興味深い特集が掲載されており、そこでジャーナリストの新清士氏、人工知能学会会長の山口高平氏、理学博士の長沼毅氏らが解説しています。
 その中で、新氏は「これは映画のなかの話ではない テクノロジーが人類を超える"トランセンデンス"は目の前だ!」として、「人類はコンピュータなどの機械と融合し、現在の人類を"トランセンデンス"して、新しい進化の段階に入る。これは近年アメリカのIT関係者の流行語ともなっている、"シンギュラリティ"が描く未来像なのである」と述べています。

 新氏はまた、「トランセンデンスは2045年後にやってくる」として、映画パンフレットの中で次のように述べています。


「トランセンデンス(=シンギュラリティ)は、人工知能などコンピュータの発展によってコンピュータの知性が人間を超える現象、およびその限界点を指す。平たく言うと人間辞退が拡張され、機械と融合することで、人間が次のステージに進化することを意味する。発明家であり、投資家であるレイ・カーツワイルは、今後のコンピュータ科学と生物科学の発展によって、シンギュラリティがあらわれると主張した。彼の言葉はIT業界に多大な影響を与え、新しい投資分野の巨大マネーを呼び込み、優秀な研究者を集め、検索エンジンやスマートフォンのような形で実際に製品として姿をあらわしてきている。例えば、Googleの創業者であるラリー・ペイジは彼の熱心な信奉者であり、人工知能分野への巨額の投資を行っている。そしてカーツワイル自身、昨年Google人工知能チームの責任者となった」

 さらに驚くべきことに、人工知能の進化によって、人間は不死となり、永遠に生きられるといいます。新氏は「禁断の不死の法 人は死を超越する」で以下のように述べます。


「カーツワイルの唱えるトランセンデンス後の世界では、『脳をスキャンすることでその人の性格や記憶をデータ化することができる。そしてそのデータをインターネット上のサーバにアップロードして、自由にダウンロードできるようになる』ことが実現可能になるとされている。いま、インターネット上のクラウドにデータをバックアップすることが常識になってきているが、もし我々の頭脳がデータ化され、バックアップされるならば、永遠にそれは残ることになる。すなわちデータとして我々は不死になる。そして生物科学の発展によって、身体も自由につくり出せるようになれば、頭脳のデータは必要なときにダウンロードすればよくなる。身体に不具合が出れば、ただ取り替えればいい、というように・・・・・・」

 これは、大変な時代になってきましたね。この他にもパンフレットには、2040年には10万円のパソコンに人類全体分の知能が集約されるとか、ロボット掃除機が知能をもつ日も近いとか、心をもつコンピュータ開発の鍵はGoogleであるなど、刺激的な話が満載です。
 Googleもそうでしょうが、Appleなどの企業もトランセンデンスの未来にとって大きな鍵であると思います。もしかすると、スティーヴ・ジョブズなんてすでに電子空間の中で不死の存在になっているのかもしれません。

 考えてみれば、iPadやiPhoneそのものがSF的なマシンと言えます。いずれ、故人は情報端末に宿り、iPadやiPhoneが位牌であり仏壇となる時代が来るかもしれません。しかも、それらの画面には故人のなつかしい顔が浮かび上がって会話もできるのです。これはもう、手元供養どころの話ではありません。その意味で、ネット空間は霊界に通じているのです。
黒沢清監督の「回路」(2001年)も、ネットを通じて死者と交信する物語でした。ちょっと「トランセンデンス」に似ている気もしますが、「回路」のようなホラーではなく、それよりもグリーフケアの要素が強いと感じました。

  • 販売元:ポニーキャニオン
  • 発売日:2016/03/16
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