No.0238
映画「10 クローバーフィールド・レーン」を観ました。
「SFパニック・スリラー」とでも呼ぶべき内容でした。異色のモンスター映画「クローバーフィールド/HAKAISHA」を想わせるタイトルですが、両作品の世界観は微妙につながっています。ある日見知らぬ地下シェルターで目覚めた女性がやがて知ることになる戦慄の真実とは?
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』などのヒットメーカー、J・J・エイブラムスが製作を担当した異色スリラー。思いがけずシェルターの中で過ごすことになった男女を待ち受ける、想像を絶する出来事が展開していく。『リンカーン/秘密の書』などのメアリー・エリザベス・ウィンステッド、『バートン・フィンク』などのジョン・グッドマン、テレビドラマ『ニュースルーム』シリーズなどのジョン・ギャラガー・Jrらが出演。手に汗握る心理劇と、一気になだれ込む衝撃の展開に息をのむ」
また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「ミシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)は目覚めると、自分が見ず知らずの2人の男性とシェルター内にいることに気付く。その日を境に、彼女を助けたと主張するハワード(ジョン・グッドマン)とエメット(ジョン・ギャラガー・Jr)との奇妙な共同生活がスタートする。ミシェルは、外は危険だという彼らの言葉を信じるべきかどうか悩んでいた」
ブログ「貞子vs伽椰子」、ブログ「クリーピー 偽りの隣人」で紹介した映画もそうですが、6月の半ばを過ぎて、面白そうな映画が続々と公開されています。ネットで高評価の「帰ってきたヒトラー」あるいは「葛城事件」が観たいのですが、残念ながら北九州では上映されていません。代わりに、「10 クローバーフィールド・レーン」を観た次第です。この映画、ネットでの評価はけっして高くありませんが、とても面白かったです。この映画ではジャンルの違う2つの「恐怖」が描かれているのですが、その発想は斬新ですね。
ネタバレになるのを避けるため詳しいストーリーには言及しませんが、正体不明の敵に襲われるという設定はアメリカが持つ潜在的恐怖ではないかと思いました。この映画にはUFOが登場しますが、ジャンルの違う2つの「恐怖」が描かれています。これまで地球上で最も頻繁に目撃されたのは冷戦時代のアメリカです。冷戦時代に対立したアメリカとソ連の両大国は絶対に正面衝突できませんでした。なぜなら、両大国は大量の核兵器を所有していたからです。そのために両者が戦争すれば、人類社会いや地球そのものの存続が危機に瀕するからです。そこで、第二次大戦後には、米ソ共通の外敵が必要とされました。その必要が、UFOや異星人(エイリアン)の神話を生んだのではないかと思います。
いわゆる「空飛ぶ円盤」神話が誕生したのは、アメリカの実業家ケネス・アーノルドが謎の飛行物体を目撃した1947年です。第二次大戦から2年を経過し、3月には事実上の冷戦の宣戦布告であるトルーマン・ドクトリンが打ち出されています。東西冷戦がまさに始まったその年に、最初のUFOがアメリカ上空に出現したのです。かつて米ソ共通の最大の敵といえばナチス・ドイツでしたが、その後任として、宇宙からの侵略者に白羽の矢が立てられたとは言えないでしょうか。「UFOはナチスが開発していた」とか「ヒトラーは地球の裏側で生きていた」などというオカルティックな俗説が流行するのは、新旧の悪役が合体したイメージにほかなりません。
また、「なぜUFO神話はアメリカ合衆国で誕生したのか」という問題について、現代アメリカ文化の研究者である木原善彦氏が注目すべき説を発表しています。木原氏は、著書『UFOとポストモダン』(平凡社新書)の中で、最も重要な点は、第二次世界大戦後にはアメリカがヨーロッパをしのいで近代の最先端を走ってきたことだと述べています。つまり、アメリカはさまざまな面で他の国に近未来図を提供していたわけですが、当のアメリカ自身には近未来図を提供してくれる存在が欠けていました.もちろん、科学技術に裏づけられた近代のプロジェクトが描く青写真はあったのですが、そこに描かれた未来と現在との間に微妙なひびが入っていたのです。そのひびから偶然垣間見えたのがUFOという天空の光点でした。それは、「核に代表される新しい超科学技術と疑似科学的超科学技術とのはざまに見えた光」と木原氏は表現しています。
ブログ「ビンラディン殺害に思う」にも書きましたが、アメリカは世界最大のキリスト教国家でもあります。拙著『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)に書いたように、キリスト教諸国はイスラム教諸国を目標に発展してきた時期がありました。かつて、イスラム社会がヨーロッパに提供し、ヨーロッパがアメリカに提供し、アメリカが日本に提供してきたものこそ「近未来図」だったのです。先を走るランナーのいなくなったアメリカは、その幻影を天空に見たのでしょうか。
そう考えると、UFO神話が、現在に至るまで最も広く浸透したのはアメリカであることの説明がつきます。また、イスラム諸国の上空にはまったくと言ってよいほどUFOが出現しなかったことも納得できるでしょう。
アメリカは、「新たな敵」としてのイスラムにも、エイリアンにも、憧憬を裏返したような屈折したコンプレックスと強い恐怖心を抱いていたのです。そして、冷戦時代の「新たな敵」としてのエイリアンと、冷戦後の「新たな敵」としてのイスラム教徒は、あの9・11以降、アメリカ大衆のイメージ上において融合したようです。
その顕著な例を、「未知との遭遇」や「E.T.」のスティーブン・スピルバーグが、H.G.ウェルズの古典的SFを再映画化した「宇宙戦争」に見ることができます。度外れた破壊力でアメリカ人を殲滅しようとする外敵のイメージは火星人というよりは、オサマ・ビンラディン率いるテロ組織アルカイダに限りなく近いものでした。2005年に公開された「宇宙戦争」には9・11のアメリカのトラウマが色濃く出ていますが、その9・11以降のアメリカではほとんどUFOの目撃談を耳にしなくなりました。
2008年にアメリカで公開された「クローバーフィールド/HAKAISHA」は、謎に満ちたSFパニック映画でした。巨大都市ニューヨークを次々と崩壊へと追い込んだ<HAKAISHA>の正体は、どうやら怪獣のようでした。ゴジラとの関連も指摘されており、劇中で怪獣が最初に登場する橋はブルックリン橋であしたが、そこはハリウッド版ゴジラが息絶えた場所でもありました。でも、怪獣としての<HAKAISHA>は、アルカイダに代表されるイスラムの恐怖の具現化であったと思います。
「10 クローバーフィールド・レーン」ですが、直接は「クローバーフィールド/HAKAISHA」の世界観に通じてはいません。正体不明の相手から理由もなく攻撃されるといった設定だけが同じです。まあ、全編に漂う理不尽な空気は共通していると言えますが・・・・・・。
「10 クローバーフィールド・レーン」では、絶望的な状況の中で生きるためのシェルターが登場します。これがけっこう楽しそうで、内部には豊富な食料をはじめ、各種のパズルやボードゲーム、さまざまな本やジュークボックス、さらには映画のDVDやVHSソフトまで完備しているのです。まさに「引きこもりのユートピア」みたいな場所で、わたしは「こんな所で避難生活を続けるのも悪くないかも」と思ってしまいました。
シェルター内部で暮らす人間たちは、当然ながら「死」を意識して生きています。「人生最後の日には何をしたいか」みたいな話も自然に出てきて、わたしは「ある意味で、この生活は『究極の終活』かも?」と思いました。
それにしても、メアリー・エリザベス・ウィンステッド演じるミシェルが逞しさに満ちた行動力を示しました。こういう極限状況で泣き叫んだりせずに、冷静に行動できる女性は素晴らしいですね。こんなに強い女性は、「エイリアン2」のシガニ―・ウィーバー以来かもしれません。わたしは、この映画を観終った後には、女性の強さばかりが心に残りました。鑑賞後、ヒラリー・クリントン女史を応援したくなったアメリカ人も多いのでは?