No.0209


 日本映画「ポプラの秋」を観ました。2日連続の映画鑑賞です。 ブログ「岸辺の旅」で紹介した黒沢清監督の作品と同じく、湯本香樹実氏の小説が原作です。同じ原作者の映画が同時に公開されているなんて、すごいですね。わたしが鑑賞したサンレー本社に近い「シネプレックス小倉」では、両作品がちょうど真向いのシアターで上映されていました。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「人気作家・湯本香樹実の小説を実写化したヒューマンドラマ。 父を亡くした少女が、天国に手紙を送り届けるという老人と織り成す交流をつづっていく。メガホンを取るのは、『瀬戸内海賊物語』などの大森研一。主人公の少女を、テレビドラマ『家政婦のミタ』などの本田望結が熱演。もう一人の主演の中村玉緒をはじめ、『HERO』シリーズなどの大塚寧々、『ROOKIES』シリーズなどの村川絵梨らが共演に名を連ねている。ハートウォーミングな物語もさることながら、全編ロケを敢行した飛騨高山の美しい風景にも注目」 

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「父親をなくしてしまった8歳の少女・千秋(本田望結)は、母親(大塚寧々)と一緒にポプラ荘というアパートへ越してくる。新たな場所での生活への不安と期待、大好きだった父がいなくなった深い悲しみが入り交じる中、千秋はポプラ荘の大家(中村玉緒)と出会う。亡くなった者たちのいる天国に手紙を届けられると話す彼女を不思議に思いながらも、次第に心を通わせていく千秋。やがてその言葉を信じ、父への思いをつづった手紙を書いて大家に託すが・・・・・・」

 この映画の予告編を見て、わたしは同じ原作者であることから、「岸辺の旅」のような死者が登場する映画かと思っていました。しかし、実際はちょっと違った内容でした。詳しく書くとネタバレになりますが、この映画には死者の視線はありません。あくまでも、生者から死者への視線です。9歳の千秋は、大好きな父親を亡くしました。母つかさも、父のお葬式以来、放心状態が続いています。愛する人を亡くした喪失感の大きさに心身のバランスを失いかけているといった印象があります。まさに「グリーフケア」を必要としている人であると言えるでしょう。そんな2人は大きなポプラの木のある「ポプラ荘」というアパートに引っ越します。そこの大家であるおばあさんは、死者に手紙を届けることができるというので、千秋は亡き父への手紙を一生懸命に書き続けておばあさんに託します。

 わたしは、「死者への手紙」から、古代エジプトの風習を連想しました。 ちょうど今、『古代エジプト死者からの声』大城道則著(河出書房新社)という本を読んでいるのですが、その中に以下のように書かれています。 「古代エジプト人たちの感覚として、この世で生きている者とあの世で生きている者(死した人物)との間には障壁はなかったのだ。手紙のやり取りさえできたのである。このようないわゆる『死者への手紙』と呼ばれる遺物は、古代エジプト人たちの墓から出土し、現時点で十数例が知られている」この死者へ手紙を送るという古代エジプト人たちの行為は、なんと千数百年にわたってエジプトの伝統として継続されたそうです。古代エジプト人たちは、この世だけでなく、あの世でも生きたのです。

 さらに、『古代エジプト死者からの声』には以下のように書かれています。

「古代エジプトにおいて、死者と生者との接触は、『手紙』という目に見え手に触れることが可能である直接的な手段を通じて、庶民レヴェルでも実施されていた。妻から亡き夫へ、夫から亡き妻へ、母親から死した息子へ、妹から死した兄へ、息子から死した両親へなどである。死者のもとへと届くであろうという確かな前提で、古代エジプトの人々が手紙を書いたことは明らかだ。そして、おそらくそれは観念的には正しく、実際に手紙は死者のもとに届いたのである」

 「ポプラの秋」の中村玉緒扮するおばあさんと本田望結扮する千秋の世界は、まさに古代エジプト人たちの精神世界に通じています。しかも、その世界に身を置いたのは二人だけではありませんでした。千秋以外にも多くの人々がおばあさんに手紙を託していました。そのことを千秋は、おばあさんの葬儀の席で知ります。本当に多くの人々が、それぞれの亡き愛する者へ手紙を書いていました。原作者である湯本氏が『岸辺の旅』に書いた「死者を出していない家はない」という言葉が思い起こされます。

 手紙といえば、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)のサブタイトルは「悲しみを癒す15通の手紙」です。これは、愛する人を亡くされた遺族の方に向けた書簡集ですが、「はじめに」は以下のように書かれています。

「あなたは、愛する人を亡くされました。 さぞ、深い悲しみに沈んでおられることでしょう。 今は、夜。空には月のかけらもなく、真っ暗です。 あなたの心も、この夜空のように漆黒の闇に包まれているのでしょうね。 わたしは、これから毎晩、あなたに短い手紙をお出ししようと思います。 短いけれども、とても大事なことを心を込めて書きますので、どうか、お読み下さいね。最後まで読み終わったとき、あなたの心に少しでも光が射していればよいのですが。それでは、最初の手紙からどうぞ」

 また同書の「おわりに」は、以下のような書き出しです。

「もうお気づきだと思いますが、十五通の手紙は、月の満ち欠けに対応しています。最初の手紙は新月の、夜空が真っ暗なときにお渡ししました。そして、最後の手紙は満月の、やわらかな光が夜空を照らしているときにお渡ししました。しかし、きれいな満月も明日からはまた欠けはじめます。だんだん欠けていって、ついには消えてしまいます。そして、いつかまた、新たに生まれ、満月をめざして満ちてゆくのです。月は死に、また、よみがえる。人も、まったく同じことだということがおわかりいただけたでしょうか」

 映画「ポプラの秋」には、大きな満月が夜空に浮かぶ場面があります。だいたい幽霊が登場する映画には必ずといっていいほど満月も登場します。前日に観た「岸辺の旅」にも何度も満月のシーンがありました。幽霊と満月の関係についてはブログ「岸辺の旅」に詳しく書きましたので、そちらをお読み下さい。しかし、「ポプラの秋」の満月は特別でした。なぜなら、千秋が「お父さんは月にいるような気がします」と手紙に書くのです。そして、「そして、わたしはいつも泣きたくなります。だって、お父さんとウサギだけでさびしく月でくらしているように思うからです」と続けます。古来より、世界各地で月は死者の住処とされてきました。少女である千秋はそれを知識としてではなく、直感で悟ったのでしょう。

 わたしも、月こそは「あの世」であると思っています。9月26日の夜、サンレーグランドホテルにおいて恒例の「月への送魂」を行いました。これは夜空に浮かぶ月をめがけ、故人の魂をレーザー(霊座)光線に乗せて送るという「月と死のセレモニー」です。多くの方々を魅了しました。

 この夜、グリーフケア・サポート組織である「月あかりの会」の進藤恵美子さんが、「月あかりの会」で開催サポートしている自助グループ「うさぎの教室」の35名のメンバーの方々を連れてこられていました。進藤さんによれば、「月への送魂」を体験された60代の女性は「わたしの人生の中で、今晩は最高の日でした」と言われ、その他の方々も全員が涙しておられたそうです。みなさん、亡き方のお写真をお持ちしておられたそうです。わたしは、それを進藤さんからお聞きして、「本当に良かった」としみじみと思いました。千秋、つかさ、そして、ポプラ荘のおばあさんに手紙を託したすべての人たちに「月への送魂」を見ていただきたいです。死者と生者の魂に橋をかける。その意味では、「死者への手紙」も「霊座」も同じであると思います。

 それにしても、主演の本田望結ちゃんが可愛かった!
フィギュアスケートの才能も素晴らしいようですが、演技力にも非凡なものを感じます。きっと、生まれつき、表現する能力に長けているのでしょう。 成長するのが楽しみな未来の大女優だと思いました。
中村玉緒のおばあさん役も、最高に良かったです。 想像とは違いましたが、心温まるハートフル・シネマでしたね。

  • 販売元:Happinet(SB)(D)
  • 発売日:2016/06/02
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