イギリスがEUを離脱することが決定し、「ヨーロッパとは何か」が問われています。25日、わたしはヨーロッパの人々の「こころ」を支えている二本柱である『ギリシャ神話』と『新約聖書』をモチーフとした2つの映画をDVDで続けて観ました。パゾリーニ監督の「アポロンの地獄」と「奇跡の丘」です。

 そもそも、「ムーンサルトレター」第132信で、文通相手である「Tonyさん」こと宗教哲学者の鎌田東二先生が唐突にパゾリーニの映画について書かれていました。鎌田先生は、「ピエル・パオロ・パゾリーニ監督(1922-1975)『奇跡の丘』(1964年)と「アポロンの地獄」(1967年)を改めて立て続けに観ました。そして、いろいろと考えさせられるところ、大でした」と述べられています。

 鎌田先生は「もともと、パゾリーニは大好きな映画監督です。わが映画鑑賞ベストスリーは、以下の通りです」として以下の3本を挙げられています。
●第1位:17歳の時、銀座のテアトル東京でシネラマで観たスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(1968年製作)
●第2位:19歳の時観たジャン・リュック・ゴダール監督の「気狂いピエロ」(1965年製作)
●第3位:同じ頃観たバゾリーニの「アポロンの地獄」(1967年製作)

 鎌田先生は、「今初めて気づいたのですが、この3本ともに1960年代後半の製作になりますね。1960年代後半が如何に昂揚したおもろい時代であったか、証明しているようです。これ以来、これほどおもろく刺戟的な映画をあまり見ていません」と書かれています。
 わたしは「2001年宇宙の旅」と「気狂いピエロ」は観ていましたが、「アポロンの地獄」は観たことがありませんでした。それで早速、DVDを取り寄せたのですが、『儀式論』や島田裕巳氏との往復書簡、さらには『死を乗り越える映画ガイド』(『死が怖くなくなる映画』を改題)の執筆が控えており、なかなか観賞する時間がありませんでした。それが、昨日ようやく『死を乗り越える映画ガイド』を脱稿し、今すぐにすべき仕事に一応の目途がつきました。それで、やっと今日になって、「アポロンの地獄」を観た次第です。

 「アポロンの地獄」は、父を殺し、母と交わる、呪われた王オイディプスの物語です。現代とリンクさせることによってギリシャ悲劇を斬新に解釈し、パゾリーニ監督自身の人生をも託した傑作です。わたしは『儀式論』を書くにあたってフロイトの著作をいろいろ読んだのですが、フロイトの精神分析学では「エディプス・コンプレックス」という考え方が重要になります。これは、母親を手に入れようと思い、また父親に対して強い対抗心を抱くという、幼児期において起こる心理的抑圧のことをいいます。

 フロイトは、この心理状況の中にみられる母親に対する近親相姦的欲望をギリシア悲劇『オイディプス』(エディプス王)になぞらえ、「エディプス・コンプレックス」と呼びました。『オイディプス』は、主人公が知らなかったとはいえ、父王を殺して自分の母親と結婚(親子婚)したという物語です。
 わたしは、映画「アポロンの地獄」を観て、エディプス・コンプレックスがより深く理解できたように思います。

 それから「奇跡の丘」は、キリストの生誕から磔刑、そして復活までを丁寧に描き、数々の映画賞に輝いたパゾリーニの出世作です。パゾリーニ自身は無神論者でしたが、彼は『新約聖書』の冒頭に置かれている「マタイによる福音書」に基づいてキリストの生涯を忠実に映画化しています。この作品は、1964年の第25回ヴェネチア国際映画祭審査委員特別賞と国際カトリック映画事務局賞をダブル受賞しています。無神論者が作った映画でありながら、とはいえ、カトリックの国イタリアでカトリック映画として認められたわけです。

 しかしながら、この映画、やはり単なるキリスト教映画ではありません。
 鎌田先生は、この「奇跡の丘」について、以下のように書かれています。

「パゾリーニの手にかかると、この『福音』を告げるイエスが、実に過激な社会主義者か共産主義者に見えてくるのです。つまり、『神の国共産主義者』『神の国社会主義者』としての『革命家イエス』が実に大胆不敵に、過激に描かれているのです。これは『マタイ伝』に忠実ではあっても、『救世主イエス』というよりも、『世界革命家イエス』ですね。う~ん、と唸りました」

 ブログ「鎌田東二先生からのメール」、およびブログ「グリーフケアの夜」でも紹介したように、この4月1日から鎌田先生はイエズス会によって設立された上智大学に所属されることになりました。それで、日々キリスト教やカトリックを意識するようになられたそうですが、「奇跡の丘」という映画は『聖書』に忠実でありながら、実に大胆不敵にアンチカトリックではないか、とも思ったといいます。つまり、カトリック的な「組織」や「ヒエラルキア」を徹底批判し否定するような「神の国」思想ではないかというわけです。

 鎌田先生は、レターに以下のようにも書かれています。

「19歳で初めて見た時も実に印象に残りましたが、イエスを裏切ったイスカリオテのユダがイエスの逮捕後、木に首を吊って自殺する場面の背後に恐ろしいような滝があるのを、再見して初めて意識しました。この自死場面の恐ろしさ、畏怖すべき風景の描き方は半端ではありません。凄い。魂消た。脱帽! パゾリーニはん、あんたは、凄いよ。凄すぎる!」

 わたしは、朝日新聞に「こころの世界遺産」というコラムを連載しています。人類に多大な影響を与えた書物を紹介しているのですが、6月29日(水)朝刊では『旧約聖書』を紹介します。さらに次回は『新約聖書』を取り上げる予定ですので、この「奇跡の丘」はとても参考になりました。これまでにも「パッション」「JESUS」「ジーザス」など、イエス・キリストの生涯を描いた映画たくさんありますが、そのリアリティというか、『新約聖書』の記述に忠実に沿っているいるという点において、「奇跡の丘」の右に出る作品はありません。イエスの言葉が、具体的な背景とともにリアルに迫ってきます。

 わたしは、パゾリーニの映画をこれまであまり観たことがありませんでした。問題作として有名な「ソドムの市」の監督としてスキャンダラスな印象があり、なんとなく敬遠していたのです。彼は1922年にイタリアのボローニャで生まれています。軍人の父カルロ・アルベルトはベニート・ムッソリーニの命を救ったことで有名なファシストだったそうです。パゾリーニ自身はファシストではなく、逆に一時は共産党員だったぐらいです。
 1975年11月2日、「ソドムの市」の撮影を終えた直後のパゾリーニはローマ近郊のオスティア海岸で激しく暴行を受けた上に車で轢殺されました。

 「ソドムの市」に出演した17歳の少年が容疑者として出頭し、「同性愛者であったパゾリーニに性的な悪戯をされ、正当防衛として殺害して死体を遺棄した」と証言し、警察の捜査は打ち切られました。しかし少年による単独犯としては無理のある内容であり、ネオファシストによる犯行とする陰謀論が主張されました。パゾリーニの享年は53歳で、今のわたしと同じ年齢です。 「アポロンの地獄」と「奇跡の丘」の素晴らしさを教えて下さった鎌田先生に感謝いたします。ちなみに、両作品を続けて観終わった頃、「ムーンサルトレター」第133信がアップしていました。どうぞ、御覧下さい。

  • 販売元:エスピーオー
  • 発売日:2009/09/02
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