No.0153


 日比谷シャンテで話題の映画「
グランド・ブダぺスト・ホテル」のレイトショーを観ました。

 いわゆる単館系の映画で、地方では観ることが難しい作品です。
 こういった映画こそ、東京に来たときに観たいものです。
 「出版寅さん」こと内海準二さんやが先に鑑賞しており、その評判を聞いていたので、ぜひ観たいと思っていました。

 「Yahoo!映画」の「解説」には以下のように書かれています。


「『ダージリン急行』などのウェス・アンダーソン監督が、格式高い高級ホテルを取り仕切るコンシェルジュと、彼を慕うベルボーイが繰り広げる冒険を描いた群像ミステリー。常連客をめぐる殺人事件と遺産争いに巻き込まれた二人が、ホテルの威信のためにヨーロッパ中を駆け巡り事件解明に奔走する。主演のレイフ・ファインズをはじめ、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、ジュード・ロウなど豪華キャストがそろう」

 また、「Yahoo!映画」の「あらすじ」には以下のように書かれています。


「1932年、品格が漂うグランド・ブダペスト・ホテルを仕切る名コンシェルジュのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)は、究極のおもてなしを信条に大勢の顧客たちをもてなしていた。しかし、常連客のマダムD(ティルダ・スウィントン)が殺されたことでばく大な遺産争いに巻き込まれてしまう。グスタヴは信頼するベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)と一緒にホテルの威信を維持すべく、ヨーロッパ中を駆け巡り・・・・・・」

 ミステリーなので、あまり詳しくストーリーを追うとネタバレになるおそれがありますが、じつにヨーロッパの香りがする素敵な映画でした。「ブダペスト」というからにはハンガリーの首都にあるホテルの話かと思いましたが、舞台は東ヨーロッパにある架空の国ズブロフカ共和国だそうです。現代の作家が、古いホテルのオーナーから昔語りを聞く60年代と、その物語が展開する30年代という入れ子構造になっています。時代が変わるたびにスクリーンサイズも変わるという懲った作りの作品です。

 バスター・キートンの無声映画を連想させるスラップスティックの要素もあり、ハラハラさせられますが、とにかく観客を飽きさせない上質のエンターテインメントになっています。わたしは、実家がホテルだったということもあり、ホテルを舞台とした映画が好きなのですが、「グランド・ブダぺスト・ホテル」は1932年の古典的名作「グランドホテル」のような群像劇としても良く出来ていました。人間を描くのに、ホテルは最高の舞台です!

 また、ホテルを舞台とした映画といえば、私のブログ記事「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」で紹介した作品を思い出します。こちらもドタバタもある群像コメディーで、非常に明るい印象の映画でした。舞台がインドなのですが、まさにインド映画の雰囲気を醸し出していました。でも、この作品そのものはインド映画ではなく、イギリス・アメリカ・アラブ首長国連邦の製作でした。

 「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」を観終わったわたしは、わが社の松柏園ホテルを思い浮かべていました。この映画の主人公ソニーは、マリーゴールド・ホテルで生まれて育ちました。
 それと同じように、わたしは松柏園ホテルで生まれて育ったのです。わたしも、ソニーのようにわがホテルを心の底から愛そうと思いました。そして、わがホテルで多くの人たちを幸せにしたいと強く思いました。
 すると、自然に松柏園で働くスタッフの顔が次々に浮かんできました。

 「グランド・ブダぺスト・ホテル」に話を戻しましょう。レイフ・ファインズ演じる名コンシェルジュのグスタヴ・Hが「文明の光」という言葉を2度ほど口にするのですが、わたしの心に強く残りました。たしかに、国家や民族や宗教の違いなどを超えて、あらゆるお客様に平等にホスピタリティ・マインドを発揮するホテルという場所には「文明の光」が溢れているように思います。特に、この映画のようにファシズムが台頭した30年代において、ホテルは「未来社会」のモデルそのものだったのではないでしょうか。

 「文明の光」に似た言葉として、わたしは「資本主義の華」という言葉を使います。そして、その代表格がホテルとデパートです。面白いことに、「グランド・ブダぺスト・ホテル」のロケ地はホテルではなく、ドイツ東端の街ゲルリッツのど真ん中に建てられた広大なデパートだそうです。この事実を映画パンフレットで知ったわたしは、かつて書いた「ホテルと百貨店は資本主義の華 西武とダイエーが見た夢の跡」という特別訓示を思い出しました。

 ホテルもデパートも、どこか現実を超越した非日常的な場所であると言えますが、ヨーロッパの温泉リゾート地の豪華ホテルを描いた「グランド・ブダぺスト・ホテル」は、ファンタジー映画のような雰囲気を持っています。
 ピンク色をしたホテルと、カラフルな色彩のインテリアが幻想性を高めています。ゲルリッツには実際にピンクのホテルが実在しているそうです。

 また、この映画で忘れることができないのがお菓子です。グスタヴをはじめとするズブロフカ共和国の人々はお菓子が大好きですが、ことさら「メンドル」というパティスリーを愛しています。色とりどりのアイシングが目に鮮やかなシュークリーム・タワーは、甘いものがそれほど好きではないわたしでさえ、「美味しそうだなあ!」と思いました。映画のところどころに、このメンドルケーキが登場して、物語のアクセントとなっていました。

 最後に、上司であるグスタフと行動をともにしたホテル従業員のゼロが老人となって登場しますが、グスタフのことを語る際に「あの人は、老人になれなかった」と言うのですが、この言葉が強く心に残りました。グスタフは老人になる前に、この世を去ったのです。「人は誰でも老人になれるわけではない」という当たり前の事実を改めて痛感しました。

 そして、わたしは、以前耳にした白髪にまつわる感動的な話を思い出しました。50歳すぎの女性がいて、その人は11歳のときから難病に取りつかれ、しかも誤診が重なったりして、何度も何度も「あと数日の命」とか「もうダメだ」などと言われながら、奇跡的に生き続けてきました。この女性が白髪を発見したとき、「自分もやっと老人になるところまで生き延びたのだ」と感じて、とても嬉しかったのだそうです。おそらく、この方にとって1本の白髪は、きびしい競争を勝ち抜いて得た、特別賞のようなものだったのでしょう。

 生きることは競争の連続です。考えてみれば、射精の瞬間から精子は数億倍というすさまじい競争を勝ち抜いて卵子にたどりつき、見事に受精する。でも、流産も死産もありうる。無事に生まれたとしても、人生はつねに死の危険性に満ちています。そういう意味では「老い」という最終のスタジアムに入場してきたランナーたちは選ばれし者であり、人生の勝利者なのです。わたしも、いつか老人になりたい。そして、過去の体験談を懐かしく語ってみたい。この映画を観て、そんなことを考えました。

  • 販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日:2014/11/12
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